12話:お料理教室
「第1回!宮咲による『これさえあれば気になるあの人の胃袋もイチコロ』料理教室~」
ドンドン、パフパフ、もどこから取り出したのか知らんが鳴り物を使って、どこぞかの料理番組かのごとく2人ほど生徒兼アシスタントとして入っている。しかし、演出まで必要はあるのか?
「して、審査員は?」
「残飯しょ……もとい審査員はもちろん育也。あんたよ」
「残飯処理って言おうとしたよね?失敗することは前提なのですか?先生」
「失敗は成功の母。失敗するのはいいけどそうすると材料が可哀想だからね。失敗したものを処理する係も必要なんだよ」
「俺は可哀想じゃないんですか?」
「さて、はりきっていってみよー」
行かないでください。なんで俺、椅子に縛り付けられてるの?俺だってやることがあるんだよ?暇人だと思われても困るんだよ?
「部長。助っ人を呼んでいいですか?」
「人による」
「ただいま、停学で自宅謹慎のあの方」
「やめろ」
部長は迷惑かぶりまくりなので、もう一人のやつは自宅謹慎で頭を冷やすまで許す気はないようです。事故のような話なんだが、哀れな話である。
「停学って何日ぐらいですか?」
「10日じゃなかったかな。そろそろ復帰するだろ。部活に出てくるかは知らんけど」
「クラスは違うんですか?」
「あいつ普通コースだから。ぶっちゃけ登校しても知らん」
「薄情ですね」
「同じ部活でもクラス違ったら普通こんなもんだぞ。やってりゃわかる」
「同級生すらいないこの同好会でどうすれば……」
「うん、なんかごめん」
正直、この体勢のまま会話をしているってかなりシュールなこと極まりない光景だ。
「で、美沙輝。何を作る気だ?」
「とりあえずこれさえ作れれば、って定番の料理」
肉じゃがか。料理で男の胃袋をつかむためには鉄板だな。
と、思っているのだが、なぜか予想を斜めに行くことをしそうなんだが。
「まあ、生姜焼きでも作ろうかと」
「それ、焦がさないのとタレさえあれば誰でも出来る」
「世の中にはそれすら出来ない子がいるのよ。まず包丁の持ち方から……」
「へ?」
恵は早速、肉を切ろうとしていたが、生姜焼きで使うような豚バラ肉をわざわざ切る必要はない。そのまま焼いてちょうどいいサイズのハズだ。
「恵……お前、母さんや俺が包丁そんな持ち方してたか?」
「大体こんな感じじゃなかった?」
「百歩譲って持ち方はまだいい。なんで振り上げてんだ⁉︎危険すぎるわ‼︎」
「よく切れるかと」
「まな板まで一刀両断する気か‼︎」
「誰を指してまな板だ!」
「誰も言ってねえ!」
「はい、恵ちゃんは玉ねぎ切って」
「先生」
「はい?」
「ゴーグルください」
「あれ意味ないよ。結局涙が出る成分は目からだけじゃなくて鼻からも入ってくるから」
「迷信だったの⁉︎」
「まあ、鼻を洗濯バサミでつまむとか女子にあるまじき絵面になるならそれでも……」
「痛いからいいです。玉ねぎを切るのは香夜ちゃんに譲ります」
「終わりました」
「香夜ちゃん早いよ!料理は苦手という情報は嘘だったの⁉︎」
「別に材料を切るぐらいはわけはないけど……レパートリーが少ないの」
「ゴロゴロにしか切れない私の仲間心を返して!」
「お前、切れるかどうかすらも危ういじゃねえか。ちゃんと、美沙輝に教えてもらえよ」
「ご教授願います、先生」
「……とりあえず、包丁はグーで握らない」
「パーやチョキでどうやって握るの?」
「じゃんけんじゃないんだけど……」
訴えつけるような目で俺を睨んでくるが俺は悪くない。小、中と家庭科の授業どうしてたんだ?
よく考えたら、自分がやる前に大体終わってたとか言ってたな。そりゃ、こいつの頭じゃ先生の話を聞いてたぐらいじゃ覚えてねえわな。
「ほら、こうやって猫の手っていうんだけど、こうやって切る食材を片手で押さえて、人差し指を添えて包丁で切るのよ」
「おお、なんかマジックを見てるようだ」
「ほら、やってみて。玉ねぎだし切るのに苦労するような食材じゃないから」
「え〜っと、まず猫の手?」
試行錯誤しながらやっている。
対して香夜ちゃんは生姜焼きぐらいならわけないのか、すでにフライパンで焼き始めていた。
「香夜ちゃん早いよ〜」
「さっき聞いた。出来たら私も教えるから」
ただ、香夜ちゃんは卵焼きが作れないって言ってたよな。美沙輝に耳打ちしようにも、俺は椅子に縛り付けられているので自由に動けない。なんかの拷問なんですか?
ジェスチャーしようにもかかりっきりでこちらを見ようともしてないし。
しかし、それでも匂いというのはすごいもので肉を軽く塩コショウ振って焼いてるだけなのだろうけど、食欲をそそる。
だが、いい感じに焦げ目がついたのか香夜ちゃんは火を止めたようだ。
うちのキッチンは食卓から見える位置にあるのだが、どうにも何か足りないような気がしたのだが。
「…………」
「どうしたの?もう終わった?」
「いえ、勝手に冷蔵庫を開けていいものかと」
「いいよ。作ってもらってるんだから。それぐらい遠慮しなくても」
「タレを作るのを忘れたので生姜焼きのタレでいいですか?」
「そんな器用なものがあったかどうか定かではないんだが、とりあえず見てくれ」
「なかったら、私が作ったからそっち使って」
「申し訳ないです」
一通り見てみたようだが見つからなかったようなので、一足先に作っていた美沙輝様特製タレを使って再度焼いていく。
まあ、一度焼いてあるので、あとは絡ませる程度のことなのだろうが。どう考えても順序がおかしいことは黙っておこう。こっちのが美味しいかもしれないし。
「先輩。丼にしますか?分けますか?」
「キャベツがあるならば分けてくれ。なかったら、丼」
「宮咲先輩」
「美沙輝でいいよ。香夜ちゃん」
「……美沙輝さん。キャベツは用意してましたっけ?」
「なかなか進まないので、キャベツを今切らしてる」
「……先輩。丼にします、いいですね?」
「もう少し妹を信用してやってくれ」
「こういうのはなんでも出来立てがいいのです。カレーみたいに一晩寝かしたほうが美味しいとかありません」
「まあ、そうだな。生姜焼きなら多少冷めても美味いと思うが……」
香夜ちゃんは丼にご飯を入れ、そのご飯が見えなくなるぐらい生姜焼きを敷き詰めて持ってきてくれた。
持ってきてくれたのだが……。
「先輩。食べてください」
「…………」
「やっぱり、美味しそうに見えないですか……?」
「いやいや!めっちゃ食べたい!俺の状況をよく見て言ってくれないか⁉︎」
「……食べられるでしょう?」
「鬼か!あんたは鬼か⁉︎」
「先輩が大好きな後輩さんですよ」
「ここで紐を解いてくれれば俺の好感度はうなぎのぼりなんですけどねえ‼︎」
「ショートコントはここまでにしてときましょう。解いてあげます」
んっ、とか、よいしょ、とかなんとか力を入れようとしているが、一向にその紐が緩む気配を感じられない。美沙輝さんよ。どれだけ硬く縛ったのだ。
「すいません。ノコギリをお借りします」
「いったい君は何を切ろうとしてるんだ⁉︎紐以外も切れるわ‼︎」
「しかし、私の力では無理です」
「香夜ちゃん。あーん、してあげなよ。そいつそっちのが喜ぶわよ」
「……先輩、そういう赤ちゃんプレイが好きなんですか?ドン引きです」
「俺は君の発想力に脱帽だよ。よく、漫画とかでもあるだろ。恋人同士が料理食べさせあってるの」
「あれ、恥ずかしいと思わないんですかね?」
「女の子にそれをやってもらうという男のロマンなんじゃないのか?」
「しかし、卵焼きとか小さいものならまだしも、これでは食べさせにくいです。謀りましたね?美沙輝さん」
「……さて、恵ちゃん。まだ終わってないわよ。今のうちなら香夜ちゃんに追いつけるわ」
認めやがったな?肉じゃがなら、ジャガイモやら人参やら選択肢があったかもしれないが、生姜焼き丼にしたからやりにくいことこの上ない。
まず、俺が椅子に縛り付けられているというこの状態がおかしいのだけど。そして、それを誰も解いてくれる気がない。いや、してくれたけど諦めたようですね。どういう縛り方したんだ。
「香夜ちゃん。とりあえず鋏あれば切れると思うから。たぶん、その辺にあるからそれ持ってきて」
「……私、先輩に食べさせてあげたいです。先輩はイヤですか?」
「…………お願いします」
誘惑に負けた。男は残念な生き物です。しかし、こうやって香夜ちゃんからアタックされてるのも悪くない。
「先輩。口開けてください。顎が外れるまで」
「戻らなかったらどうするんだよ⁉︎やっぱり嫌いなのか⁉︎俺のこと‼︎」
「いえいえ。こうして食べさせてあげようと思うぐらいには好きですよ。もし先輩が入院したとしてもこれぐらいなら引き受けましょう」
「その時はリンゴでも剥いてください……」
なんか嬉しい状況のはずなのに泣きたくなってくる。なんかものすごく惨めだ。
定番イベントをいかにうまく消化していくのか、これが彼女を攻略していく近道だと思うのだが、この子は一筋縄にはいかないのだ。すでに好感度は高いようにも感じるのだが、あと一歩で壁を作られているようでうまくいかない。
……いや、その一歩を俺が踏み込むことは許されているのか?
きっとそんな気はまだないんだろう。このままでいいのだ。このままで。
「先輩。これならいいですか?」
一口サイズに箸で持ってきてくれた。 評論家やリポーターではないので大したことやうまいことはいえないけど。
「うん。美味しいよ。あと、これを切ってくれてたならさらに美味しく食べれただろうな」
「……そういえば、なんでこんな風に縛られてるんですか?あまりに自然でしたのでそのまま放置してたんですけど」
椅子に縛られているのが自然というのは果たして俺の扱いはどうなっているのだ。しかし、俺も寝ていたら急に拉致されてこうして椅子に縛り付けられていたのだ。動かせるのは顔と口のみ。足と手は動かせません。
だから、わけも分からないまま料理教室が始まってたし、こうして香夜ちゃんに食べさせてもらっているのだけど。
「香夜ちゃん」
「はい?」
「俺は一応、これ朝飯ということになるんだ」
「もうお昼近いですし、兼用にしときましょうよ。どうせもう一皿きますし」
「……すまんが、そっちも審査する必要があるらしいので程々にしてほしい。香夜ちゃんもご飯まだだろう?」
「朝から重いですね〜」
「その重たいもんを食べさせてるのはどこの誰ですか?」
「あそこの発案者だと思います」
「さあ〜こっちも出来たわ。私が監修してたから味は問題ないはず」
それ以上に恵が足手まといになってる気がしないでもないが、美沙輝の腕があれば……うん。
見栄えがそこまでよろしくないのが、最後の盛り付けは恵がやったな?こればっかりはセンスの問題なのでどうしようもない。
「恵」
「お兄ちゃん。可愛い妹の手料理だよ」
「なんで、肉料理に野菜が添えられているか」
「さあ?」
「肉のみでもいいというやつはいる。だが、俺はさすがに肉のみだとくどくなる。だから、キャベツを口直しに所望したのだ」
「ちゃんと一緒に置いたよ!」
「肉の下敷きにするな!脂でギトギトになるだろ!それに見栄えが悪い!」
「私のセンスに口出しをするでない!それにカツ丼とかでも下にキャベツ敷いてあるじゃん」
「それ丼の話だろうが!ご飯がいい感じに脂吸ってくれるんだよ!というか、お前肉の真下にキャベツ敷いてるような皿を見たことあんのか⁉︎」
「はっ!そういえば……ない……まあ、作っちゃったからこれで食べて」
「開き直んな。美沙輝もなぜに盛り付けの段階だけ恵に任せる」
「そこだけは自主性に任せることにしたの。てへ」
「ちょっとやっちまったみたいなニュアンスを含むてへはやめなさい。まあ、食えんわけではないしもらうわ」
「ご飯いる?」
「丼あるんだよ。俺はそこまで大食いでもない。てか、お前ら朝飯食ったのか?」
「美沙輝さん特製で。うちの冷蔵庫は別に自由に使っていいよって」
こっちのほうが通い妻っぽいと思ったのは俺だけではないと思うが、口には出さない。修羅場にしか発展しかねない。
「それで、採点は?」
「点数つけんの?どっちのが良かったとかじゃなくて?」
「それでいいわ」
「圧倒的大差で香夜ちゃん。恵のは見た目で圧倒的に評価を下げた。味はどんぐりの背比べ……まあ、同じ食材使って差がつくほうも変な話だろ」
「私のメインデッシュのキャベツは⁉︎」
「それがすべての要因だっつうの‼︎しかもメイン生姜焼きじゃなかったのか‼︎」
「じゃあ、また明日来るわ。あとは香夜ちゃんに頼んでいいかしら?」
「……せめて、使ったものぐらいは洗ってってくれ」
「それぐらいはやっていきますとも」
「あと、紐解いていけ」
「……恵ちゃん。フライパン拭いておいてね。場所はわかるよね?」
おいこら、当事者。この処理をしていけ。
しかし、本当に俺を放置して荷物を片付けて帰ってしまった。
本当に料理をしに来ただけだったのか?
「気を使ったんですよ。たぶん、私に」
「いや、そんな気遣われることもないんだが。最終的に俺が料理されんのかと思った」
「お望みであればしないこともないですが?」
「君にカニバリズムは求めてない!」
「あとで美味しくいただきました、ってどこかに貼っておいて、次からは何事もなかったかのように復活していればいいのでは?」
「それはもういいよ……恵。なんか覚えたか?」
「玉ねぎはやっぱり切ったら目が痛いです」
「慣れろ。話はそれからだ。次は教えてもらわずとも出来るようにだな。調理法はノートかどっかにメモしておけ。香夜ちゃん分かるだろ?」
「今日食べてばっかだった先輩が教えてあげてください」
食べてばっかって、終始手足縛られてたんですけど。イジメですよ。
まあ、生姜焼きぐらい大したものでもないし、それぐらいは教えてやるか。
俺が食い尽くした皿を恵が洗っていた。さすがに、その程度ぐらいはできる。どこまでをもってポンコツとするのかも曖昧なラインなんだけど。
しかし、明日も来るとか言ってたよな。明日も縛られるのか?イヤだぞそんなん。
まだ昼間だというのに明日のことを考えて憂鬱に浸っていた。