憧れてる姿(2)
前回:生徒会が新しく発足し、恵もなんとか当選し、そして次にある部活動会議に向けて、育也と美沙輝は動き始めるのだった。
今回:生徒会の様子を見がてら料理研究同好会の処遇について聞きに行ってます。
もうすでにいるのかどうかは定かではないが、発足していきなり何もやらずに帰るということはないだろう。
ということで、生徒会室の扉をノックした。
だいたいこういうことを先導してやるのは俺。美沙輝は意外と小心者だから迷惑じゃないかなとかで躊躇してしまうのだ。まあ、可愛いところでもあるんだけど。
中から返事があったため俺と美沙輝は中に入った。
「君たちか。来るとは思っていたよ」
「の、割には扉の前で仁王立ちしてないんですね」
「今日は仕事をしてるからな」
いつもはしてないみたいな言い方はやめてもらえませんかね。今後のこの生徒会の運営に支障が出ますよ。
「今度の部活動会議のことだろう」
「ええ、まあ、その通りなんですけど」
「すでに意見箱を設置したらいくつか投書があってね」
「俺たちより手が早い奴らがいたか……」
「大半が部費を上げろとのことだけどね。まったく、浅ましいとはこのことだな」
「予算編成は終わってるんですか?」
「だから私が何もしてないと君は思ってるのか」
「そう思ってるというよりは何をしてるのか想像がつかないというか……」
「こんな感じで君と会話してるのも楽しいが、それでは役員たちに示しが付かないからね。とりあえず用件を聞こうか」
俺と会話してると長くなりそうだと思ったのか、切り上げて要点だけをつくようにしてきた。まあ、俺も長々と話すつもりではない。思ったけど、その用件を伝えるのは俺の仕事じゃなくね?
俺は美沙輝をつついて前に出した。
「あ、あの、うちの同好会……部に昇格できますか?」
「ん?すでに内定事項にはなってるね。活動は認められるし、部員も5名揃っている。顧問もいるようだし」
内定事項、か。確定ではない。
「何か不安があるようだね。まあ、私から少し懸念事項を挙げるとするならば、君たちは火の管理が少々杜撰なようだね。本来ならば監督する人がいないといけない。それは顧問が担当すべきことだが、ふむ、この顧問はバレー部との兼部か。名前だけということになると、同好会ならば縛りが少ないかもしれないが、部に昇格となるとその辺りが1番困るところになるだろう」
「で、ですよね……」
「他に顧問の目処があるのならいいのだけど、今のままでは部に上がったとしても制限がかかってしまうだろうね」
「うう……」
言葉に詰まってしまった美沙輝に助け舟を出した。
「でも、部には昇格させてもらえるんですよね?」
「そうだね。そのための予算もちゃんと組んである。まあ、前例がないから家庭科の材料費などを計算してのものだが」
「い、いや別に予算を用意して欲しいってことじゃないんで」
というよりはちゃんと計算してあったんだな。そりゃ、来週にあるというのに調整はあるだろうけど、今から一からやるって間に合うわけないしな。部の異動期間だってすでに打切ってるし。
それがいつだって?一学期の間ならいつでも自由だ。夏休みに入って生徒会がそれらを集計するからな。記載がない人は自動的に帰宅部にカウントされます。
あくまで異動なので、裏ルートを使うのなら、1度退部して1ヶ月の期間をおいて別の部に移るってことは出来るし、帰宅部がそのままどこかの部に入るっていうのは可能なんだよな。相変わらずガバガバだなこの学校。
俺はどうしたって?入ったのが同好会だから部の転部ではないのでそのまま受理されました。適当だなおい。
「まあ、部の予算編成は半期ごとで行われてるから部の人数が移動しても増えたり減ったりすることはない、ということを念頭に入れておいてほしい」
「きっと、他の部が予算が俺たちのところに回ったら、今までケチってたんじゃないかとか、減ったところがあったら、その分を回されたんじゃないか、とか出ると思うんですけど」
「活動実績の伴わないところに回してやる金はない。負のスパイラルだと言われるかもしれないが、お金があるからといって、敷地が増えるわけでもないし、部の備品が修繕できるだけの予算は与えている。努力の問題なのだ。例えば、1番部員数が多い野球部に1番多く部費を与えているとしよう。今年は県予選ベスト4と健闘したので上げる予定でいる。それは活動実績に対する報酬だ。では、次に多いどこだったかな……」
「会長、サッカー部です」
「そうだったな。すまないな千石君」
「いえ」
千石と呼ばれた少年がメガネの位置を整えていた。確か一年の進学クラスって言ってたかな。実はうちのクラスは進学クラスだが、誰一人立候補者いませんでした。情けない限りです。俺が推薦責任者やったのでそれで手打ちにしましょう。
まあ、それでなくとも立候補者は例年少ないようですけどね。
「うちのサッカー部は万年1回戦負けだ。しかし、うちは私立とだけあって、そこそこの設備も揃ってるし夜間でも活動ができる。それだけの設備をもらっていながら、予算が少ない、部費を上げろ、というのは浅ましい話だ」
「すいません。ちょっと上の話と繋がってないです」
「む?確かにそうだな。では、人数が少ないながらも全国大会の出場を果たしている水泳部を例に出そう。個人種目であるから個々の力によるところも大きいだろうが、実は全国大会出場してるにも関わらず、人数の関係上サッカー部より予算は少なめなのだ。それでも彼らは文句は言っていない。むしろ彼らは満足している。要するに予算をうまく使ってやりくりしろという話なのだ。部費をいたずらに与えようがうまく使えなきゃいくらあげても無駄というものだ」
結構バッサリである。
「まあ、高い金積んで上手くいくとは限りませんしね。金をかけなくても美味い料理は出来るんです。どんな高級食材を使おうが、うまく調理できなきゃ、それは宝の持ち腐れというものです」
「いや、だから予算の話をしに来たわけじゃ……」
「あれ?なんだっけ」
「あの、今、顧問とか引き受けてない先生っていないですか?」
「そうだね……そういえばリストアップしたものがあったような……あったあった。さすがに私も探すのは骨が折れるから、君たちが自分で探してくれ。そこで読んでる分には構わないから。では、私はしばし仕事に戻るとしよう。では、諸君。君たちにはとりあえず役職を与える。希望があるなら聞こう。が、恵ちゃん。君は会計以外で頼む」
「なんで私は選択肢が一個少なくなってるんです⁉︎」
いや、まあ、当然だろう。こいつに金の管理とか任せたくない。
生徒会の役職は会長はすでに決まっているので、副会長、会計、書記、主務となっている。……主務ってなんだよ。要するに雑用全般っぽいぞ。
「今なら好きなのやれるぞ」
クラスの委員会の割り振りかよ。
ただ、みんな少し悩んでいるようだ。圧倒的に副会長が楽そうなのにな。いわゆる会長代理、補佐みたいなものだけど、会長がほぼ完璧だからすることなさそうだし。
それでもそこを立候補しないということはこの人の隣に立つということに自身のプライドが邪魔してるのだろうか。隣に立ったら確かにへし折られそう。生徒会をやるというのなら多少なりとも自分に自信があって立候補したんだろうしな。
「はい!私副会長やりたいです!」
「いいのかい?」
それは恵にではなく、他の役員に聞いているようだった。少し目を合わせていたが、反論もないようで首肯していた。
「少年も……いいのかな?」
「まあ、やりたいってんならやらせてみればいいじゃないですか?本決まりでもないのなら、こいつ無理だと思ったらいつでも変えてやってください」
「お兄ちゃん辛辣すぎるよ!少しは妹を信用してよ!」
信用しての結果である。他の役員は、あーこの二人兄妹なのか的な目で見ていた。
少しその視線が気恥ずかしくて、リストアップされてる先生を見ていた。
情報としては名前、担当科目、担当学年、顧問の部だ。
3年生担当で顧問引き受けてない先生はダメそうだな。進路相談とか多そうだし。
そうなると1、2年あたりを担当してる人の方が良さそうだ。出来れば、家庭科を受け持ってる人が良いんだけど……。
「そもそも家庭科って一年生の選択科目だから担当教員自体少ねえな……」
「しかもその先生たちも顧問やってるしね」
顧問か副顧問と書かれている。副顧問だからといって引き抜くわけにもいかないし、出来れば顧問を請け負ってない人を探さないと。
「ねーねー先輩たちは付き合ってるんですかー?」
「ぶっ⁉︎」
なるべく邪魔にならないような端っこで資料を読んでいた俺たちに影を落としたと思ったら、唐突にそんなことを聞いてくる人がいた。
「吹くな。汚いわね」
「お前のその冷静すぎる対応に俺は困惑」
「だって付き合ってないもの。私たちはご主人様と奴隷の関係」
「……そういうプレイですか?」
「「違うわ‼︎」」
とんでも方向に持って行こうとするなこの女子。しかし、先輩と言っていたから後輩なのだろう。なぜ、学年がわかるのかというと、うちはネクタイとリボンが色違いなのだ。
「あはは知ってますよー。えっと佐原先輩でしたっけ?私、東雲さんと同じクラスの高橋っていいます」
あ?東雲さん?
「東雲さんも可哀想に。こんな人をたぶらかす人について行っちゃって」
「別にたぶらかした覚えはないが」
「まあ冗談ですしね。花菱さんから東雲さんには好きな人がいるって聞いてまして、いやはや顔だけはなかなかですね」
「お褒めの言葉ありがとさん」
「お気になさらず」
皮肉が通じないようです。
「でも、まあ噂ほど酷い人には見えないですね。人は見た目によらないとは言いますが。もう少し観察してみる必要があるですか」
「君は仕事に戻りなさい」
「私は主務になりましたので。みんなのサポートが主な仕事です!」
「じゃあ、うちの妹のサポートしてくれ。まず何かやらかすと思うから。あいつのやった後は逐一チェックをしたほうがいい」
「ほえ?お兄様は妹様をとことん信用してないようですね」
この子は恵のことを見てきてないから、多分生徒会に立候補したことである程度は出来る子なのだろうと思っているのだろう。
俺としてはこの生徒会である程度出来るようになればと考えてるぐらいだ。
「ところで何をされてるんですか?」
「新しい顧問探しだよ。一人だけじゃなくて断られてもいいように何人かリストアップしないとな」
「ほうほう。ではうちの担任を推しておきます。確かまだ2年目で部の顧問引き受けてなかったと思います」
「香夜ちゃんとこの担任か……」
俺、確かあの人からの印象良くなかったんだよなぁ。加えて香夜ちゃんと一度喧嘩する要因になった人だし。多分、香夜ちゃんもあまりいい顔しなさそう。向こうは香夜ちゃんのことは悪く思ってないと思うけど。
「浮かない顔ですね?」
「うん、まあ提案はありがとう。とりあえず候補の一人にしておくよ」
「いえいえ。ところで佐原先輩は好きな人いるんですか?」
「お兄ちゃんは香夜ちゃんにメロメロだよー」
「お前は口を挟まんでいいから手と頭を働かせろ」
「少年。妹をそんなに邪険にするもんじゃないよ」
「会長はそいつを甘やかさないでください」
「おっとこれは手厳しい返しだな。兄上がそう言ってるが、妹君よ」
「甘やかして下さい♪」
「よし甘やかそう」
「このダメ人間製造機!」
「とんでもない言い草だな。君がいては仕事が進まん。用が済んだのならさっさと出て行くといい。部外者は立ち入り禁止だよ。しっし。あ、美沙輝くんは残してもらっても……」
「私も……そろそろ出ますね〜」
だいぶ絞り込んで目処も立ったので、俺と美沙輝は生徒会室を出ることにした。
果たして、今回の生徒会役員はうまく回るのだろうか。仮にも”生徒会長”というのは少なからず羨望の的でもあっただろう。それがアレだしな。妹溺愛病。俺が勝手につけた。
病状は妹に該当する女子なら誰でも構わずに甘やかす。
「はあ……」
「出てきて早々ため息つかないでよ」
「つきたくもなるわ。大丈夫か?あれ」
「天王洲先輩もあんたの反応が面白いからからかってんじゃないの?」
「せめて俺がいない間はちゃんとやってると信じたい」
まあ、人格はどうあれ、やってることは万能だし、あれが正しく恵が目指すところの完璧人間かもしれない。
でも、恵は誰に憧れてたんだっけ?香夜ちゃんか?美沙輝か?
俺が描いてる理想像と恵が描いている理想像は違うかもしれない。
「恵の理想像って誰なんだろうな……」
「何よ急に」
「恵にさ、この計画を始める時にどんな風になりたいって聞いたんだ。出てきたのは文武両道、才色兼備、言われたことは既に終えられてるような人になりたいだと」
「無理じゃないかしらね」
「恵自身も無理だと薄々感付き始めてる。だが、それを差し引いたとしても、誰が理想像なんだろうなって」
「理想像ね……案外あんたじゃない?恵ちゃんはあんたを見て育ってきたんだし。なんでも出来るお兄ちゃんを目標に無意識にしてたんじゃい?」
「俺?」
そもそも選択肢の中に入ってすらいなかった。俺か……。
妹にとっては誇れるお兄ちゃんにはなっているのだろうか。
まだまだ足りないことだらけだけどな。
でも、恵が俺を目指したとして、俺は?その完璧を追い求めて行き着く先は?
また迷路にでも迷い込みそうだな。誰か、俺を導いてくれる人が欲しいよ、まったく。




