その手を取れるように
前回:料理研究部三人娘がカップケーキを作るために作る以前の問題を解決してました。
今回:カップケーキを受け取った主人公が悩みを打ち明けます。
いつか、自分が贖罪をするのならば、それはいつになるのだろうか。
柄にもなく、なんだか中二臭いことを考えていたが、割と真面目な話でもある。
いつまで、俺はその気持ちに目を背けたままにしているのだろうか。受け止めてるつもりだろうが、結局流しているためにその先がない。
その好意に対して、俺は罪を犯しているとも言える。
待ってほしい、待ってくれる、いつまでも。
その甘い考えで、相手を傷つけているような気がしてならない。いっそのことそういう関係になってしまえば、この意識はなくなるんだろうか。その後でも、積み重ねてしまった時間に対して罪悪感を感じ続けてしまうのかもしれない。
行動に遅すぎることはないなんて言うけど、俺はいつも後手で、後回しにして、後悔ばかりだ。
恵のことだってもっと早く気にかけてやってればこうはなってなかったかもしれない。
でも、恵がアレだったおかげでみんなと繋がったという考えもできるから、それを一概に否定もできない。
なぜこんなことを考えてるかというと、先日、香夜ちゃんから差し入れだということでカップケーキを受け取った。
レシピは美沙輝直伝のものということで味に間違いはなかった。美味しかった。すごく。
でも、香夜ちゃんがいつも美味しくできない理由がレシピ通りの順序に作らなかったからだと教えてもらった。
俺だって見てたんだから、香夜ちゃんがうまくいかない理由を探してやらずに、ただ甘やかすだけで何も与えられてなかったんじゃないかって、そう感じていた。
香夜ちゃんは優しいから、そんなことないですよ、って言ってくれる。本当に優しくて健気で良い子だ。なんで、俺なんかを好いてくれるんだろうか。でも、それはきっと彼女自身もわかってないのだろう。だから俺は猶予ということで、付き合わないことにし、恵が独り立ちできるまで待ってもらって、その間に他の人が好きになろうが、それで一向に構わないとした。
結局、自分が自分で1番心に蓋をしてるのだ。
だから、周りから道化だと言われるのだろう。お前の本心はどこにあるんだって、そう言われてるのだろう。
でも、自分で自分の本心なんてわかってないんだから、道化だとなんだと言われようが、その行動自体が本心だと答えるしかない。
いつから俺は、こんな仮面を被ってるような奴になってしまったんだろうか。
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さりとて、俺が悩んでいても時間は経過し、すでに校内演説は始まっていた。俺は横で天王洲先輩の紹介をしつつPRする。
天王洲先輩は公約を説明している。
たかが一週間程度。適当な許可が出されている所定の位置で放課を使ってするものだ。どれだけ影響があるかもわからない。
「これ、意味あるんですかね。結局、生徒会長も誰も立候補しませんでしたし」
「意味を考えてしまってはいけないな、少年。こういうのは形だけでも体裁を取り繕わなければならないのだよ」
「そういうものですか」
「……なんだ、少年。なんか妙に物憂げな表情をしているが」
「そう見えますか?気のせいですよ。こういうの初めてなんで気が張ってるだけだと思います」
「ふう……。今日のところはここいらで終わろう。まだ時間はあるしな。パートナーでもある君がそんな調子では指揮に関わろう」
「大丈夫ですよ」
「偶には君も強情にならずに人の言うことを聞くがいい。私だって何も考えなしに提案するわけではないのだよ」
「そっすか……」
「覇気がないな。とりあえず生徒会室に行こうか。引き継ぎの資料も作らなければならないしな」
「天王洲先輩が引き続きやるなら必要ないんじゃないですか?」
「そうもいかないよ。私がやらない可能性はゼロではないし、私が仮に当選しても部下がみんな同じではないからな。何をしていたか、何をしていく必要があるかは明確にしておかないとな」
「意外に大変なんですね」
「あまり仕事をしてないかと思ったか?」
「正直そうですね」
「君は意見をバッサリ包み隠さず言ってくれるからこちらも気分がいい。ただ、君は意見だけじゃなくて、自分の気持ちも曝け出す必要があるみたいだけどね」
「天王洲先輩に何がわかるんですか」
「いいや?何も分からないよ。所詮他人事だ。ただ、悩んでる少年の悩みのはけ口ぐらいにはなってやることは可能だ。まあ、君の悩みの種はだいたい恵ちゃんか、香夜ちゃんか、の二択しかないみたいだけどね」
そこまで割れてるのなら隠すこともないか。
俺はたどり着いた生徒会室で天王洲先輩に指示されるままに適当なところに腰を落ち着けた。天王洲先輩は生徒会長らしく?上座に座っていたけど。
「少年、適当なところに座れとは言ったが、人がいないのになぜ離れて座る。寂しいではないか」
「いや……なんとなく。理由はないです」
確かに離れて座る必要もないので、天王洲先輩から1番近い席に座った。なんとなくデスクに紙媒体が多いのは何かしらの作業をしたまま放置しているのだろうか。
ところどころには教科書類も見当たるが。持って帰れよ。生徒会役員がそれでいいのか。
「そういや、引き続き生徒会やるってやつは他にいないんですか?」
「大抵が3年だったしね。受験に集中するために継続してやるものはいないよ。私を除いてね」
「なんか……すいません」
「君が謝ることはないよ。罪悪感を感じることもない。君は断るなら断ってもいいと選択肢をくれていたんだ。断らずにこの道を選んだ私の責任さ。それに言っただろう?この程度でこけてしまうような私ではないと」
「それでも、怖いんですよ。自分がやったことが巡り巡って、その人の首を絞めてしまうんじゃないかって」
「君でもそういうことがあるんだな」
「俺が後悔しない人間だと思いました?」
「するかしないかと言われれば、君は自分のやることに自信を持っているタイプだと思っていたけどね」
「俺だって人並みに悩んだりするんですよ」
「して、今回はどうして後悔してるんだい?」
「後悔……というよりは自己嫌悪ですね。全部俺が悪いんですけど。その自分に嫌気がさしただけです」
「自己否定はあまりよろしくないな。私を見てみろ。ポジティブシンキングの塊だぞ」
「天王洲先輩は少しぐらい悩むということを覚えたらどうですか」
「いやあ悩んだりはするぞ。センター試験、英語を受験するかドイツ語を受験するか悩んでるところだ」
「普通の人は英語しか選択肢がないんですから贅沢な悩みというやつです。それと、普通に点数が取れる方を受験すればいいだけです」
「少年。英語にはリスニングが存在するのだがな。英語以外の外国語の科目は筆記だけなのだよ。このアドバンテージをどうとるか、悩みどころなのだ」
「そういや、前はドイツ語やってましたけど、英語を受験したことあるんですか?」
「そりゃやってるさ。9割は普通に取れるな」
ドイツ語ですら8割越えだったしもうどっちでもいいよ。同じ配点で、英語以外を受験した場合、高く評価されるとかなら知らないけどさ。
「天王洲先輩は悩み相談に乗ってくれるんじゃないんですか」
「あいにくと心理学はまだ手付かずだからね。いいアドバイスを送れるかどうか不安でね」
「誰も適切なアドバイスは求めてないです。まあ、愚痴を聞いてもらえればそれで」
「なんかそういうのは嬉しいな。後輩座私を頼ってくれるというのは先輩としてこの上ない喜びだ。矢作のやつは何も言わないからな」
それはあなたに相談するだけ無駄だと分かってるからだと思います。だって、あなた絡みですもの。
「と言っても、私もたかだか1年多く年をとってるだけの人だからな。あまりヘビーな話をされても対応には困るぞ」
「まあ、心理カウンセラーでもあるまいし、大体の人は重い話されたところで対処には困るでしょう。俺が言いたいのはこのままでいいのかってことと、俺は香夜ちゃんに何かしてあげられてるのかってことです」
「香夜ちゃん絡みだったか。まあ、恵ちゃんは妹だから、むしろ尽くしまくりだから、もっと感謝しろとまで言いそうだしな」
そこまで横柄じゃないよ。家族なんだから当然の施しをしてるだけだよ。無償の愛ってやつだっけか。返し、返されることを望んでやるわけではない。
「このままでいいのか、というのは確か君たちはまだ恋人関係ではなかったのだったか?」
「ええ、まあ」
「なぜ、君はそれを拒んでいるんだ?向こうも好意を寄せている。君も好きだというのなら付き合ってもいいではないか」
「その通り……ではあるんですけど、きっと恵が今のまま、まだ独り立ちできないような状態で俺が香夜ちゃんと付き合ったのならば、恵が路頭に迷ってしまうと思うんです」
「区切りはないのかな。君が手を離してもいいって思う、そのタイミングは」
「あいつが……恵が生徒会長になれたら、あいつはみんなに認められて、一人前になれた証だと思うんです。そりゃ、それでも俺に頼ることはあると思いますし、お兄ちゃんですからいつでも力を貸しますけどね。……だから、あいつが生徒会長になるまではやめておこうって、そう言ったんです」
「だから生徒会長に拘ったんだな。……1学期経過したわけだが君の目には恵ちゃんはどう映ってる?」
「……人間の根本なんてそうそう変わりませんよ。家に帰ればいつも通り甘えてくるし、だから学校で体裁を整えるぐらいしか出来ないと思います。……だから、何か事情を知ってる人が近くにいて欲しいんです。幸い、恵は周りの人に恵まれた。あいつは完璧になりたいって言ってるけど、いつかそれは無理だって気づいて、自分なりのなりたい自分が見えてくると思います。せめて周りから浮かないように、みんなから好かれるような、そんな子でいいんですよ」
「愛され系女子ではあるな、恵ちゃんは。名前通りに恵まれてる子だ。まあ、今の話であって、過去か未来はどうなってるかわからないけどな」
愛され系女子ならここまで面倒なことにもなってないような気もする。それこそ彼氏の1人でもいた方がそいつが色々やってくれそう。でも、やらない。恵はやらない。
「まあ、今は恵ちゃんのことは置いておこう。君が常日頃恵ちゃんのことをよく考えてるのはよく分かった。香夜ちゃんのことだろう今は」
「そっすね。恵のことは正直今回の選挙落ちようがあくまで顔を売れればそれでいいところもありますし」
「まあ、確かに生徒会長以外の役職は後に決めることにして、あくまで定員数だけを選挙する方式にしたら微増したからな。結果としては2人あぶれることになってしまう。顔売れればいいというのは確かにある話ではあるか」
「当選にするに越したことはないですけどね」
「……なぜ香夜ちゃんの話のはずだったのに恵ちゃんの話にそれていくんだ?」
「人間、触れられたくないことには無意識に避けていくそうです」
「触れられたくないのか」
「そういうことなんでしょう」
「だが蒸し返していこう。君が香夜ちゃんに何かしてあげられてるのか、ということだったね」
「あれだけ長々色々と話していたのによく覚えてましたね」
「ここの作りには多少なりとも自信があってね。君が香夜ちゃんに何かしてあげられてるか、というよりは香夜ちゃん自身を見ていたのかどうかってことを君自身は悩んでいるのだと思うよ」
「何かしてあげられてはいる、ということですか?」
「自覚はないのかもしれないけどね。君は恵ちゃんを除けば香夜ちゃんを1番に最優先してるんだ。それを香夜ちゃん自身が気づいてないと思うのかい?だから、香夜ちゃんは君に惹かれてるんだと思うよ。まあ、お姉さんの勝手な見解だから違うのかもしれないけど。何かしてあげてはいる、それは君の潜在意識にもあるはずだ。それでも罪悪感があるとするならば、君は香夜ちゃん自身を見てあげられてないんじゃないかって。これも、私の勝手な見解だけどね」
香夜ちゃん自身を見てあげられてない……。
でも、どうすれば香夜ちゃんを見てあげられるんだろう。どうすれば香夜ちゃんを見ていることになるんだろう。
俺が言葉を発さなくても、天王洲先輩の言葉は続いていく。
「そうだ。君たちは今は一緒に住んでるらしいじゃないか。すぐに、とは難しくても何か新しい発見があるかもしれない。まあ、君自身に1番問題があるのかもしれないけどな」
「そう思います?」
「その言い方は自覚はしてるようだね。まあ、君自身、散々言われてるんだろうね」
「ええ。でも、どうすればいいか、そればっかりは分からないんです。本当の自分が何なのか、分からないんです……」
「……本当の自分なんて、そんなのは誰にもわからないさ。君自身が知るしかないよ。さて、整理も終わったことだ。今日は解散としよう。少しは気分は楽に……なったとは言えなさそうだね。でも、これだけは言っておくよ。香夜ちゃんはきっと君にも救われてる。君は色々と背負いすぎなんだ。でも、いつか君が報われる時は来る。悩んだ時はお姉さんをいつでも頼るといい。君は人を頼るということを知るべきなんだ」
人を頼る……か。
俺に頼るのは誰かを信頼するということなのかもしれない。だから、俺は仮面を被って自分を偽ってるのかもしれない。
本当の自分もよくわかってないから仮面も何もないけど。
でも、いつかその時が来るのなら、香夜ちゃんにも自分自身でも誇れるようになれるようにしよう。それが、贖罪になると信じて。




