蚊帳の外な人たち
前回:恵の推薦責任者になっているちーちゃんこと愛沢千紗は恵と2人で演説について考えていた。そんな中で千紗は恵に対しての認識が変わってきていた。恵から恵自身の生い立ちを聞いて生徒会選挙への決意を新たにしていた。
今回:料理研究部三人娘がきゃいきゃいしてるだけです
「香夜ちゃん、アリサちゃん。今日はカップケーキ作ろっか」
「食べる担当で!」
「作れ!」
ダメな子の典型的な返答に至極まっとうなことを言ってる部長さん。
山岸さんは言わずもがな、あまり来ないのですが、先輩が選挙活動で出ているので、この料理研究同好会は女子3人で活動しています。この場に先輩はいません。
まあ、先輩がいなくとも活動には全くもって支障はないのですが、物足りなさは否めません。
「香夜ちゃんもこのお嬢様動かしてくれない?」
「いいですー。私は食べるだけでいいんですー。作れなくても旦那様に作ってもらいますー」
「旦那様が作れなかったらどうするのよ」
「ちゃんと作れる人探しますので。あ、山岸先輩、料理上手でしたよね」
この子は人をどんな視点で捉えてるのだろう。甘え上手なのか、人懐っこいのか分からないけど、人に取り入るのが凄く上手いのだ。でも、この部長には全く効いてないけど。
「いい?アリサちゃん。男子厨房入るべからずって言葉があってね」
「現代に生きる人は男の人もちゃんと作れるべきだと思います!」
「まず女のあんたが作れるようになってからその大口をたたきなさい~」
「いはいです~みはきさん~」
減らず口が多いので、口の中に親指突っ込まれて、すごい勢いで広げられていた。
もうなんかお姉さんとかよりお母さんみたいです。
2人を見てても何も進展しなさそうだから私から少しやろう。
「ほら、香夜ちゃんはちゃんとやってるでしょ」
「フレーフレーか・や・ちゃん!」
「あんたもやれ!」
「お姉ちゃんが酷いです~」
当然の仕打ちだと思う。なんのためのこの料理研究同好会なのか。食べる担当はみんなだよ。みんなで作ってみんなで食べる。
そうやって評価しあって、より美味しいものを作る。一種の花嫁修行みたいなところもある。ニート育成機関じゃないんだよ。
私も、お菓子に関しては美味しくできるわけではないのですが……。
何が悪いんでしょうか。砂糖を控えめにしすぎでしょうか。何が原因かもわからないので、美味しくできるきっかけがあるわけでもないです。
「もーアリサちゃんの分のカップケーキ無し!」
「ああ!そんな殺生な!じゃあ作った分はどこに行くんですか⁉︎」
「差し入れに持って行くわよ。私たちは恵ちゃんのところに持って行きましょ」
「私……たち?」
「あなたも行くのよ。アリサちゃん」
「そ、そんな!自分が食べられないのに誰かに渡すなんて!」
「自分が食べないと気が済まないのかしらこの子は……」
「あの……私は……」
「香夜ちゃんはあのバカのところに持ってってあげて。とはいえ、あそこはあまりやることなんてないんじゃないかって思うけどね」
「むしろ先輩の方があれこれ聞く立場ですよね」
「手玉に取られてるあいつをちょっと見てみたい気もするわね」
多分口だけでいうならイーブンレベルなのかもしれないけど、根本的な立ち居振る舞いが違いすぎる。
生徒会長は王様で、先輩は下僕だから。美沙輝さんにも一時期そんなことをやってたような。
あの人の根本は犬の体質なんだろうか。ただし、基本的に誰にでも尻尾振ってるダメ犬っぽいけど。賢いのかバカなのか分からない。
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「ん?なんかとんでもない勢いでディスられてる気がする」
「大方、君の部のところの子たちが君はどうしようもない人間だと言ってるのではないか?」
「そこまで言われるようなことをした記憶はないんですけど」
「あれだな。君は女子に等しく良い顔をしすぎなんだな。女子から言われたことなら忠実に実行するからね。まあ、今なら君は私の下僕とでも見られてるんじゃないか?」
「それを俺はどうしろと?」
「まあ、せめて誠意を持って働いてるということを私が虚実ないまぜに説明してやろう」
「虚実ないまぜじゃあらぬ誤解しか受けない気が……」
「ほら、手が止まってるぞ。5年分は終わるのはいつになるのやら」
「5年分も読む必要あるんですかね……」
「さて、虚実ないまぜにまずは宮咲女史にでも連絡を取ってみようかな」
「読ませていただきます」
こうして俺は当たり前のごとくこき使われていくのである。
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「……なんか間がありました?」
「いや、ないと思うけど」
「そうですか?」
「ふふーん。やっぱりあいつがいないと落ち着かない?」
「そんなしたり顔で言われたら例えそうでも違いますとしか言えなくなるんですけど」
「うまく返してくるようになったわね。こうして会話のキャッチボールは成立していくのよ」
「それはいいんですが、アリサちゃんどうしたんですか?」
「とりあえず生地を作らせることにしたわ。あんまり目を離してると」
ガチャーン
ガチャーン
「なんでそんなホイホイものを落とす‼︎握力がないのか⁉︎」
「いやぁ〜それほどでも〜か弱い乙女ですので」
「アリサちゃん、握力40kgあります」
「下手な男子より強いじゃないの!その細い体のどこにそんな力があるのよ!」
「ついでになんか使うものがわからなくてあれやこれやと適当に持ちすぎて、手を滑らせてました」
「分からないんだったら聞きなさい!誰も1人で全部やれなんて言ってないから!」
怒りながらもちゃんと手伝いをしてあげる美沙輝さんは本当に甘くて優しい人だと思います。
アリサちゃんのほうも若干わざとやってるんじゃなかろうかという疑惑が見え隠れもするけど。
私はそんなことに囚われることなく、ちゃんとやっていこう。
先輩、喜んでくれるといいけど……。
いや、多分あの人は渡すだけですごく喜ぶ。状況がすぐ目に浮かぶ。ただ、味に関してはすごく真面目に答えるから、無理して美味しいとかは言わないですよね……。
妥協はできないし、美味しいって言ってもらいたいけど、私じゃ先輩が満足できるものなんて作れるのかわからないな……。
「はあはあ……お菓子作りってこんな息を荒げることだったかな……」
まだ何も開始してないような段階からそれだけさせるアリサちゃんの実力はいかほどに。包丁は使えるようになったって言ってたけど、それもどのような範囲なのか合宿中も先輩と作っていたので定かではない。
「香夜ちゃん、1人でも大丈夫?」
「作り方はいいんですけど……せっかく作るなら先輩に美味しいって言ってもらえるもの作りたいです」
「ホント健気な後輩を持ってあいつは幸せ者ね〜」
「健気に慕ってくれる後輩なら美沙輝さんにもいますけど」
「その後輩は部長の言うことをなかなか吸収しないから」
「まあ、出来ない子ほど可愛いって言いますし」
「それはダメな子だけどね……」
「誰がダメな子ですかー!」
「いいから卵割ってかき混ぜなさい。ちゃんとボウル押さえてかき混ぜるのよ」
「それぐらいできます〜」
出来なかったから言われてるんじゃないかな。
向こうに構ってるといつまで経っても終わらなさそうだから自分でやってこう。
「あ、香夜ちゃん。ここでバニラエッセンス加えるのよ」
「もっと後じゃないんですか?」
「というか、香夜ちゃん、まったくレシピ見てないけどどうやっていつも完成まで持ってくの?」
「理論で」
「だから味がイマイチなんじゃないかしら……むしろなんでそれで見た目が普通に完成されてるのかしら……」
「料理は科学だと昔言った人がいたはずです」
「かもしれないけど、美味しくできなきゃその理論もおかしいことに気づきなさい」
「レシピ通りやってもつまらないと思います」
「なんのためのレシピなのかしらね……この後輩どもはどいつもこいつも……」
ぶつくさ美沙輝さんがぼやいていましたが、私も含まれてるのが腑に落ちないです。
いや、確かにレシピを参考にしない私にも落ち度はありますが。……そうですか、レシピ通りですか。それに気付けたというか、教えてもらえただけでこれは収穫なのかもしれません。
なんだかんだ私自身美沙輝さんからあまり教えてもらったという記憶はないですから。
先輩も私がやってることは間違ってると毛頭思ってないので。信頼しすぎでしょう。いつか後ろから刺されますよ。刺す人間も私かもしれませんけど。
でも、刺すんじゃなくて、後ろから抱きついてみたい……かも。
「おーい。そこの少女ー。手が止まってるぞー。妄想にでも浸ってるのかー」
「そ、そんなことないです。ただ普通のレシピというものがわからなくて手が止まっただけです」
「アリサちゃん。とりあえずそこから動かないで。香夜ちゃんにレシピというか手順教えたら戻るから」
「はぁーい」
散々怒られたからか美沙輝さんの言葉には素直に従うようになったね、アリサちゃん。いい傾向だよ。
「香夜ちゃんもあいつ以外にもちゃんと言うことを聞いてやってちょうだい」
「私、先輩の言うことにもあまり従ってないです。適当に私が尽くしてあげてるだけなのです」
「私にも尽くしてちょうだい……」
「美沙輝さんは尽くさなくても出来る人なので。むしろ私が何かしたら邪魔ではないかと思いまして」
「己の完璧さがニクい……!」
若干先輩に似てきてるようにも見えます。美沙輝さんの弱点って少し運動が苦手というぐらいなことぐらい……いや、先輩から自分の姉が苦手というのも聞いた記憶があります。私も兄弟がいたらまた何か変わってたんでしょうか。
先輩の家に居候することでお兄さんと妹ができた気分ですが。
気づいてないかもしれないですが、めぐちゃんより誕生日が早いんですよ。私の方がお姉さんなのです。身長のことは言わないでください。
「はい、これレシピだから。まあ、私のアレンジだから私の味になっちゃうかもだけど。今回はそれで許してちょうだい。そこから自分でまた今度改良してけばいいから」
「改良するにも材料がないってことですね」
「そ。じゃ、私は何やるか分からない子の監視するからちゃんと、作って美味しいって言ってもらうのよ」
「はい」
私たちは選挙のためになんの役にも立てない。だけど、少しでも先輩が喜んでくれるのなら、こうしてお菓子を作って。そうだ、せっかく一緒に住み始めたんだから、もっと色々お手伝いしよう。めぐちゃんとももっとお喋りできるし、私ができることならアドバイスもしてあげよう。
そういえば、2人は私が先輩の家に住み始めたこと知ってるのかな?まだ、バレてないとしてもいつか知られることだろう。でも、少しぐらいはそのスリルを楽しんでもいいかも。
こんなことを考えてるなんて、私も先輩に毒されてるのかな。そんなの言ったら前からだろ、ってツッコミを入れられそう。
……うん、おとなしく作って先輩と天王洲先輩にカップケーキをあげることにしよう。




