表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/165

下準備

「これはなかなか思い切った選択をしたものだね」


 場所は資料室。唐突に振られた話題かもしれないが下調べは済んでいるらしく、俺は誘導尋問に軽く引っかかったわけだ。下調べ言っても、恵しか情報源はないけど。あいつ、大概口軽いな。


「私が少しばかり強引に聞いてしまっただけだ。嬉しそうな顔がいつもの5割増しぐらいだったからな。しかし、双方合意の上とはいえ、君の方の親御さんには了承を取ってないみたいだが、大丈夫か?」


「毎日いるならともかく、うちの親はたまに1日ふらっと帰ってくるだけだし、香夜ちゃんも週に一回程度は家の様子を見に行きますから、偶々泊まってるだけってことにしておけば。親父は分かんねえっすけど、母さんの方は香夜ちゃんのこと気に入ってるから誤魔化しは効くと思います。あとは、恵が余計なことを言わなければ」


「君はもう少し妹君のことを信用したらどうだい?生徒会選挙が始まるというのに」


「だからこそ不安なこともあるんですよ……」


「そう気負うものでもないよ。生徒会長の推薦責任者を務めたとなれば、君の評価も変わるだろう。これは未来のための下準備ということだ」


「下準備っすか……」


 今資料室にいるのは、過去の生徒会について少しでも情報を集めるためだ。必要ないといえば、現行の生徒会長が再び出馬するわけだからいらないのだが、推薦責任者が学校生徒の代表ともいえる生徒会についての知識がない状態で推したところで説得力に欠けるということだ。

 何をするにおいても下準備というのは必要なことである。


「ところで、生徒会の基本的な業務って何なんですか?」


「そうだね……逆に聞こうか。君はどういったところで生徒会を見てきたかな?」


「学校の行事関連ぐらいしか」


「ま、そんなものだろうな。それも一つだ。他にも地域交流の先導や、はたまた生徒会長は学校間での会議に駆り出されたりすることもある」


「校長の間で解決しろよ、って話なんですけど」


「生徒の意見が欲しいということだろう。他にも学校内の意見をまとめて、予算内であれば解決策を練ったりな」


「……天王洲先輩、何かやりました?」


「まったく、心外だな君は。私だって置物の生徒会長、というわけではないのだよ。ちゃんと働いていたし、これからもする予定だ。まあ、期待値よりはしてないのかもしれないけどな。生徒会長という肩書きだけで、みんなが欲しいのはストレスの発散口だ」


「まあ、先生に強く言えない以上は生徒会が何とかしてくれ、っていう意見だってありますよね」


「私にはあまりこなかったがな」


「下手に言っても言いくるめられる気しかしないからでは?」


「それが共通認識なんだろうな。お姉さんは悲しいよ」


 この人より口の立つ人がいるのだろうか。意見が来ないということは、みんな現状のこの学校に満足しているということではないのだろうか。それでも、天王洲先輩は意見が欲しかったということは何かしら人の役に立ったという名分が欲しかったということにも繋がるのか。まあ、せっかく生徒の代表として生徒会長になったのだから生徒のために何かしら動きたかったのかもしれない。


「で、俺の方はどのように天王洲先輩を立てていけばいいんですか?」


「君の目から見たありのままの私を言ってくれればそれで構わないよ」


「部の同級生に傍若無人の限りを尽くし、現部長をオモチャにしてます」


「待て。なんでそんなマイナスイメージばかりをプレゼンするんだ」


「見たままを言えと言われましたので」


「危うくそのまま生徒会選挙に出馬してしまうところだったよ。後輩たちに優しく指導してるお姉さんと言ってくれたまえ」


「ものは言いようですね」


「いや、実際優しくしてると思うんだ。なぜ伝わらない?」


「矢作に聞いてください」


「矢作に頼んだほうがよかったか?」


「多分断られると思います。というか去年はどうしたんですか」


「あいつらに頼んだ。あることないこと吹き込んで、虚実ないまぜで私は当選した。まったく、去年はいたんだから君は知ってるだろう」


「あいにく興味がなかったので適当に流しました」


「……まあ、大半の生徒がそういうものなんだろうな。興味のあるものは一握りで、大半は当事者だ。……次の生徒会は全員美少女で統一してやろうか」


「先輩の欲望しかないじゃないですか。ちゃんと選挙に則ってやってください」


「ふむ。君にルール云々言われるとは思わなかった。君はどれだけ汚い手を使おうともその座を勝ち取るタイプかと思ったんだがな」


「残念ですね、先輩」


「何がだ?」


「俺にそれができるほどの人脈などありません」


「自分で言って悲しくならないのか?」


「今に始まった事ではないので」


 今でこそそこそこ友人はできたが、去年で考えれば、アホか真面目なやつしかなかったからな。

 小狡いことができるやつは、多少なりとも頭を持ち合わせてるのだ。


「まあ、根回しぐらいはしなくもないですけど……そもそも生徒会長への出馬って先輩1人じゃないですか」


「不信任というものはあるだろう。前回の生徒会でこいつでいいのか、とかな」


「でも、生徒会長がいなければ回らないですからよほど大丈夫だと思いますよ」


「私はいいとして、君の妹だな」


「ですね……」


 恵の方はこちらの生徒会長への推薦を受けてはいるのだが、対抗馬がいるのだ。恵が生徒会に入るにはこの対抗馬に勝たなければならない。


「情報収集が必要でしょうか」


「情報収集か。するなら向こうから来るのではないかな?」


「天王洲先輩の方に?またなんで」


「恵ちゃんの動機の方を調べれば自ずと私にたどり着くだろう。もしくは君に、かもしれないがね」


「そういうもんですかね。まあ、そいつもやりたいって立候補したわけではなく、担ぎ上げられたんじゃないですか?」


「その通りだ!佐原育也!」


 資料室の扉が俺の名前を叫ぶと同時に開け放たれた。騒々しいな。誰がいるかノックしろと躾けられなかったのか。


「知り合いか?」


「いえ、知らない人ですね」


「ぐっ……まあ、いい。どうせお前は隣のクラスのやつなぞどうでもいいのだな」


「隣?とういうことは、2年生で進学クラスのやつか」


「そうだ」


「どうでもいいけど、入り口からはよどいてやれよ。後ろの子が入りにくそうにしてるだろ」


「い、いえ。ウチのことはお気になさらず……」


 一緒に来たのだろうか。こんな普段誰も使わないような資料室に来るということはこいつらも生徒会選挙に出るということか?

 男女2人という密かに噂でもされそうな組み合わせだが、付き合ってるわけではなさそうだ。言うなれば幼馴染的な感じ。でも、幼馴染でも嫌なら一緒にいないだろうし、脈があるとするならば女子の方かな。男子の方は色々と疎そうというか、なんも考えてなさそう。


「それで単細胞君が何の用?」


「誰が単細胞だ!誰が!」


 三人から指さされた。


「コホン。まあ、それは置いておくとして勝負だ佐原!」


「違うでしょ。頼み事しに来たのになんで喧嘩腰なの」


「頼みごと?」


「自己紹介がまだだったね。ウチは隣のクラスの支倉凪はせくらなぎ。こっちはバカ」


「で、支倉さんとバカは何の用で?」


「ちゃんと自己紹介した上で進めてくれ!」


「しただろ。な?」


「うん、ちゃんとしたよ、バカ」


「ええい!バカバカ言うな!クラスではトップの成績を誇ってるのにバカ扱いはないだろ!」


「もうなんか言動がバカっぽいからな。まずは礼儀からなんとかしろよ」


 というか、アリサちゃん然り、トップのはずなのに言動が残念なのはなんでだろうか。あ、俺もか。こんなのと同類にはされたくないけど。


「じゃあ、紹介し直すね。こっちは田吾作」


「誰だ⁉︎田吾作って!そんな昭和の田舎感が溢れる名前じゃない!僕は茅原遥かやはらはるかだ!覚えておけ!」


「女子ならともかく、男子の名前とか正直あんまり覚えたくない。特にお前みたいな関わるとめんどくさい系は特に」


「なんで特にを二回言った⁉︎」


 大事なことなので二回言いました。単に強調したかっただけです。


「まあ、少年。人をそんなに煽るものではない。近くにいい例もいただろ」


「あの子は可愛いのでセーフです。男が地団駄踏んでるの見てたらなんか滑稽にしか見えなくて」


「重ね重ねすいません……ウチのボンクラが」


「なんで凪の子供みたいな扱いになってんだよー!」


「お世話を頼まれたからだけど」


「って、そんなことは今はどうでもいい!話がある!」


「さっきから聞こうとしてるけどお前が自己紹介辺りからテンション高く邪魔をしてるんじゃないかと。用件が早く済まないようなら、こちらも作業があるから回れ右をお願いします」


「邪険にするものでもないよ少年。まあ、そこの茅原少年に伺っていては時間がかかるのは分かったから、支倉女史。君に聞こう」


 また憤慨しそうだったが、いい加減ことが進まないと思ったのか、押さえつけて支倉さんが前に出てきた。やっぱり女の子は強いね。


「えっと、ですね。佐原君の妹さんかな。生徒会選挙に出るんだよね?」


「ああ。出る以上は当選させるつもりだけど」


「ああ、よかった。こっちみたいに担ぎ上げられたわけじゃなかったんだ」


「その言い方だと担ぎ上げられたみたいだね」


「うん……。まあ、見て分かるように、お調子者ですぐ乗せられるから、立候補したはいいけど元々やる気があるわけじゃなかったから。やるからにはちゃんとやるつもりだけど、なんとか上手くやってこいつを落選させて欲しくて」


「八百長は出来ないぞ。でも、進学クラスでクラス内のトップと来たもんだ。推薦もされるぐらいならアドバンテージはそちらの方が大きい。そちらがネガキャンするしかないな」


「そもそも取り下げるという選択はないのか少年。まだ立候補期間であって広報はしてないからな。それは来週からだし、今週までならまだ取り下げられる」


「それは断固拒否する」


「こう言ってますので……やる気はないけどあくまでちゃんと戦って上で落選したいと」


 めんどくさい。果てなくめんどくさい。なんでこうもめんどくさく成長したのだろうか。親の顔が見てみたい。


「ただ単にいいカッコしたいだけなんですよ。勝てば官軍ですけど、負けてもこの場合はただの笑い話のネタになるだけだし」


「ちゃんとやった上で負けるって、多分対抗馬がウチの妹じゃ難しいぞ」


「そこをなんとかと思って」


「ウチの妹のアドバンテージと言えば、そいつと違って女子で可愛いということと、後ろ盾に現生徒会長のこの人がいるということぐらいだな。そこを押していくしかない。アピールポイントは底なしに明るいが、言い換えれば何も考えてないアホの子だからな」


「佐原君は自分の妹を褒めたいの?貶したいの?」


「客観的な意見を述べてるんだ。まあ、やる気はあるけどな。簡単に言っちゃえば、やる気のない頭のいいクラスのやつとやる気はあるけど格落ちの、それも一年生だ。やる気のあるなしは判断は出来ないし、真面目にやるのであれば、ウチの妹の負けは免れないかな」


「ほら〜だから言ったじゃない。真面目にやって負けるのは難しいって」


「やっぱり考えは浅はかだったか……」


「……少年少女よ。悲嘆するのはまだ早い」


 黙って俺たちのやりとりを見ていた天王洲先輩が口を開いた。


「早いって、どうするんですか」


「幸い立候補者は数がまだ少ない。下手すれば定員割れが出そうなぐらいだ。重複してるのは生徒会長ぐらいなのだ。さて、少年。生徒会の役員はどうやって決めるか覚えているかな?」


「言ったでしょ。俺は覚えてなんかいないです」


「立候補者数によっては立候補した全員が生徒会に入ることもある。まあ、先ほども言ったが不信任などはあるけどな」


「何が言いたいんですか?」


「生徒会長以外の役職については入る人間が決まった後に決める。故に、今回の生徒会選挙はあくまでその役職に対して選挙するのではなく、生徒会に入っていいかどうか、という観点で行うことにしよう」


「……出来るんですか?」


「この方が一つの席を取り合うのではなく、幾つかある席を取り合うことになるからな。まあ、もっともその役職の席を増やせばいいだけの話なんだがな」


「じゃあ、そうすればいいじゃないですか」


「今後がまた面倒になるんだよ。国会の議席数を巡ってのニュースは度々目にするだろう?まあ、あれは多数決のためだから今回のとはまた違うけどね。今回二席あるのなら、次やってみようかなってなった時に次は一席だけにするってなったら不公平だろう」


「今回の選挙方法もかなり不公平にしてるような気もしなくはないですが」


「確実に当選しない方法なんて、立候補しない以外にないんだ。立候補すれば、それがどんな人柄であろうと当選する確率がある。私としては、君に入ってもらっても面白そうだけどね」


「は、遥はウチの子です!」


「支倉さん。君はそっちより自分の身を案じた方がいいよ」


「?」


「ま、なんであれ、選挙をするにあたってはライバルともなるわけだ。と、同時に私は生徒会長でもある。ここには過去の生徒会資料が残っている。君たちもやる気はないとはいうが、見ておいて損はないと思うよ」


「……天王洲会長って、今三年生ですよね。なんで後期にまだやる気なんですか?」


「引き受けたからだよ。頼みごとをね。自分ことを言い訳にそれを途中で投げ出すわけにはいかない。ま、私は優秀だからな。どうとでもなる。あとは優秀な部下を持てることを祈ってるよ」


「よくわからない人ですね……」


「まあ、君たちが頑張るかどうかはまた考えるといい。さしずめ、自分たちがやる気がないのに、やる気のある子を蹴落とすのが忍びなかったってことだろう。でも、あからさまに手を抜くのも相手にとって失礼なことではないかな?」


「そう……ですよね」


「それを踏まえた上でどうするかは君たち次第だ。さて、私たちも作業に戻るとしよう。さあ、少年。過去5年分ぐらいさっさと読みたまえ」


「1年分ですら面倒なんですけど……」


「あ、あの一応私たちも見せてもらっていいですか?」


「そんなんいいだ……ブゲッ」


 男の方がねじ伏せられていた。余計なことは言うもんじゃないね。

 先ほど言っていた広報というか、演説は来週から始まるわけだが、こちらはいいとして不安なのは恵の方だ。

 あいつらはちゃんとやっているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ