同棲生活?
「他には持ってくるものない?」
「とりあえずは。また必要であれば持ってきます。そんなに遠い距離でもないですから」
「まあ、でも、香夜ちゃんの家から通うよりはうちから通った方が近いからな。下宿の一種とでも考えてくれりゃ気が楽じゃないか?」
「下宿先に先輩がいるということが1番の懸念材料であるんですが」
「頼ってきたのは香夜ちゃんだよね」
「それはともかく、めぐちゃんは宿題終わってますか?明日から学校ですけど」
「今缶詰中だ。あとで見に行くけど、まあギリギリかな。あいつ早い段階で半分以上終わらせたせいでその後にあまりやってなかったみたいでな」
「なんかですね……この家に来ると先行きが不安になってきます」
「なんかごめんなさい。じゃあ、俺は夕飯の支度するから香夜ちゃんは恵のこと見てきてくれないか?終わってなかったら尻ひっぱたいてやらせてくれ」
「なんで先輩がいながらやらせてないのかが1番疑問なんですけど」
「知らんのか?」
「何をですか」
「俺は極力甘やかしてるからな」
「わかりましたので私がめぐちゃんのこと見てきます」
香夜ちゃんは夏休みの最終日からうちへと泊まることとなった。
次の日が学校だからそのほうが都合がいいだろうということでだ。まあ、一応先ほども言った通り下宿のようなものになるので色々とやってもらいはするが、1人増えたところで……みたいのところもあるので、普段は大したものではないだろう。しかし、香夜ちゃん朝が弱いと聞いた記憶があるんだが、2人も毎朝起こすのか?
あれ?俺だけに負担増えてね?
まあ、可愛い妹が増えたと考えればいいだろう。実妹より、他所の可愛い後輩。
せっかく初日なので何か凝ったものを作りたいと考えたところだが、俺にそんな甲斐性があるはずもなかったので、手作りでハンバーグを作ることにした。普通に買うより安上がりな上それなりになれば市販のより美味く作れるぜ。俺のが市販より美味いとは言ってない。
喜んでもらえるといいな。
(誰かに美味しいってもらえるように作りなさいよ)
美沙輝にそんなことを言われてたな。そうだよな。食べるんなら美味しいものを食べたいよな。食べられればいい=それなりに美味しい味であるということだ。なんつーか、俺にはそこに対しての気遣いが希薄なのかもしれない。
香夜ちゃんがいることでそれが改善するといいのだが。
タネをこねて、焼いて、野菜を切って添えて。簡易的ではあるが、香夜ちゃんの歓迎会としよう。
さすがに、ご飯の時まで缶詰させては可哀想なので食卓へ呼ぶことにした。俺が作った料理を食べてもらって、美味しい、って言ってもらえることに俺はささやかながらに幸福を感じた。
さて、明日は学校だ。その前にちゃんと恵の宿題を終わらせないとな。
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ジリリリリリ
目覚ましが鳴ったので、止めて体を起こした。きっと俺が起きなければ誰も起きなさそうだしな。ま、先に起こして起きなかったら朝食作ってまた起こしに行くか。俺はオカンか。オカンに起こしてもらった記憶なんてさらっさらないけどな。
基本的に俺は夜更かしはせず、次の日のことを事前に準備してから寝るタイプなのでバタバタするようなことはない。そして、恵のも一緒にチェックしてから寝る。これで、まだ終わってない宿題があったとか言われてももう知らん。ちーちゃんに手伝ってもらえ。
「2人とも朝だぞ。ご飯作っとくから。30分経って来なかったら無理矢理起こすから」
カーテンから朝日が差し込んでいる。だから、部屋は仄かに明るい。俺は明暗に敏感なのかそれで起きてしまうのだが、大半の人はそれは例外であるようだ。習慣というのは怖いものである。無理に人に押し付けるものではないね。いつまでも寝てていいとかいう裏返しにはならないけどな。
先に顔だけ洗って、朝食の準備をする。
……初日から面倒になってきたな。パン適当に焼いて、適当にマーガリンとかジャム並べてセルフサービスにするか?絶対足りないだろうど。
インスタントのコーンスープでも置いておこう。これならお湯さすだけで終わるし。
自分の食事だけ済ませ、夜に回しておいた洗濯物を干しにかかる。これを干したらついでに起こしに行くか。
そう思った矢先に1人、先に起きてきた姿があった。
「おはようございます、先輩」
まだ眠たそうな眼だったが、必死に目をこすりながら香夜ちゃんが降りてきた。
「おはよ、香夜ちゃん。寝れたか?」
「まあ……7時間ぐらいは」
「もう少し遅くなると思ってたんだけどな」
「一応、目覚ましを起きて間に合う15分前にセットするんです。いつもはそれで起きてます」
「香夜ちゃん。朝走ってるとか言ってなかったか?」
「週四日です。月曜の週初めぐらい休ませてください」
「いや、まあいいんだけどね。その時はどれぐらいに起きるんだ?」
「大体6時前です」
「それで朝ごはんは食べられるのか?」
「ご飯は前日に炊いてますし、味噌汁とインスントの何かをおかずにするのならば大した時間はかかりませんから」
「まあ、うちも大して変わらないけど」
「逆にその方がいいです。落ち着きますから」
「出来てるから先に食べちゃってて。恵起こしてくるから」
「む〜先輩。寝起きの少女を見て何も言わないんですか?」
「ん?顔は洗っときなよ」
「いや……もういいです。少しはときめいてくれるかと思ったのに」
「女の子の寝ぼけ顔なんて恵で見飽きてるし」
「先輩はもう少しデリカシーというものを持つべきです。実妹とそれ以外で考えてください」
「萌えた。今更可愛いと言うのも遅いなという感じで可愛いから今評価しようが、それが揺るぎない事実だ」
「……ポンポンとよく出てきますね」
「褒めてほしいのなら、甘やかしてほしいのならいくらでもするし、俺はやぶさかでもないが、別に香夜ちゃんはいつもいつもそうしてほしいわけでもないだろ?」
「いつもいつもそうしてたら私が疲れますから。ごちそうさまです。早く起こさないと間に合いませんよ」
「そだな。食器は冷やかしておいてくれればいいよ。あいつは最悪朝飯抜きだ」
「ちゃんと食べさせてあげましょうよ」
「だから間に合う時間に起こしてるんだぞ。じゃ、香夜ちゃんも早く支度しなよ」
「ふわぁ。今日学校なんですよね……面倒ですね」
「優等生がそんなこと言わない」
「別に私は優等生でなくてもいいんです」
「……少なくとも、俺の家にいる間は優等生を演じておいたほうがいいぞ。後々のためにな」
「優等生を演じるのも疲れたんですけどね……。アリサちゃんはあんなんなので相対的に私が優等生キャラとして通ってるのです」
「うちのクラスにおける俺じゃなくて美沙輝が優等生になってるという話だな」
「美沙輝さんは優等生じゃないですか。先輩と違って」
「ま、それでいいんだけどな」
「そうですね。でも、優等生が多いことに越したことはないと先生も思ってるんじゃないですか?」
「俺みたいな毒もいるとちょうどよくバランスが取れんだよ」
「例え、道化と呼ばれようともですか?」
「…………ああ」
「それが先輩の生き方というなら私は否定しないです。ですが……」
香夜ちゃんは一度区切って、席を立つ。
「演じるのならば、最後まで演じきらないと、自分が辛いだけですよ。……先輩はもっと誰かを頼るべきなんです。だから……だから、私がそうなれるように、先輩が弱さを見せてくれるようになるように、なりますから」
弱さ……か。
確かに、全てをさらけ出して、道化と言われようとも、誰かが楽しむために自分が犠牲になることは厭わない。
それが俺だ。
でも、そこに誰かに甘えようという気はさらさらなかった。
でも、弱さを見せるってどういうことだろうか。
いつか、わかる日が来て、誰かに頼る時が来るのかもしれない。
新しい同居人はその存在になろうとしてる。
俺が弱さを見せようとしなかったのは、いいお兄ちゃんでありたいのと同時に、恵にそんな負担を背負わせるべきではないと、無意識下に考えていたのかもしれない。
弱さを見せないことが強さではないんだろうか。時には、弱さを見せることは必要なんだろうか。
相手に余計な心配をかけさせまい。俺は心配してもらうほど出来た人間でもない。そう思って生きてきた。
だから、俺は演じ続ける。
すっかり夢の中に入り、眠ってる妹の顔を見て、そう考えてしまうのは、結局誰も信じきれてないことの裏返しではないか、そう考えていた。




