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太陽と海と君の笑顔

 煌めく太陽。

 輝く海。

 そこに水着少女が揃えば、そこは桃源郷だ。


「で、俺はなんで荷物番なんだ。遊ばせれくれよ」


「誰も見る人がいないから仕方ないでしょう。風で飛ばされたりでもしたらどうするんだ、という話です」


「いいよ、香夜ちゃんも遊んできて。俺に付き合うこともないだろ」


「いや、そろそろ来る子がいると思います」


 ザクザクと砂浜で足音を立てて、一人の少女が歩いてきた。

 いや、一人じゃないな。

 背中になんかいる。


「はい」


「いや、はい、じゃねえよ」


「介抱よろしく」


「恵~。生きてるか~」


「きゅ~」


 早いお疲れだよ。恵は体力なさすぎだよ。

 背中に背負われていた恵は放り出された格好である。まったく、色気もないな。


「泳いだ?」


「水に浸かってビーチバレーしてただけよ。ただここまで体力ないのは……」


「もう少し運動させるべきだな」


「ふう、仕方ない。二人で遊んできていいわよ。恵ちゃんは私が見ておくから」


「本当か⁉︎」


「1時間ぐらい経ったら交代してちょうだい。私眠いから寝かせてもらうわ」


「なんのための荷物番だ⁉︎」


「大丈夫、大丈夫。恵ちゃんは疲弊してるだけで起きてるから」


 ぺちぺち


「痛いよお兄ちゃん……」


「……まあ、とりあえずここにいてくれるだけでいいから。荷物頼んだぞ」


「あい〜」


 本当に頼んでいいのか怪しいことこの上ないのだが、いかんせん他に任せられそうな人もいないので、とりあえず交代してもらうことにした。

 連れてきた美沙輝はタオルケット被せて寝に入った。

 まあ、夜遅かったし、朝は早かったしで眠かったのはあるかもしれない。


「先輩は大丈夫ですか?」


「なんだ?香夜ちゃんがおやすみのキスでもしてくれんのか?」


「おはようならいつかやってあげるかもしれませんよ。まあ、そのいつかはいつ来るか分かりませんし、来るかどうかも分かりませんけどね」


「まあ、キスを望むのは高望みか」


「そうです。乙女の唇はそう安くはないのです」


「してくれたのに?」


「……場の雰囲気というものです」


「で、香夜ちゃん。そのパーカー着たまま海に入る気?」


「う……脱がなきゃダメですか?」


「いや、脱ぎたくないならいいんだけど、せっかく水着着てきたんなら見たいなって」


「先輩の目が邪なので嫌です」


「……まあ、男なんだから多少は許してください」


「冗談ですよ。パーカー置いてきますので、少し待っててください」


「ああ」


 どんなの着てきたんだろうか。ワンピース型かな。ビキニとか?

 香夜ちゃんなら何着ても可愛いと思うけど。

 もちろんスク水でも可です。


「お待たせしました先輩。……先輩?」


「はっ」


 一瞬意識を失いかけた。

 香夜ちゃんが来ていた水着は決して布地面積が小さいわけじゃないが、フリルをふんだんに使っていて、胸を上手に隠してる。

 胸もお尻も見えるようなものではないが、香夜ちゃんがさらけ出してる、綺麗で白い足が砂浜に映えてとても眩しいです。


「香夜ちゃん、やっぱ可愛いな」


「そ、そうですか?先輩からそう言われると照れますね。……実はちょっと不安だったんです。こうやって肌を出すことが」


「なんで?綺麗だぞ」


「遠目だとあまり目立たないですけど、自分からだとまだ少し痣が残ってるんです。……もしかしたら完全に消えることはないかもしれないです」


 以前、今が8月だからおよそ半年前。

 彼女は実の母親から暴力を受けた。

 その代償に推薦の取り消し、親の離婚、そして、その消えないかもしれない傷を体と心に両方付けられてしまった。


「見せたくないなら、パーカー着てきてもいいんだぞ?」


「いえ、見せてこその水着ですので」


「痣のこと聞かれたらどうするんだ」


「ちょっと先輩とほにょほにょ」


「やめて。俺にあらぬ疑いがかけられる」


「まあ、家の階段で滑って打ち付けたとかそんな感じでいいでしょう。目立たない程度ですし、そこまで深く詮索してくるような人はいないと思います」


「なあ、香夜ちゃん」


「はい?」


「仮定の話だけどな。香夜ちゃんがこの先好きな人が出来るとしよう。香夜ちゃんの生い立ちを聞いて、受け入れてくれる人がいるかな?」


「……難しいでしょうね。でも、もういますから。受け入れてくれた人が。支えてくれるって言ってくれた人が。例え、私がその人と結ばれなかったとしても、それでいいんです。まあ、その時はアリサちゃんの専属メイドにでもなりましょう」


「駄メイドっぽいぞ。香夜ちゃん」


「先輩は私の有能さを知らないようですね」


 散々見てきて、無能っぷりをいかんなく発揮してた気しかしないんだけど。

 学校の成績はいいけど、それ以外がありとあらゆる点において中途半端に出来てないからな、この子。

 まあ、ちょっとダメなぐらいが可愛げがあるんだけど。

 うちの妹は論外なので、甘やかしてはいけないです。


「でも、最初に感想もらえたのが先輩でよかったです。先輩が可愛いって言ってくれたなら、自信が持てます。……まあ、胸もお尻もちっちゃいですが」


「香夜ちゃんはそれが可愛いんだよ」


「先輩は胸もお尻も小さくてもいいんですか?」


「ええ〜今それ聞くの?」


「先輩の好みを知っておくのも一つかと思いまして」


「熟知してるんじゃないの?」


「じゃあ、先輩は貧乳好き、ロリコン、シスコン、脚フェチ、童顔好き、髪はストレート、清純でおとなしめで、自分に従順な子が好きってことで」


 やめて。俺の性癖暴いていかないで。すごく恥ずかしい。


「私はシスターという点以外は網羅できると思います」


「俺をいじめてくる子が従順とか詐欺もいいところだ」


「従順にいじめてますよ?先輩がいじめてほしそうだから従順にそうしてるんです」


 従順ってなんだっけ。

 もっと、こう、懐いてるとか、尽くしてくれるとか、そんなのを俺はイメージしていて、さながら犬っぽい感じかと思ってたのだけど違ったのかしら。

 いや、懐いてくれてるし、尽くしてもくれてるか。


「あとはクールビューティー?」


「香夜ちゃんポーカーフェイス装ってるけど、俺からしてみればめちゃくちゃ分かりやすくなってきたからな?」


「そうですか。それは先輩が私のことを分かってきたという証拠です」


「……口角上がってない?」


「上がってないです!」


 別に俺も香夜ちゃんがクールビューティーだと認めたわけでもないけどな。

 うん、やっぱり香夜ちゃんは可愛いです。

 ただ、もっと表情に出して笑ってもらいたいです。


「じゃ、みんなのところで遊ぼうか」


「先輩、一つお願いしていいですか?」


「ん?香夜ちゃんの頼みなら聞いてやるぞ」


「そうですか。じゃあ……」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんでこうなった。

 俺は海に入ることも叶わず、砂に埋められていた。

 いや、砂風呂ってこんなんかもなって、体感してるわけではありません。香夜ちゃんの希望を聞いたらこんなことになっただけです。

 とりあえず、砂に誰かを埋めるのやってみたいです、とか言われたもんで、お兄ちゃん文字どおり一肌脱いだけど、これじゃ動けねえよ。なんか上の方で力作作ってるっぽいから動いたら崩れるからな。俺ってば紳士ですね。


「作ってるもんは紳士淑女からかけ離れてんぞ」


「なんだって?」


「おーい、何作ってるか言ってやれ」


「え〜乙女の口から言わせないでください〜」


「作ってるやつが恥らうとかわけわかんねえな」


「仕方ないですねえ。佐原先輩見えないでしょうから、耳打ちしてあげます」


 なんなの?崩せという前フリなの?


「道祖神です」


 崩した。


「あ〜なんで立ち上がるんですか〜」


「俺の上で何やってんだ⁉︎」


「子作りの神様ですよ!佐原先輩は神様を冒涜する気ですか⁉︎」


「1番冒涜してるのは君だ!」


「佐原先輩。道祖神ってひと口に言っても色々形あるんですよ?まあ、佐原先輩が何を想像されたかは置いておくとして」


 待てや、この金髪ロリ。一部除く。


「仕方ないですね。漫画とかだとギャグみたいな感じにしてしまうので、道祖神と言われればそちらを想像してしまうのは佐原先輩が悪いわけではありません」


「なんで今日そんな下ネタに絶好調なんだ?」


「一応ですね、私もAクラスなわけですよ」


「それもトップな」


「言わないでくださいよ〜照れるじゃないですか〜」


 ここで言ったのは、そのトップが何アホなことやってんだという皮肉だったが、こういう反応されては対処に困るからいけない。


「まあ、私の家がアレということもあり、見た目は思いっきり外国人なんで敬遠しちゃうんですね、みんな」


「まあ、仕方ない部分はあるかな」


「ですので、Aクラスのトップでも外国人の見た目でもこんなギャグセンスを持ち合わせてるということを示すためにですね」


「小学生男子かねアリサちゃん」


 そのギャグに下ネタレベルの道祖神を持ち出すな。


「女子に対する接し方が小学生男子の佐原先輩に言われたくないですぅ〜」


「だーもう。アリサちゃんに構ってるぐらいなら香夜ちゃんに構ってくる」


「無理だと思いますよ」


「なんだって?」


 天文部の三人娘が寄ってたかって香夜ちゃんの取り合いをしていた。

 あの子らは香夜ちゃんを人形かなんかのように見ているのではないだろうか。可愛いけども。


「アリサちゃんは行かなくていいのか?」


「私は後からでも独り占めできますので。いつも独り占めしてる先輩と違いますけど〜」


「なんだ?ヤキモチか?」


「香夜ちゃん人気ですし〜。だから、私は先輩で我慢します」


 なんで俺が妥協案みたいな感じで扱われてんだ。

 若干ながらに不服だったが、比較対象が香夜ちゃんじゃ仕方ないと納得することにした。

 まったく、ここにイケメンがいるのにどうしたものやら。


「自意識過剰なところが過敏に乙女は感じてるのです。残念ながら先輩はハーレムは作れませんね」


「いいよハーレムなんて作らなくて。俺の首が回らなくなる」


「捻じ切れてそうですね」


 本当にそんな状態であったら恐怖映像を超えるぞ。誰かに断罪でもされたのか。


「そういや、人少ないような……」


「矢作さんと三年生の方は釣りをしてるみたいです。釣果によってはお魚が夜ご飯に加わるかもですね」


「なんかこう……俺たちは無人島でも流れ着いたのか?」


「まあ、半分プライベートビーチ的なところもありますので間違えではないですよ。手入れする人がいませんが」


「いつ頃建てたんだここ」


「三年前ぐらいですかね。あちらこちらに建ててるから私も把握しきってないぐらいです。まあ、建てては壊してるんですけど。まったく、資材の無駄遣いもいいところです」


「金持ちってこええな」


「まあ、私も今でこそ自由ですがそれまでにはそれなりに苦難、困難乗り越えてきたのですよ」


「長くなりそうだからまた今度聞いてやるよ」


「今聞かずにいつ聞くんですか⁉︎」


「ここはキャッキャウフフを楽しむところだぜ。まあ、夜に誰にも捕まらなかったら聞いてやろう」


「上から目線がものすごく腹たちます」


「腹……?」


「なんで私のお腹に目を落とすんですか⁉︎脂肪はついてません!ついてませんからー‼︎」


「ほどよくくびれてる」


「私のナイスバディに見惚れましたか?他の子たちにはない男の子にとっても女の子にとっても憧れのものを私は有してるのです!」


「えい」


 ふにふに


「くべら!」


「誰が触っていいなんて言いましたか!」


「主張してると思いました」


「ぬふふ。香夜ちゃんに恵ちゃんにもありませんからね。物珍しいでしょうねえ。私と付き合うのであればチャンスはあるかもですよ」


「おっぱい揉みたさに付き合うのはどうかな……」


「まあ、先輩はおっぱい魔人ではないので、ただ主張してると目線があるわけですよ」


「割り切るしかないだろ」


「半分ぐらい香夜ちゃんに分けてあげられたらと思うんですが……」


「なら今すぐにでもその胸の脂肪を私に寄越すといいですぅ」


「「へ?」」


 のそりと、まるで何かに飢えた獣のように這ってきた。

 多分疲弊して解放されたはいいが、起き上がる力がなかったのだろう。


「ほら、そんな体勢だと変に砂がついちゃうぞ」


「遅いです……口の中に入りました」


 這ってくるからじゃないでしょうか。


「じゃあ、海入ろう!香夜ちゃん向こうの岩まで競争だよ!」


「体力消耗した相手に勝負しかけんなや」


「じゃあ先輩勝負です!」


「ほう。陸上の亀と謳われた俺の運動センスをなめてるな?」


「そりゃなめるでしょう。遅すぎですから」


「水中の皇帝ペンギンと謳われた俺の運動センスをなめてるな」


「すごいのかそうでもないのかよくわからないね」


「水中だからそこそこいいんじゃないかな」


「まあ、誰も言ってないと思うけどね」


「先輩の勝手な自称ですから」


 ボロクソだった。くそ、俺だって運動神経はいいんだからな。今からその証拠を見せつけてやる。


「勝負、というからには勝った方には何か褒美が欲しいな」


「ほう、先輩は何を望む気ですか」


「アリサちゃんのおっぱいを5秒間揉む」


「…………」


「…………」


 白けた視線がとても痛いです。すいませんでした。


「すまん、冗談がすぎた。変えよう」


「いいですよ。負けなければいいですから。じゃあ、私からもそうですね……私が勝ったら先輩の部屋にある秘蔵本を全て恵ちゃんから持って来てもらいます」


「中途半端に嫌な罰ゲームだな⁉︎」


 しかも俺自身ではなく恵に持って来させるあたり。

 あいつ、多分一にも二にもなく承諾するぞ。


「釣り合いは取らないとですから。乙女の胸を軽く見てるお年頃のお兄さんに制裁を加えるのです!」


「じゃあ審判は私がやりますね。境界が分かりにくいのでスタートは私が引いた線。ゴールは私の手にタッチしてください」


「俺がゴール出来ないようにタッチさせないとかはしないよな?」


「してもいいなら」


「しないで⁉︎」


「どうせ私のおっぱいでは魅力はないですよ……」


 不貞腐れていた。

 結局気にしてたのな。


「あと、先輩はハンデで五歩分後ろからスタートです」


「贔屓が過ぎませんか?」


「アリサちゃんの純情が弄ばれるよりはいいかと」


「聞いたことあるか?」


「何をですか?」


「好きな人に揉んでもらうと大きくなるらしいぞ」


「……たぶん、興奮することによって女性ホルモンの分泌が大きくなって、その結果だとかそんなような感じのものだと思います。……その過程がないはずのアリサちゃんはなんで大きいんでしょうね」


 言葉尻が震えてるところを聞いてると、怒ってらっしゃいますね。

 もうこれ以上触れることはやめておこう。

 香夜ちゃんは俺たちから離れて、砂浜に線を引いた。

 五歩分は香夜ちゃんが歩いて五歩分のようだ……。

 ザクザクともっと離れていた。


「五歩分って言っただろ!」


「え?先輩ここまで五歩で行けますよね?」


 さも当然かのようにしれっと言わないで欲しい。どれだけ俺は大巨人やねん。10メートルぐらい離れてんぞ。

 しかも、アリサちゃんもかなり足が速かった気がするんだが。


「参考までに聞いておくがアリサちゃん、50m何秒だ?」


「私ですか?6秒6です」


「速いな⁉︎」


「先輩は?」


「……6秒5」


「来年には抜かしてやりますよ」


「もっと食わせて太らせておくか」


「なんか乙女に対して1番ひどい仕打ちを考えてます。この先輩」


 この参考記録がどこまで影響するかわからない。砂浜だからそのスピードで走れるとも限らないしな。


「ついでに香夜ちゃんの記録知ってるか?」


「香夜ちゃんですか?6秒切ってますよ」


「どこのスプリンターですか?」


 そりゃ、あの時追いつかないわけだよ。

 足が速いって言ってたのは伊達じゃなかったのか。

 しかも、4月当初だから万全の状態でもなかったろうに。


「いや、治った時に測り直したんです。確か体力測定は7秒そこらだったんで。私が測ったんで間違いないです」


「途中からでも陸上部に行ってもよかったんじゃないかな……」


「香夜ちゃんは、それでもみんなと……佐原先輩といることを選んだんですよ」


「せんぱーい。こっちに来てください!先輩のスタート位置はここからです!」


「おー。んじゃ、正々堂々やりましょうか」


「どんな手を使っても勝たなきゃ……」


 おい、こら。正々堂々言うとるやろ。

 まあ、俺の邪な勝った時のご褒美をやられるぐらいなら勝たなきゃだしな。

 しかし、俺の秘蔵本は別に処分されようがあまりダメージはない。

 ないが、恵に持って行かれるという羞恥心が耐え難い。

 そもそもの話、最初からハンデがついてるしな。この時点で俺めっちゃ不利だろ。


「じゃあ、私が手を下ろしたらスタートです」


 香夜ちゃんは手を下ろしていた。


「何をしてるんです?もう始まってますよ」


「せめて予備動作をよこせ!」


 出だしで遅れをとってしまった。

 いや、まあ確かに言ってることを間違ってないけど。最初から下ろしっぱなしでそれでスタートってなんやねん。

 おかげで香夜ちゃんへの言葉遣いが荒くなってしまった。

 すでにアリサちゃんは海へと飛び込んでいる。

 少し遅れて俺も海へと飛び込んだ。

 あの子は胸に浮き袋持っててなんであんなに泳ぐの速いの?抵抗というものを無視してない?

 特典は抜きとして、勝負事で、それもほぼ身体能力の体力勝負で女の子に負けることは、男子として面目が立たない。

 正直、泳ぐのも水泳でしかやったことないが、海であっても大して変わりはしないだろう。

 いや、大分違った。波が辛い。思ったよりスピード出ない。なんか沖に行くほど顕著な気がする。

 アリサちゃんもそうなのか、少し前方にいた。先程よりスピードが落ちてるのか。

 いや、止まってる?というか、溺れてないか?


「アリサちゃん⁉︎」


「わ、ぷ。せ、先輩……」


「とりあえず俺に捕まって。力抜いて」


 足を攣ったのか、アリサちゃんは俺に体当たりするようにのしかかった。


「大丈夫か?動けそう?」


「い、痛いです……」


「ちょっと、距離あるな……ここじゃ安静も出来そうにないし。アリサちゃん、ちょっと我慢してな。俺の腕に捕まって。出来るだけ力抜いて」


「はい……」


 レースを中断し、アリサちゃんの救助へと切り替えた。

 痛みが持続してるのか、俺の腕を掴む力が中々弱くならなかったが、なんとか浜辺へとたどり着いた。


「先輩!アリサちゃん!」


「はあ……はあ……香夜ちゃん、アリサちゃん見てやってくれ。足攣っちゃったみたいだから」


「大丈夫?」


「まだ痛い……」


「先輩。とりあえず水分持ってきてください。アリサちゃんは私がマッサージするからうつ伏せになって。大丈夫。私、陸上部だったんだから、攣った時の対処なら任せて」


 いつもと違って香夜ちゃんが頼もしく見えた。

 俺は休憩していた恵に適当なスポーツドリンクを受け取り、次戻った時に交代することを告げてきた。


「香夜ちゃん。スポーツドリンクでいいか?」


「はい。足が攣るってことは筋肉が痙攣してるんです。とりあえず痛みが治まるまでマッサージをしておけば大丈夫です。まあ、原因というか起こるメカニズムとかはよく分かってないんですけどね。特に準備運動もせずに全力で泳いだ結果でしょう」


「あ、楽になってきた」


「もう……」


「あと、もう少しやってくれると嬉しいな。香夜ちゃんのマッサージ気持ちいい」


「あとちょっとだけだよ。あと水分取っておきなさい」


「海水飲んだから大丈夫」


「そんなので水分補給した気になってるな。原因の一つに水分不足も言われてるんだから。それに、こんな炎天下で水分を取らないのは危ないよ」


「香夜ちゃんが飲んだ後飲む」


「……先輩。これ、誰のですか?」


「恵から適当に受け取ったから知らん。言われたらあとで返せばいいさ。緊急事態だったんだし」


「……まあ、いいです。私も喉渇いてましたし、少しもらいます。……はい、アリサちゃん」


「ゴクゴク」


 何のためらいもなく豪快に飲み始めた。やっぱり喉渇いてたじゃないか。

 そして、そのまま全部飲み干した。まったく、誰のかわからないんだから少しは遠慮しなさい。


「快復!」


「してるとは限りないから日陰で休んでなさい。先輩、連れてってあげてください。私じゃ連れていけないので」


「ほら、行くぞ」


「あ、痛いです!また攣ります!」


「次は俺がマッサージしてやる」


「そんな〜香夜ちゃんヘルプミー」


「なんで助けてやったのに俺が襲うみたいな扱いにされてんだ⁉︎」


「ちゃんと安静にしておくんだよ。私はめぐちゃんと遊びます」


 見送っていた香夜ちゃんは呆れて笑っていたのか、その顔はいつもより明るく笑っているように俺には見えた。

 恵と遊んでたらもっと笑ってくれるかな。

 とりあえず恵をけしかけて、多分1時間以上経ったので寝ていた美沙輝を起こしてやった。


「ふあ〜。なに?もういいの?」


「このお嬢様が脚をお攣りになられたので見張り役になりました」


「ちゃんと準備運動しないからよ。気をつけてね。じゃあ、私もひと泳ぎして体起こそうかな」


 まあ、言うほど彼女は運動得意ではないですがね。せっかく海に来たのだから泳いで、はしゃいでもいいだろう。

 隣には頬を膨らませてる子もいらっしゃいますが。


「結局、勝負はどうなるんですか。私の負けでいいですよ」


「いや、不可抗力だからノーカンでいいよ」


「今二人きりですから5秒ぐらいならいいですよ」


「マジで⁉︎」


「ただ、どこで誰が見てるかは私は知らないですけどね」


「俺はためらわん。それで死ねるなら本望だ」


「欲望しか垂れ流されてないですよ」


「じゃあ、ちょっと失礼」


「は、はい……」


 アリサちゃんの体は小さいので、俺のガタイでも十分隠れてしまうほどだ。

 みんなは海の方にいる。

 だから俺が海側に背を向けて、アリサちゃんを隠してしまえば、向こうからはわからない。

 ギリギリまで手を伸ばした。

 でも、その小さな体はやはり震えていた。

 俺は手の軌道を変え、頭を撫でた。


「佐原、先輩?」


「本当は嫌だったんだろ?」


「嫌……ではなくて怖かったんです。気づいた時には私は大きくなってて、やっぱり視線はありました。そういう時が来るんだろうって。でも、やっぱり怖くて……」


「無理するんじゃないよ。まあ、欲望のままに行った俺も俺だけど。嫌なことは誰だってされたら嫌だもんな。でも、それは武器でもある。本当にされてもいいっていうタイミングとその相手が出てくるまでは大事にしとけよ」


「ありがとうございます佐原先輩。本当なら佐原先輩ならよかったかもですけど……」


「なら本当に揉むぞ?揉みしだくぞ」


「す、すいません。やめてください」


「香夜ちゃんはないからな……」


「なくてすいませんでしたね」


「え?」


 空になっていたスポーツドリンクを持ってきていた。

 そういや、アリサちゃんが飲み干していたの忘れていたな。

 そして、それで頭をポカポカ叩かれました。

 中身なくてよかったです。あったら、鈍器に生まれ変わります。


「……砂詰めとけばよかったですね」


「香夜ちゃん、殺人犯になる気?」


「アリサちゃん。ここプライベートビーチだったよね。普段人は来ない」


「うん」


「じゃあ大丈夫ですね」


 大丈夫じゃない。行方不明のまま俺の体どこにあるかわからない状態になる。


「むー。やっぱり胸がある方が好きなんですね」


「待って。その言い方は語弊がある」


「どうあるって言うんですか」


「香夜ちゃんは大きくなりたい。でも、アリサちゃん見てみろ。アリサちゃんだって苦労してるんだぞ」


「全員平等に振り分ければ喧嘩は生まれないし、差別は生まれないと思うんです」


「いや、香夜ちゃん。まだ一年生なんだからまだ成長期来るかもだし」


「じゃあ、先輩のその言葉を信じて、先輩が卒業するときまで待ってみようと思います。アリサちゃん。足は大丈夫?」


「うん」


「じゃあ遊びに行こっか。この先輩といたら何されるか分かったもんじゃないから」


 俺に捨てゼリフを置いて、二人の小さな少女は砂浜へと駆けて行った。

 まあ、こうなるよな。俺が一人で荷物番してるのが、誰も損しない優しい世界だ。

 俺が損してるかもしれないが、それはまあ2の次ってことでいいだろう。

 向こうで笑ってる子たちを見ていられるだけできっと俺が1番役得なのかもしれないんだから。








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