幽霊屋敷(4)
「どうかしら?」
「まあ、食える味だろ。明日になったらもっとうめえからな。期待しろよ」
「あんたの期待とか……」
「そこはもっとしてくれよ!俺から料理の腕とったら機械いじりしかなくなるぞ!」
仕事をしていく分には十分な能力だと思う。
ともかくとして、土手煮が完成した。
現段階でも十分美味しそうな匂いがし、味見もしてみたところ上等な代物だったが、これよりよくなるのか。カレーみたいなもんだな。熟成させるほどうまい。
ただ、一つ不安だったのかメインが内臓系の肉なので苦手な子がいるんじゃないかって思ったけど杞憂に終わった。
おかわりが出そうだったが、天王洲先輩によりこの後の活動に支障をきたす可能性があるから止めておこうとのことだった。
そうか、天体観測があったな。俺たちが参加しなくてもいいのだが、せっかくだからということで誘いを受けた。
「よし、みんな集まったかな?ここらで一つ遊びを入れていこう」
「十二分に遊んでただろお前……」
「うるさい黙れ。私のいうことに従え。ここでは私がルールだ」
暴君が生まれていた。天王洲先輩にこんな口が聞けるのは3年の先輩方しかいません。俺たちの同好会は2年生が最高学年です。
「ま、簡単な肝だめしだ。危ないから男女ペアで行こう。ただ、女子のほうが人数が多いからラッキーボーイが二人出るな。まあ、私が男子側に混ざってもいいが……公平性に欠けるので女子側に入ろう」
何の公平性だろうか。天王洲先輩がこっちに来てくれればそれこそ公平性は保たれると思うのだが。
「簡単なくじを作ってきた。男子は1~6。女子は1~8だ。女子の7,8の番号は1,2のグループに入ってくれ」
天王洲先輩が入れば7:7でちょうどよかったのに。
天王洲も何か思ったのか、くじを見て、8の番号を書き換えていた。
「何度も変えてすまんが、やはり7:7にしよう。私は7番だ。女子の方で7番を引いた子が私とペアだ。案ずるな。何もしない」
最後に余計なことを言うから、信ぴょう性に欠けるのではないのでしょうか。
まあこういうのは狙ったところでどうしようもない。なるようになるだけだ。
「3番か……」
なんともまあ中途半端な番号だな。誰とペアとなるだろうか。俺としては恵以外なら誰でもオーケーです。
なんでここまで来て恵とペアで歩かないとならないんだ。
「くじの番号はそのまま出発の順番だ。場所は天体観測を行う場所だ。着いた人から天体観測を始めてていいぞ。一本道だけど、日中に私が色々仕掛けをしておいたからぜひともトラップにかかっていただけると私的に美味しい」
そりゃかかってこそのトラップだしな。でも、早い順番の人はかかるかもしれんが、先にかかった人がいては、後ろの人トラップかからないんじゃね?
「いつ、どこに何がトラップがあるか分からないからな。何分、私もどれだけ仕掛けたか忘れた。どこに仕掛けたかも忘れたから、もしかしたらルート外のところから思いもよらず来たりするかもな」
せめてルート上だけにしておこうよ。誰得なんだ?あ、先輩か。
しかし、仕掛けた張本人が1番後ろだし、天王洲先輩と組む人何も怖くなさそうだな。
別の意味で怖そうだけど。直接的にいたずらしそうだし。
「む、少年。そんなに訝しむものでもない。言ったではないか。何もしない、と」
すでに事後ですけどね。
「はい。みんなくじ引き終わったね。こいつとだけは絶対ヤダとかは相手が可哀想だからやめてあげような。特に宮咲女史」
「なんで私なんですか⁉︎」
「いや、特定の人と組むとそんなこと言いそうだと思っただけだ。当たらなければいいな」
俺か山岸だろうな、と思いつつ、俺はペアの子を探すことにした。
3番……3番……と。
次々とペアが見つかってく中、一人まだオロオロしている子がいた。
「香夜ちゃん。何番だったんだ?」
「あ、先輩。3番です」
「香夜ちゃんがペアか。幸先いいな」
「私は絶望してます」
「酷いな」
「醜態を晒すことになります」
「こういうのは女の子が男を頼っていいもんだぞ」
「あまり露骨なのはどうかと……」
「計算してるかどうかは判断つくだろう」
「それこそ、男1、女2の比率で男1の先輩を放置していくパターンが1番よかったのですけど」
「俺の役割って何?」
「先遣隊です」
先に行くのに放置かよ。あ、先に行かせてトラップに引っかかったところを素通りしていくってことね。
鬼畜以外のなんでもないな。香夜ちゃんの俺いじめに拍車がかかってます。
「まー、さすがの先輩も本気で腰を抜かすようなものやらないだろ。あわよくばくっ付けてもいいや的なアレだろ」
「私と先輩では意味のない企画ですね」
「そーさな」
「そこのバカップル。あとつっかえるから早く出発」
「五分おきだったか?」
「バカップルで反論しないのね」
「そら、香夜ちゃんとは仲良しこよしだもんな」
「美沙輝さん。犯罪臭がするので、五分と言わず2分後ぐらいにスタートでも私は全く、全然構わないですので。追いついてくれるならそれでいいですので」
「こらこら。ちゃんとルールぐらい守ってくれないか?少年だって、そこまで言われると泣き始めるぞ」
「あ、すいません先輩」
いいもんね。こんなの慣れっこだい。
「しかし、偶然もあるもんだな」
「いいえ。必然です」
「どうして?」
「誰かが先輩が3番を引くのを見てたそうです。実際、私が引いたのは7番でした。そして、なぜか取り替えられてました」
7番っていうと、天王洲先輩か。
後ろの方で手を振ってるアホの妹がいた。
お前かよ。
まあ、別に取り替えちゃいけないなんてルールは一言も言ってないしな。
「3番以降ルール追加だ。手をつないでいきなさい」
「……とりあえず行こうか、香夜ちゃん」
「はい、先輩」
心なしか少し顔が嬉しそうに見えたことは俺からは言うまい。
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「ほ、本当に何か罠が仕掛けてあるんですか?」
「まあ、怪我するようなもんはないと思うけど……落とし穴とか」
「先輩は幽霊とか大丈夫なんですか?」
「どこかで誰かが言ったんだ」
「?」
「見えない何かより生きてる人間のが怖いってな」
「まあ、一理ある話ですね」
それでも、香夜ちゃんは暗い道を懐中電灯一本で歩いて行くのは怖いのか俺の方に体を寄せているが。
こんなに怖がりで夜とかどうしてんだろ。
「香夜ちゃん一人で寝られるのか?」
「伊達に4ヶ月一人暮らししてきてないです。まあ、大半先輩の家にいたとはいえ、ちゃんと一人でも、誰もいなくても寝られます。というか、その聞き方だと何か語弊を招くんですけど」
「いや、暗いところが怖いってんなら寝るときどうしてんのかなって。さすがに電気つけたまま寝れないだろうし」
「まあ、私の部屋マンガぐらいしかないですからね。それは先輩も見たとおり知ってると思います。でも、自分の家ですよ?今まで何か出たのならともかく、今更怖がることは何もないです」
「まあ、香夜ちゃんが平気ならいいんだけどっ!」
「どうかしましたか?先輩」
「いや……」
なんか頭頂部を何かが通り過ぎていったような気がしたが。
「香夜ちゃん、俺の頭ハゲてない?」
「反射しないのでまだ大丈夫でしょう」
まだって何?将来はハゲてもおかしくないって?
「今のところは何もないですね」
「いや、俺の頭上を何か通りすぎたんだが」
「私に何もなければいいです。先輩は盾になってください」
「肝試しなんだから盾も何もあったもんではないと思うけど」
ぎゃああああ‼︎
ひいいいぃぃ‼︎
「なんか聞こえね?」
「前の方ですね。なるほど、最初の方に何もないと油断させておいて最後の方で畳み掛けるということですか」
「そういう仕掛けって一回こっきりな気もするが」
「踏んだら出てきて、離したら元の位置に戻るとかそんなのでしょう」
「しかし、さすがに山の中とあって電気がないな。香夜ちゃん、はぐれないようにちゃんと近くにいなよ」
「は、はい」
「まあ、目的地は電灯ぐらいありそうだけどな」
なんか明るいし。あそこだけ電気を通してるのか?なら、この辺りも電灯の一つぐらい置いとけよ。適当な管理だなこれ。
ペキッ
「キャッ!」
「小枝踏んだだけだよ。大丈夫大じょう……」
ビュン
なんか、俺の目の前を通りすぎていった。
「は、はは。随分と直接的なトラップだな」
何が通り過ぎていったのかは分からない。しかしあからさまに俺を狙ってるようにしか見えないのはなぜだ?
女の子ターゲットにしようよ。役得なのこういうのぐらいじゃん。
ポゥ
「ん?」
「な、なんですか?」
「いや、なんか前に光る玉が」
「ひ、人魂ってやつですか?」
「いや、単に炎色反応を起こす塗料でも塗って燃やしてるだけだろ。あ、消えた」
「燃料が切れたんでしょうか?」
「ま、そんなとこだろ。気にしててもしょうがないし、早く天体観測しようぜ」
「はい……」
まだ香夜ちゃんはおそるおそるといった足取りだったが、俺たちはゴールに向かって歩き始めた。
「そういや、香夜ちゃんは海行ったか?」
「海ですか?いえ、私は個室に」
「行けばよかったじゃねえか。恵とかアリサちゃんは行ってただろ」
「はい……でも、水着を最初に見せるのは先輩がよかったので、先輩が行かないのに私は行きたくなかったので」
「恵たちには見せてないのか?」
「試着したのは見せましたけど……最終的に選んだのは見せてないので」
「そっかー。楽しみだな香夜ちゃんの水着姿」
「あの……そちらのコンテスト用の料理は大丈夫なんですか?」
「こういうのはこだわるよりよりシンプルに行った方が目を引くと思ったんだ」
「はあ……。それで料理は何を作るんですか?」
「美沙輝特性味噌汁」
「お題も聞いてないし、私たちが作るわけでもないのでとやかく言うことはないんですが、それでいいんですか?」
「あいつの味噌汁は自分ちのオカンより美味いって評判だぞ」
「全国のお母さんが形無しですよ」
「俺よりは美味い」
「先輩と美沙輝先輩では雲泥の差です」
「ですよね」
「でも、先輩のが不味いと言ってるわけではないので……先輩……あれ……」
香夜ちゃんと話していたので香夜ちゃんのほうを向きながら歩いていたが、香夜ちゃんは暗がりでもわかるほど顔面が蒼白していた。
その指した方向を見ると、垂れ下がった枝からなんかいた。
なんかって?
形状しがたい何かかな。おそらく死体を模したものだろう。こんなんが急に出てきたらそら悲鳴あげますわ。
「大丈夫だって、香夜ちゃん。作りもん作りもん」
「う、動かないですよね」
「動いてたら俺がなんかされてゾンビ化フラグが立つと思う」
「せ、先輩。なるべくこれから離れましょう」
「いやな?そうしたいのは山々なんだが、ここは一本道の上道幅が狭い。そして、対面には」
懐中電灯で照らすともう1匹出てきた。バイオハザードでも起きたんですかね?ここ。
ただ、刺激が強すぎたのか香夜ちゃんは白目をむいて倒れてしまった。
可愛い顔が台無しだぞ。テレビだったら放映できないぜ。テレビだったらデフォルメしてくれるかな。
「よっこらせと」
そこで倒れたままの香夜ちゃんを放置しておくわけにもいかないので背負っていくことにした。
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「全員揃ったかな。いや、すまんな。最後のだけやりすぎた。改めて自分でも見てみたが、正直自分でもドン引きするレベルだった」
何人か泣いてる子いるし。本人もそこまでするつもりはなかったのだろう。
「ふええ。お兄ちゃ〜ん」
「よしよし。あれはもう撤去したから大丈夫だぞ。帰りはないから」
恵も天王洲先輩と一緒にいたが、さすがにあんなんが目の前に現れてはそれも意味をなさなかったらしく、到着してすぐに俺に泣きついてきた。
普通に怖いわな、あれ。
人体模型を悪化させたようなもんを暗がりで見せたようなもんだ。
香夜ちゃんは10分ほどで復活しました。
「あ、天王洲先輩」
「なんだい?苦情ならあとでいくらでも受け付けるから、私にも休ませてくれ。私も心が痛い」
「いや、別にそこをえぐりたいわけでもないんで。ちょっと聞きたいのが」
みんな最後のあればっかりの話なので他のところの話をしてないのだ。
「いくつか物理的な恐怖があったんですけど」
「まあ、踏まなければ何も作動しないが踏むと先の尖った紙飛行機が一直線に飛んでいく仕掛けだ。刺さると痛いぞ。高さは170cm程度に設定しておいた。背が1番高いのは私を除けば恵ちゃんで162cmだからな。女子に当たることはない」
じゃあ、俺の頭頂部をかすめていったのは高さの設定ミスかい。俺の身長は172cmだけど。
「あと、なんか火の玉があったんですけど、あれはどうやって動かしてたんですか?」
「火の玉?」
「ええ。青白い感じの光でフワフワ浮いてたんですけど。まあ、すぐに消えたんですが」
「待て少年。私はそんなの用意してないぞ」
「え?でも、香夜ちゃんも見たよな」
「は、はい」
「……一応、千種君にお祓いしておいてもらうか」
「そうですね……」
なんか危ないものを見たかもしれないということで、天体観測ではなくお祓いが始まってしまった。
肝試しという観点では成功だったかもしれないが、天王洲先輩の視点から言えば失敗だったと思う。
そんな中アリサちゃんだけ飄々としていたが、理由として
「霊より強いエクソシストがいましたから」
アリサちゃんのペアは千種だったようで、何が出てもとりあえずは大丈夫とのことでした。別に千種もエクソシストじゃねえけど。
この子、怖いもの知らずか。
「まあ、私は事前に見てたので。さすがに人の敷地内に勝手に置いていくわけにもいかないということで、天王洲先輩から」
意外にそういうところはちゃんとしてるのな。
しかし、これだけのものをどこに詰め込んでいたのかとか聞くのは野暮なことなのだろう。
この合宿を何より楽しみにしていたのは何よりも天王洲先輩だったのかもしれない。
「さて、私の悪ふざけで申し訳ないことをしたが、天体観測を始めよう。……まあ、私については触れないでくれたまえ……」
「お兄ちゃん。天王洲先輩可哀想だから行ってくるね。香夜ちゃんのことよろしく」
お前によろしくされるような立場でもないと思うんだが香夜ちゃんは。まあ、その辺りは言葉の綾か。
「じゃあ、俺たちも適当なところにお邪魔して見させてもらうか。矢作のあたりなら……」
矢作のところだけ盛況だった。人が集まってる。
なんだかんだ、あいつも慕われてんのな。1番真面目にやってんだろうし。
「ちょっと無理そうですね」
「まあ、他の空いてるやつ使おうぜ。調整ぐらいなら覚えたから俺でもできると思う」
「そうなんですか。じゃあ、お願いします」
各々望遠鏡を覗いたり、空を見上げたり、夜風に吹かれたり、自分たちの時間を過ごした。
まだ、俺たちは実は何も成し終えてないのだが、それはまた明日ということで。




