幽霊屋敷
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんなんだ?この重苦しい空気は。
運転席の先輩方は相も変わらず死んでるかのような目で明後日の方向を見つめてるようにも見える。
俺、明日死んでるかも。恵、こんなところで死んじゃったらゴメンな。
現在、合宿地へと向かっている途中。男と女に分けられて、車へと乗り込んでいた。
公共交通機関使ってもいいのではないかと思ったが、場所を提供してくれたアリサちゃんいわく、電車もバスも走ってないような場所らしいので致し方ない。
前の天王洲先輩が運転する車について行ってるこの状況。
ナビゲーターはアリサちゃんである。
向こうはなぜかワゴン車。いや、まあ8人いるからね。その方が都合いいか。
こっちは親から借りたという8人乗りの車だが、正直男が6人も乗っていたら8人乗りなんて6人乗りに早変わりだ。
「おい……佐原……」
ようやく俺の前のやつが言葉を吐いた。
そして、なんか刺々しい。俺、何かやったかしら。
「なんで1人増えてんだ」
「なんでって。除霊要員」
「っす」
「今更言うんじゃねえよ。女子からはちゃんと承諾取ったから」
「ただ、この合宿、対比おかしくねえ?」
「発展などしないから対比がおかしかろうが何も問題ない」
「つーか、結局行き先直前まで教えられなかったんだがどこに行くんだ?」
「あーうーん。幽霊屋敷?」
「……俺たち、料理研究するんだよな」
「名目上」
「お前、遊ぶ気満々だな⁉︎」
「ちゃんとやるって。合宿後にコンテストあるらしいし」
「それすらも俺は直前に聞かされたんだが」
「まあ、言ってなかったが、なんかそこは出るらしいからな。万が一のために寺の息子を連れてきた」
「ッス」
「ちょっと返事が強くなったな」
「彼は千種くんだ。まあ、高校は全く別のところだけどな。一年だ。とりあえずこき使ってやれ」
「ちょっ、俺は霊を見てくれって呼ばれただけなんですけど⁉︎」
「何言ってんだ。泊まる宿があるんだから、その分働くのは当然だろ。除霊だけで飯にありつけると思うな。さもなくば、お前は路頭に迷うことになる」
「そこの幽霊なんかよりこの人を滅殺した方がいいような気もしてきました」
「俺をそうした場合、女子からはお前は殺されるだろうから、下手に手を出さんことだな」
多分、香夜ちゃんと恵辺りな。
「まあ、除霊するもなにも、すでに霊のような人が前に2人いるからな」
「つーか、この先輩たちはなんで最初からこんなに死にかかってんだ?」
「さあ。矢作に聞けよ」
「寝てんだもん」
矢作は車酔いしやすいらしいので、最初から寝ておいて誤魔化すとのことだ。
しかし、確かに男6人というのはむさ苦しいことこの上ない。
お金をできる限り使わないためにも、高速を使わず下道で行ってるが、国道のために車通りも多い。
したがって、エアコンでなんとか車内を冷やしてる状況だが、空気はいつでも重い。
仕方ない。さすがに、運転してる方の人はどうにも出来ないが、助手席の人は話し相手にもなってくれるだろう。
って、俺1番後ろだから、遠いわ。話しにくい。
もう、アリサちゃんに連絡とろう。一旦休憩を入れよう。そうした方が得策だ。みんなの精神衛生上な。
そこから10分ほど走って見つかったコンビニで待ち合わせた。
「矢作起きろや!お前が寝てると降りれねえんだよ!」
「んあ?もう着いたのか?」
「休憩だ、休憩」
「じゃあ寝るわ。着いたら起こしてくれ」
「寝るんなら1番後ろ行ってくんね?」
「わーったよ……あーねむ」
矢作は後ろへ向かった。
寝てるといえば、恵は前日テンション高くて、今日も無理やり起こしてきたのだが、向こうの方でどうなのだろうか。
降りてる女子のメンバーから恵の姿が見えないけど。
「アリサちゃん」
「佐原先輩。そっちどうですか?」
「空気が重すぎる」
「あ、あはは。私にはどうしようもないですけど」
「まあ、それはいいとして、恵はどうしてる?」
「恵ちゃんですか?香夜ちゃんではなくて」
「いや、テンション高いか、爆睡のどちらかだろうな、って」
「後者ですよ。よっぽど楽しみだったんですかね」
「あいつは怖いもの知らずだからな。お化け屋敷もホラー映画もなんのそのだ。出るって言ったが動揺はしない。単純にみんなと合宿という点だけでひたすら舞い上がってた。あいつ、中学の時は幽霊部員で、帰宅部みたいなもんだったからな」
「そうだったんですか。佐原先輩は?」
「俺?テニスやってたよ。一応、一年の時まではやってたぜ」
「まあ、やる気はないですけど」
「なんで聞いたんだ」
「世間話です」
「じゃあ、ここからその目的地まではあとどれぐらいかかりそうだ?」
「だいぶ来ましたからね。もう後30分も走らせれば着くのではないかと」
「つーか、ナビ上にないところを目的地にしないでくれ」
「地図になき場所ってなんかワクワクしませんか?」
「道は知ってるはずなのに、ナビ上だと海の上走ってたりな。どういう状況だよ」
「まあ、私有地ではあるので単純にナビが古いだけの可能性はあります」
「霊的なアレは?」
「いや、別に結界張ってるわけじゃないんで。佐原先輩もなんかワクワクしてません?」
「霊はちょっと見てみたい。香夜ちゃんみたいな霊だったらなおさら嬉しい」
「そもそも香夜ちゃんみたいな子自体が希少価値が高いと思うんですけど」
「で、その香夜ちゃんは?」
駐車場周りを見渡したが、恵はともかく香夜ちゃんもいなかった。
「香夜ちゃん、車酔いしやすいらしくて、おとなしく寝てるって言ってました」
なんか多くないですかね?香夜ちゃん、ああ見えて色々弱いところ多いな。
陸上部なんだからもっと三半規管とか強そうなものなのだが。
「まあ、口実かもですけどね。香夜ちゃん人見知りな子だから、私はナビゲーターしないといけないので、隣が美沙輝さんか恵ちゃんしか選択肢がないので」
「だったら美沙輝の隣でもいいじゃねえか」
「早々に美沙輝さんは天文部の子たちに誘拐されたので、恵ちゃんの隣に行ってました」
「あの子の人見知りも直さないとなあ」
「そこが可愛いところでもあるんですけどね」
確かに寝てりゃ、下手に話しかけられることもないだろう。
前の話し合いの時もなんかぬいぐるみかのようにベタベタ抱きつかれていたからな。
なんだろう。香夜ちゃんには抱きつきたくなる可愛さがあるんだろうか。
「少年」
「あ、天王洲先輩。運転お疲れ様です」
「まあ、私しかできないからね。それは仕方ないことだ。そっちの運転手たちはどうだ?」
「運転はできてますけど、いつ死ぬか分かったもんではないです」
「平常運転だな。気にすることはない。1人は夜中に釣りに行って、1人は深夜のアニメを見ていたそうだ」
バカなの?この人たち。だから、こんな死にかけなのかよ。次の日早いって分かってんだから自重しろよ。
もう、俺が運転した方がいいんじゃないだろうか。そう思うレベルである。
「さて、少年。君の誕生日は明日だったね」
「そうなんですか?佐原先輩」
「アリサちゃん。俺のこと好きなら知ってて欲しかったな」
「機会がなければなんか不自然になりますからね。あと、佐原先輩のことは香夜ちゃんに任せましたので、私のことはお気になさらず。美沙輝さんに寄生していきます」
いや、美沙輝も女子だから。お前ら相思相愛か。
その美沙輝はなんか懐かれたのか、天文部の一年生に囲まれてるけど。
「なんで、美沙輝はあんなに後輩に懐かれるんだろうな」
「まあ、いわゆる理想のお姉さんという奴だろうな。私とは大違いだ」
天王洲先輩の場合は、お姉さん、じゃなくて、お姉様だからな。凛々しすぎますわ。
美沙輝はツンケンしてるように見られがちだが(俺目線)、面倒見がいいし、困ったらすぐ対応してくれるし、世話焼きだし。
あいつ、お母さんかよ。
かといって、別に完璧でもない。
本当に完璧と呼べるのは、俺の中では天王洲先輩だけだ。
「たぶん、美沙輝も妹だから、ああやって後輩たちにお姉さんぶれるのが嬉しいんじゃないですかね?実際、それだけの器量もありますし」
「佐原先輩、私も来年そうなれますかね⁉︎」
「いや……君はまず、砂糖と塩、醤油とソースの違いぐらい覚えてからじゃないかな」
「料理のさしすせそですか?それぐらい知ってますよ!」
ちなみに料理のさしすせその『そ』はソースではない。みそである。
「ええ⁉︎そうなんですか……」
「ちなみに醤油はどこに入る?」
「ええっと……砂糖、塩、酢……醤油はどうするんですか?」
「昔の読みがなの話だな。せうゆ、から醤油に変化したから、醤油はせに該当するんだ。ちなみにさしすせその順番、これもちゃんと意味があるんだぞ」
「そうなんですか?」
「まあ、俺も美沙輝から聞いた話だけどな。知っといて損はねえんじゃねえかな」
「料理の話ならまたついてからにしたほうがいいんじゃないかな?休憩を長々ととって変にダレさせてもタイムスケジュール的によろしくないからな」
タイムスケジュールと言っても大して決めているわけではないが、大体お昼頃には着く予定なのだ。
お昼ご飯をそこで作ろう……って魂胆なのだが、いかんせん、その別荘の状態も今ひとつ分かってはいないので、まず何から取り掛かるかにもよるが。
アリサちゃん自身も行ったこと自体はないようなので、どうなってるかはわからないらしい。
「行かないことには始まりませんね。先輩方も日差しを浴びて目が覚めたと思いますし……」
「残念ながらそこの2人は夜行性だから、日差しを浴びると溶けるぞ」
「ぎゃあああ‼︎」
コンビニ前で潰れていた。軽く怪奇現象である。
天王洲先輩はこなれた様に水をぶっかけて、引き上げていた。
「ほら、目が覚めただろう。覚めたと言え。可愛い後輩たちが来れなくなったらお前たちの責任として……あとは、言わなくてもいいかな?」
天王洲先輩の言葉で俊敏に立ち直り、車へと戻っていった。
怖いよ。あの先輩たち弱み握られてるんじゃないだろうな。
「まあ、雑用程度には役に立つだろう。何もできんわけではないし、フィッシング伊藤がいれば多少なりとも魚という食材にありつけることもあるかもしれない」
あの釣りが趣味の先輩、そんな二つ名付けられていたのか。ただ、総員14名いるので、人数分釣り上げるとか難しそうだけど。
「そういえば、天文部は日中何するんですか?」
「そうだね。まあ、汚いのであればその別荘を掃除するし、伊藤に習って釣りをするのも一興かもしれないな」
「あの……天体観測の準備って」
「大してかかるものでもないし、各自で眺めてくれればいい。私は女の子たちがきゃいきゃいしてるのを見たいだけなのだよ」
「そうですか……」
天文部ってなんだろうって思い始めてしまった。
まあ、ここでの観察記録とかつけて、文化祭でプラネタリウムを作っても面白いのかもしれない。
「さて、そろそろ行こうか。早くしないと君だけ置いていかれるぞ。なんなら、私たちのところに乗っていくか?」
「後々が怖いんで遠慮しておきます」
クーラーの聞いた車へと最後に乗り込んだ。
さすがに運転席は交代しており、フィッシング伊藤先輩となっていた。
そういや、始めて先輩の名前聞いた。この前の合同会議の時も死んでたし。
まあ、あの人が上じゃ逆らうことなんてできなさそうだな。
なんで、辞めないんだろうか。その選択肢はあるはずなのに。
まあ、また聞けばいいことか。
俺は、もう1人の先輩と今度は話すことにした。




