夏祭り(2)
駅でアリサちゃんと合流し、そこから徒歩で夏祭りの会場へと向かう。
結構大きな祭りで、屋台も歩く先々に見られた。
「お兄ちゃん!金魚すくいやりたい!」
「袖濡らすなよ。ちょっと待て」
こいつは捲ったところでずれ落ちて結局濡らす結末しか見えないので、捲ったところが落ちないように紐で留めておいた。
「あとお金は計画的に使えよ。飯代ぐらいは残しておけ」
「引き算ができないほど頭悪くありませんー」
「美沙輝、見ててくれないか?」
「お兄ちゃんの方がいいんじゃないの?私は手持ちが埋まってるのよ」
こいつは祭り荒らしというか、屋台泣かせというか、こういうゲーム類は無駄にうまかった。
射的やら輪投げやらで手に入れた景品をぶら下げている。
ご丁寧にお面まで頭の横に付けて、ザ・お祭りに来た人になってる。
「なんか食べようかしらね~」
「美沙輝さん!たこ焼きです!私食べたいです!」
「いいわよ。一緒に食べよっか」
「はーい!」
アリサちゃんは浴衣に金髪というかなり目立つ格好だが、外国人観光客も珍しくないので取り立てて目立つようなことはなさそうだ。
「あ、美沙輝。たこ焼きなら俺が買ってくるぜ」
「そう?あんた欲しいものある?」
「焼きそばか……あと綿菓子買ってきてくれ」
「あんた、恵ちゃんにお金あげたんじゃなかったの?」
「まあ、一応だ。いらないって言えば俺が食う」
「あら、そう。じゃあ、買ってくるわ。お金はあとでいいから」
「了解」
美沙輝と別れて俺は1人で、近くに見つけたたこ焼き屋さんに立ち寄った。
「すんません。6個入り二つ」
「あい。ありがとよ。……おい、兄ちゃん。どこかで会わなかったか?」
「気のせいでしょう」
「いや、待て待て。思い出す」
「後ろ並んでるんですけど」
「俺、1人いなかろうが回るわ。ちょっと頼むぞ」
たこ焼きは誰が作るんだよ。
ん?たこ焼き?
「あんたゴールデンウイークの!」
「おおそうだ!」
「こんなところで出店やってたのか」
「普通の日より売上いいからな。……ここだけの話50円マシだが」
「口外していいか。というか、俺が買ったやつ100円引けよ」
「お祭り価格ってことで。ところで探してた子にはちゃんと会えたのか?」
「ええ、おかげさまで」
「お兄ちゃーん!」
「めぐちゃん。走ったら危ないよ」
金魚を袋に入れて2人が走ってきた。振り回すんじゃないよ。金魚、酸欠になるでしょうが。
「すくえたのか?」
「いや、私はダメでした。香夜ちゃんすごいんだよ!それはもう、水槽の中の金魚がなくなる勢いで……」
「というのは誇大表現で私は5匹程度でした。まあ、私は飼うつもりはないので1匹だけ香夜ちゃんにあげてあとはリリースです」
「なんか悪かったな……」
「仲良くやってるみたいじゃねえか。1人は妹さんか?」
「ええ。ですので2個ほどサービスして入れてください」
「仕方ねえな……あの、50円増しの話は、シーな?」
「ちゃんと手打ちにしとくぜ。ほら、2人とも行くぞ。祭りはまだまだ始まったばかりだ」
「おー!」
さて、まあ適当に回るのはいいとして、どのタイミングで香夜ちゃんと2人きりになるかだが、恵が空気を読んでくれるか、美沙輝に頼んで預けるかしないとな。
「先輩」
「ん?」
「あと、1時間ぐらいで花火が始まるそうです。……よかったら、それぐらいで」
「ああ」
香夜ちゃんに耳打ちされ、今度は美沙輝とアリサちゃんを探しに歩くことにした。
先に歩いて行った恵だったが、どうにもなれない草履だからか、イマイチ足元がオボついてない。
「恵、足大丈夫か?」
「痛くはないけど……もういっそのこと裸足でいい?」
「余計に痛くなるだけだろ。ちょっとその辺に座れ。足見るから」
「はぁ~い」
少し香夜ちゃんを待たしてしまう形になるが、ここで下手に悪化しても他の奴らに迷惑かけるからな。
恵を座らせて、指の間を確認する。
慣れないからか、少し指の間が赤くなってるが、皮を擦りむいてるってほどでもなさそうだ。
「一応、これ以上指に当たらないように絆創膏貼っとくからな」
「お兄ちゃん、女子力高いね。そんじょそこらには負けないよ」
「裁縫も料理も洗濯もやるからな。やらないのは化粧ぐらいのもんだ」
「ファンデーションでも使う?」
「いらん。まあ、気をつけて歩けよ」
「お兄ちゃん、手を引いてって~」
「…………」
チラッと香夜ちゃんの方見た。
香夜ちゃんはコクッ、と頷いてくれていた。
まあ、妹だしな。
ここまで兄にねだる妹も中々いないだろうが。
去年はどうしていただろうか。
記憶が曖昧で、後ろから恵が楽しんでる様子をさながら本当に保護者かのように見ていただけかもしれない。
「お兄ちゃんは何かやらない?」
「ん?俺がやったらアレだぞ。一回で、その店の景品が全て消える」
「先輩、なら型抜きやりましょう」
「型抜きか……恵もやるか?」
目に付いた屋台を指差してそう提案された。
つーか、現代にあるのかよ。廃れたってどっかで聞いたぞ。
それでも、俺の方はやるこももやぶさかではないし、一応誘ってみることにする。
「う~お金があまり……まだ食べたいのもあるし……私は見てるだけでいいよ」
「じゃあ、出来たらお前にやるよ。……出来たらな」
「なんで自信なさげに二回言うの」
「お兄ちゃんは器用だが、やったことないからな」
「なら、私にお任せを」
型抜き一回、200円と記されていたが、なんか香夜ちゃんだけ100円値引きされていた。子供料金か、はたまた香夜ちゃんが可愛いので値引きしてくれたのかは定かではないけど、前者だとしたら俺は口を噤んでおこう。
「1番難しいのどれですか?」
「お嬢ちゃん、挑戦するのかい?やめといたほうが……」
「いいえ。やらせてください」
「じゃあ、これだな。そこの兄ちゃんはどうする?」
「……そこのクマで」
「はいよ。彼女が難しいのやるのに彼氏が簡単なの選ぶとはな」
いや、この子ただ単に俺に見せびらかしたいだけだと思うので、あんまり気にしないでください。
彼女と言われたのが嬉しいのか普段無表情な香夜ちゃんの口角が少し上がっているけど。もうちょっと頑張って表情隠そうな。
そこからカリカリと掘っていく作業が始まる。まあ、俺のはそんな難しくないし、細かいこともないのですぐに終わるだろう。
「あ、割れた」
「お兄ちゃん下手くそ~」
指差してケラケラ笑うな。意外とむずいぞ。
しかし、またやろうものなら追加料金がかかってしまうので、出来上がったところで打ち止めとした。
「恵。ほい」
「こんな耳の欠けたクマさんは可哀想だよ……。せめて、ホームラン王を取るぐらいのクマさん掘ってよ」
無理難題つけんな。なんだ?ホームラン王を取るぐらいって。黄色のハチミツ中毒のクマさんか?
これ以上言うと俺が消されそうなのでこれ以上の追求はやめておく。
ドーピングハチミツのクマさんはおいといて、香夜ちゃんのほうの出来栄えを見ていた。
「ふう、出来ました。先輩。どうですか」
ドヤってる香夜ちゃん可愛いです。
正直、型抜きの出来栄えなんかよりはそっちの方で心が和んでしまった。
「ていうか、これどうやって掘ったんだよ……」
なんだこれ。龍?
こんなもんを色々ある中で紛れ込ませるなや。
まあ、店主も誰もやると思ってないから面白半分で置いておいたのだろう。
成功する人が出ましたけど。
「なんか景品出ないですかね」
「そういう遊びじゃないと思うんだが」
「残念です」
出来上がった、なんか無駄にかっこいい竜は恵に渡った。なんか、アレンジが加わってるようにも見えるのはきっと俺の目の錯覚である。
難易度さらに上げて完成させるって、簡単なやつですら完遂できなかった俺の立場というものがある。
まあ、型抜きって食えるものだから、失敗したクマさんは恵がポリポリ食べていたが。
「恵、せっかくあげたものをすぐに食うな。少しは懐に収めておこうとか、そういう気遣いを見せろ」
「隠れて食べられてもそれはそれでイヤでしょ?」
「まあな……だが、型抜きってなんで廃れたんだろうな?射的とかのほうが余程危ないと思うんだが」
「気にしないほうがいいですよ。あ、景品あったみたいです」
なんか香夜ちゃんがゲームソフトぶら下げていた。型抜きってそんな高価な景品貰えるの?
「だから気にしないほうがいいです。まあ、利益の問題でしょう。難しいものほど、リターンがつり上がっていきますが、まあ、私みたいなのがいると採算が取れないからでしょうね。私としては最新のゲーム機でも欲しかったところです」
香夜ちゃん、そんなゲームやる子でしたっけ?
「売っ払って、資金にします」
なんの?
「しかし、ソフトだけではゲームはできないんです。ハードがないとダメですよ。私の家にそんなものはありません」
「いや、うちも……あったようななかったような」
「アリサちゃんの家なら色々あったよ!」
そうやってアリサちゃんにたかりに行こうとするんじゃない。
「しかし、これを200円でもらえたのならゲーセンよりボロ儲けな方法だな」
「逆に200円だからこそ、ゲーム機はなかったのかもしれません。まあ、いくつか景品は用意してるかもしれませんが、私のようなのが何人もいては商売になりませんからね」
「これ、見本通りに型抜きできればいいんだっけ?」
「ですから、まず見本通りに型抜きして、言い訳ができないようにムービーで撮影して景品をもらってから、また少しくり抜きました」
「あー、なんか認めないところが多いって聞いたことあるな。証拠残して、潰したら詐欺になるからな」
「固めるのならば、周りではなく裏からです」
「裏っつーか、表だけどな」
半分脅しと言っても過言ではない。横でそんなことやってたんかい。
証拠の裏付けというか、自分で証拠を作ってるんだし。裏ってなんでしょうか。
「あ、いたいた。こんなところで何やってんのよ」
「あ~夏祭りって悪徳商売が蔓延するよなって話」
「いや、そんな話ではなかったと思うんですけど」
ようやく合流できた美沙輝とアリサちゃんは俺たちの会話に疑問符を浮かべていたが、俺は頼んでいた焼きそばを受け取った。
「冷めたかもしれんがタコ焼きだ」
「ありがと。あと、はい、恵ちゃん」
「え?綿菓子、私にですか?」
「どこかのお兄ちゃんが気前よく渡してくれたのよ。恵ちゃんに」
「ありがと、お兄ちゃん」
「どこかのお兄ちゃんと言ってるだろうに……」
まあ、こいつらの共通認識の兄は俺しかいないので、もう少し誤魔化してくれても良かったんじゃないですか?美沙輝さんよ。
「香夜ちゃん、それ何?」
「型抜きの景品のゲームソフトです」
「はぁ~結構なもの景品にしてんのね」
「大概は難癖付けられてボラれるだけだから止めとけよ」
「あんたボラれたの?」
「いや、単純に失敗した。ホームラン王を目指したんだがな」
「何言ってんの?こいつ」
「美沙輝さん知りませんか?黄色いクマさんのホームランダービーのゲーム」
「ああ、難易度がアホみたいに高いって話の」
「やったことあるんですか?」
「いや、ないわ。話に聞いたことあるだけよ」
まあ、こいつJ民だからな。語尾にンゴとか付けねえけど。
かくいう俺もやったことはない。
「あ、そろそろ花火あるみたいですよ。行きましょー」
アリサちゃんが時計を見て誘いをかけてきた。
「お、お兄ちゃん。ちょっとトイレ」
「今言うな!」
「帯直して欲しいからついてきて」
「わ、悪い。こいつトイレに連れてってくる」
「じゃあ、この辺りにいるわ。早く戻ってこないと始まるわよ」
「了解、了解」
俺が恵をトイレに連れて行くということにはなんの疑問も持たないのか、普通に見送られた。
せめて、もう1人女子がついてきてもよろしいんじゃないんでしょうか?
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少し離れたところで恵は立ち止まった。
「おい、もしかして……」
「とりあえずお兄ちゃんが考えてることとは違うとだけ言っておく」
「なら、いいが。早く行かないと漏らすぞ」
「天下の往来で乙女がそんなことするか‼︎」
「じゃあ、どうした?」
「察しが悪いな〜お兄ちゃん。ちゃんと連れてきたのに」
「は?連れて来た……」
後ろを振り返ると、恵だけじゃなかった。
「す、すいません。何も言わなくて」
香夜ちゃんも一緒にいた。
雑踏の数なんて祭りの客で聞き分けられるはずもない。
1人増えたところで、という話だ。
「じゃ、私は戻るね〜。ちゃんと戻れるか怪しいけど。まあ、その時は電話するんで捜索お願いします」
恵は浴衣の袖を揺らして、慣れない下駄でコツコツと来た道を戻って行った。
そこに、残された1人の男と数歩前で立ち止まった少女。
『まもなく〜花火が打ち上がりま〜す。ご来場のみなさま〜ぜひ近くまで来てご覧くださ〜い』
アナウンスで呼びかけていた。
大半の祭りに来ている人は花火の砲台近くに行くだろう。
「先輩」
数歩の間の俺との距離を縮めて、香夜ちゃんは俺の袖を引っ張った。
「行きましょう。私、いい場所知ってます」
その誘いを断るはずもなく、俺は香夜ちゃんと手を繋いで案内する場所へと向かった。
こうやって、香夜ちゃんと手を繋ぐのはいつ以来だろう。
彼氏、彼女でもない。
彼女の過去を知ってから、少し離れていたかもしれない。
ただ、それ以上に恵のように家族のような妹のような存在に扱ってたかもしれない。
パーン!
「始まっちゃったな」
「急ぎましょう」
上がり始めた花火を尻目に俺たちは少し駆けた。
「ちょっ、ちょっと待って。香夜ちゃん、足、速い……」
「すいません。このスピードに先輩は付いてこれなかったですか」
「どこかのバトル漫画のようだ」
「いやはや、元陸上部で、未だに鍛錬を続けてる私と、たかがテニス部で今は特になんの運動もしてない先輩とでは、雲泥の差ですね。申し訳ありませんでした」
いや、香夜ちゃんの足が異常に早いだけだと思います。俺だって運動神経は良い方だよ。足だってそこそこ自信あったんだよ。
「? 先輩泣いてるんですか?」
「気にしなくてもいいよ。若干プライドが傷ついただけさ」
「先輩に傷つくプライドがあったんですか?」
「久々に香夜ちゃんから毒吐かれた気がする」
「毒を吐く必要がなかっただけかもですね。少し前に戻れたのかもしれません。……前に戻りたくないですけどね」
「逆に考えれば関係が進んだのかもしれんぞ。俺だって前に戻りたくないからな」
「そうですか?先輩としては……このまま平行線がいいんでしょうね」
「ん……」
俺はどう答えるのが正解なんだろう。
その言葉に返答が出せないまま、香夜ちゃんが案内する場所へとたどり着いた。
少し祭りの会場からは離れてしまったが、いわゆる穴場というものだろう。
人影は少ない。
「昔、お母さんに連れてきてもらったんです。お父さんは仕事で一緒に行けなかったから……。それが、最初で最後の夏祭りだったんですけどね。私が親と不仲っていうか、関係がギクシャクしたせいで、私の方から断ってしまってましたから」
今は、親は離婚し、父親が香夜ちゃんの引き取り手だ。そう言っていた。
その父親は家により付くことなく、ただ、香夜ちゃんが暮らしていけるだけの資金を提供しているだけだ。
家族って、それでいいのかな……。
うちだって、親は共働きでたまにふらっと帰ってきて、時々罵り合ってるようなもんだが、俺には恵がいるから心細いなんてことはない。
香夜ちゃんにとって、俺が心の拠り所となっているのかもしれない。
だからこそ、俺にこうやって自分の過去を話したんだろう。
俺は目に映る花火がどうにも空々しく見えて、下を向いた。
「先輩?花火、見ましょうよ。綺麗ですよ」
「香夜ちゃん、花火終わってからでいいからさ。ちょっと話したいことがあるんだ」
「……今でもいいですよ。まだ当分終わらないでしょうし」
「花火を言い訳に聞こえなかった、なんてことにはしたくないからな。それでも何度でも言うけどな」
「告白ですか?」
「ちげえよ」
まあ、期待したくなる気持ちもわかるが、俺は場の雰囲気に流されないと決めたのだ。
するときは、ちゃんと決断をしてからだ。
「香夜ちゃん。お父さんと会わないか?」
「……先輩のですか?」
「なんでだよ。自分の親は親父って呼んでるわ。香夜ちゃんは会っただろ、この前」
「……分かってますよ。分かってて言ったんですから。どちらにせよ、私から会う気はありません。向こうが何か言ってくるならともかく」
「会うのがイヤなのか?」
「別にお父さんのことが嫌いなわけじゃないです。向こうだって、私との接し方が分からないから、関わってギクシャクするぐらいなら距離を取っておこうってことなんでしょう」
「そうは言ってもな……」
「先輩の心配も分かります。私みたいな子が一人暮らしと変わらない状況で住んでいることが不安なんでしょう」
「半分そうだけど……半分違うかな……」
「なら、もう半分は?」
「何かしら、帰る場所っていうか家族っていうのは必要なものだと思うんだ。香夜ちゃんにとってのあの家は本当に帰って安らぐことのできる場所なのか?」
「……そうですよ。先輩の言う通りです。あそこに私が安息できることはないです。だから、週の大半を先輩の家に、めぐちゃんの家庭教師と称して上り込んでるんです。私にとってのあの場所はもはや、睡眠を取るぐらいのものです。でも……」
何かしらの感情が込み上げているのだろうか、香夜ちゃんの肩は震えていた。
触ってしまったら、弾かれてしまいそうで、その様子を見ていることしか俺にはできない。
「私にとって、あの家族は壊れてるも同然なんです。お母さんはもう戻ってこない。お父さんが引き取ったのだって、経済的な問題です。私の家に家族なんて形があると言えるんですか」
俺の目を見た香夜ちゃんの目は、睨みつけるような強い拒否反応を見せていた。
こんなことを話したくはなかったのだろう。
一夏の思い出として、好きな人と何気ないことを積み上げたかっただけなのだろう。
なのに俺は、香夜ちゃんの傷をえぐって、どうしたいのだろう。
きっと、香夜ちゃんが依存しているという状況が俺が先に進むことを躊躇わせている要因でもあるからだと思う。
頼られたら、助けてあげたい。
でも、今は、香夜ちゃんはもうすでに終わっていることだと、それを拒否している。
母親はいなくなってしまった。でも、まだ父親はいる。親子なんだから、その縁は切れることはない。
香夜ちゃんはとても危ない子でもあるのだ。何かのトリガーで取り返しがつかないことをしかねない。今の状態では。
「何とか……言ってくださいよ。先輩は私にお父さんと会わせてどうしたいんですか。会ったところで解決することなんてないんです。私は今のままでいいんです」
「いざという時、それで誰が助けてくれるんだ」
俺は香夜ちゃんに答えることにした。解決しないままいては、後に引きずってしまう。
「自分で保証が取れるわけじゃないだろう。ましてや、俺なんて以ての外だ。 未成年が責任なんて取れるわけない。そういう時の親じゃないのか。今の状況で誰が君をいざという時に助けれてくれるんだ。誰も助けてくれないぞ。うちだって、いないといえど、定期的に帰ってくるし、連絡が取れる範囲にはいる。だから、俺たちは2人で暮らしてるんだ。なあ、香夜ちゃん。俺だって香夜ちゃんが家に来てほしくないなんて言ってるわけじゃないんだ。心配でしょうがないんだよ」
堰を切ったように喋ってしまったが、香夜ちゃんに俺が言った言葉の何割が届くんだろう。
ただの俺が首をつっこむようなことではない、おこがましい限りのお節介だ。
知らないままいれば、少し疑問を抱く程度で済む話だったのかもしれない。
……いや、無理だろうな。いつか知ることになって、そしてこうやって俺はお節介を焼こうとするに違いない。
「私は……間違ってますか」
香夜ちゃんはポツリと呟いた。
きっと、その眼に今うち上がってる花火なんて見えちゃいないだろう。
誰も答えてやれないし、自分で答えが分からないのなら俺が答えてやるしかない。
「ああ、間違ってる。そりゃ、すぐに距離を詰めることなんて無理だろう。でも、お互いに非干渉のまま解決策を放棄するのはダメだ。向こうが何もしてこないのなら、こっちが行動するしかない」
「でも……私1人じゃ……」
「まだ、半年経ってないだろ?お父さんの仕事場とか連絡先は知ってるか?」
「一応……。私も向こうも私が中学を卒業してからは連絡を取ったこともないですけど」
「香夜ちゃん。誰も1人で解決しろなんて言ってないさ。そりゃ、本来ならば家族の問題なんだし、俺が出しゃばることじゃないし、もっと大人がやることなんだろうけど……。香夜ちゃんが1人じゃダメそうなら、手伝ってやるから。……まあ、大人の言い分に、こんなガキの青臭い精神論が通るかは知らんけどな」
「助けるなら助けるで、最後までカッコつけてくださいよ。……先輩らしいですけど」
「カッコつかなくて悪かったな」
「いいえ。それでいいんです。それが、私が好きになった先輩ですから」
香夜ちゃんは俺の肩に頭を預けてきた。
それを抱きとめるように、その頭を撫でてやる。
だんだんと、うち上がってる花火もまばらになってきた。
「あまり、見れなかったですね」
「ゴメンな。また、来年一緒見よう」
「まだ、終わってないですよ」
「もう、さすがに上がらないだろう」
今しがた、見ていた中で1番の特大花火が上がったのだ。もう、今日上がる花火はないはず。
「先輩、こっちです」
香夜ちゃんの声が聞こえた方に顔を向けた。
すると、頭を両手で押さえられ、香夜ちゃんの顔が俺の目の前にあった。
「私の……最初で最後の花火です」
「え?……あっ」
突然のことで頭の処理が追いついてなかった。
今……キス、されたのか?
香夜ちゃんの顔が心なしか少し紅潮している。
「香夜ちゃん……最初で最後って……」
「ファーストキスなんですよ?最初で最後です」
「そういうことね……」
確かに祭りの最後で1番の花火が上がったみたいだ。
「先輩はどうでしたか?」
「何が?」
「初めて……でしたか?」
「……恵に取られたような……」
なんか一時期甘えたがり症候群にかかったようで、すげえベタベタしてきて、その時にキスとかしてたような気もしなくもなくもない。
「そこは、嘘でも初めてって言ってくださいよ。私は2号さんですか」
「女の子がそんな言葉使わない」
「先輩が初めてならよかったんです」
「唇を奪われた記憶はない……と思う」
「じゃあ、そういうことにしておきます。これでも、勇気出したんですから。もっとも、本当に彼女として、ならもっとよかったんですけど……」
「香夜ちゃんが時期が来るまで俺以外に好きな男が出来なかったら、俺から頼むよ」
「約束ですよ」
「じゃ、戻るか」
「はい」
再び、香夜ちゃんの手を握って、俺たちは恵たちのところへと戻ることにした。
恵は無事に美沙輝のところに戻れたのだろうか。
まあ、どちらとも連絡がなかったということは、こっちには気を利かせて、かつ戻れたということなのだろう。
ふと、横を見た香夜ちゃんが唇を気にしてるところを見て、今更ながらに少し恥ずかしくなっていた。