夏祭り
一週間もすれば親父はまた旅立っていった。基本は下宿で会社から近いアパートに住んでいるのだ。もう、そこから出てこなくて結構です。無駄に洗濯物増えるし、親父働かねえし、食材無駄に使うし。気を使うんだよ。
働け親父。もしくは家族サービスというものをしろ。
まあ、親父もそのつもりだったんだろうけど、精々うちにいる間に行ったことは、車で30分ほどの距離にある祖父母の墓参り程度だ。
お盆には行けないからな。帰ってきてないかもしれんがその辺は仕方ない。一週間程度早く綺麗にしておいたからそれで手を打ってくれ。
ともかく、恵とまた二人暮らしの平穏な日常が訪れていた。恵がいる時点で平穏かどうか疑問符が浮かぶところだが、平常運転ではある。
「おにーちゃーん。夏祭りだよー。夏祭りー」
「んなだらけきった格好で言うなや。お前も少しはお家の家事を手伝うとかしないか」
「しょーがくせいまでだよー。そんな宿題出るの」
「お前はそれすらも1日で終わったけどな」
風呂掃除をやっただけだった気がする。
しばらく風呂掃除だけでもやらせて風呂掃除のエキスパートにでもなってもらいたい。分担すればもっと俺の自由ができるはずなのだ。
まあ、今日は晩御飯作らなくてもいいのだが。
「適当な時間になったら行くからな。お前も着替えておけよ」
「このままでいいれふ」
「乙女が何を言ってやがる。浴衣の一つぐらい着こなしてみせろ。それでもファションデザイナーの娘か」
「年がらジーパンにTシャツの組み合わせの息子に言われても説得力に欠けるね……。まあ、さすがにこの格好じゃ恥ずかしいね。せめて、恥ずかしくない格好にしてくるよ」
タンクトップに緩いショートパンツという格好でソファの上でアイスをかじってるいかにも、ダメな子を醸し出していた恵だったが、さすがに思い立ったのか、自分の部屋へと向かっていった。
外に出るには恥ずかしい格好だというのに、兄である俺には見せてもいい格好なのか。
所詮、兄妹なんてそんなものかもしれない。何も興奮しないし、ただただだらしないと思うしかないのだ。
早く他の女子見て目を潤したい。
「まるで、私が目の毒のような言い方ですね」
「もう着替えたのか?」
「いや、妹の悪口を言ってる兄の姿があったから牽制しておこうと」
「牽制したところでお前がだらしないと思ってる俺の認識なん変わらんぞ。せめて、自分で部屋を掃除してから言え」
「……そうだ。お兄ちゃん。浴衣着るから着るの手伝って」
「男の俺に手伝ってもらうって、お前に羞恥心はなかったのか」
「他ならぬお兄ちゃんだし」
「浴衣の下は下着をつけないんだぞ?」
「え、うそ⁉︎」
「冗談だ。昔はそうだったらしいけどな。ていうか、友達同士で行くものにそこまで気にせんでいいわ」
「てっきりお兄ちゃんが私の裸を見たいがための話かと……」
「お前はそのだらしないタンクトップとショートパンツで行くんだな」
「わー!ストップ!すいません!謝るんで着付け手伝ってください!」
「ったく……早くしないと集合時間に間に合わねえぞ」
「どこだっけ?」
「駅だけど、美沙輝が香夜ちゃん拾ってくるらしいから、それで俺たちの家の前で合流だな。駅でアリサちゃんと合流」
「どれぐらいかかるかな……」
「まあ、間に合わんかったら普通の外出着にするんだな。先にそっち選んでおいたほうが捗ると思う」
「うーん。これに半袖のパーカーでいいか。あ、なら下はもう少しボーイッシュなショートパンツで……」
なんかそっちの方が余計に時間を取りそうだと思ったが、言うほど時間もかからなかったので、恵は浴衣をどこからからか引っ張り出してきた。
「えーっと、んー?とりあえず袖通して」
「とりあえず、上だけ脱いだらどうだ」
「私にブラ一枚だけになれと」
「あんまり夏場に着重ねても暑いだけだろ」
「昨今の女子はちゃんもキャミソールを着ているんだよ」
「で、その下は」
「ブラだけです」
「じゃあ問題ないだろ」
「むー」
「胸がない方が浴衣映えするらしいぞ」
「自分の妹を貧乳扱いすな!」
「誇れるほどのものもないだろ」
「まあ……下は後でもいい?」
「着物ならともかく、浴衣程度なら着た後でも脱げるだろ。ほら早く手を挙げろ。帯巻いてやるから」
「お兄ちゃんって、こういうのどこで覚えてくるの?」
「母さんにはやるなと言われるが、いない時が多いからあれはきっと見て覚えろっていう言葉の裏返しと判断して覚えた」
「それだけで覚えれるの?」
「お兄ちゃんだからな」
「納得できない説得力」
やってやらんぞこいつは。
少々試行錯誤したものの、さほど難しいほどのものではなくてすぐに終わった。
「万が一解けた場合のために結び方の本と、タオルだけ袖のとこ入れとけ」
「はーい。流石に、この下にショートパンツ履いてたら違和感が……」
「脱げそうか?」
「無理」
「はあ……少し緩めてやるから早よ脱げ」
二度手間になってしまったがようやく支度が終わった。といっても、俺は何も用意することはないのだが。
「変じゃないかなぁ?」
「可愛いぞ。俺が保証してやろう」
「ならいっか」
そこだけは納得するのな。
「でも、髪このままかぁ」
「お前、いじれるほど長くないだろ。美沙輝か香夜ちゃんぐらい伸ばしてから言え」
「今時はウィッグっていうものがあるんだよ」
ああ、あのカツラみたいなの。
「カツラじゃないよ!私みたいな髪の短い子が、今日みたいな日に髪をいじる時にお役立ちアイテムなんだよ!」
「ないから、この髪飾りでも付けとけ」
「どこにあったの?」
「その辺」
流石に恵の部屋に浴衣があるわけでもないので、衣装部屋という名の物置を物色してそこで着替えたわけだ。
服に似合う小物でも考えてるのか、アクセサリーもちょろちょろあったりするからな。
ちょっと大きめの花のついたヘアピンを恵につけてやった。
「可愛い?」
「可愛い可愛い」
浴衣の振袖をパタパタさせながら姿鏡の前で何度も確認してる。
「ほら、そろそろ行くぞ。今日はほら、これがお前のお小遣いだ」
「あれ?私にくれるの?」
「ちゃんと考えて買えよ。今日はそれが晩御飯だからな」
「三千円もあるとちょっとしたディナーが食べれるね」
「お祭り価格というものがあってだな……」
ピンポーン
「来たみたいだな」
「今出まーす!」
恵だけ先に行きおった。
まあ、お祭り価格についてはまた歩きながら……あー、自転車でしたね。忘れてましたよ。仕方ない。今日ばかりは俺が後ろに乗せてってやろう。
やっぱり、後先考えない兄妹で申し訳ないと感じつつ、迎えに来てくれた2人を連れ立って夏祭りへと繰り出した。