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望まれてない帰還

 夏休みといえど、俺たち進学クラスはそれなりの量の宿題を出されている。

 美沙輝は大半は7月中には終わらせたいと言っていたが、俺たちが共同で片付けた宿題はあれで大半と呼べるものだったのかはよく分からない。

 夏休みに入ってもう月が変わっていた。8月初旬は太陽の光がいっそうギラついていて活動するのが億劫になってくる。


「おにーちゃん!虫取り行こう!」


「小学校低学年の男子かお前は。ほら、アイスやるからこんなふざけた天気の中お外に出るのは止めておきなさい」


 水玉模様をあしらった水色のワンピースに麦わら帽子をかぶり、いつぞやの香夜ちゃんを彷彿とさせた。

 そして、家の中というのに虫取りカゴと虫取り網を持っている。アホの子か。アホの子だけど。


「ちぇー。お兄ちゃん遊んでくれないから私暇なんだよ」


「香夜ちゃんとかアリサちゃんとか天文部の子とかいるだろ」


「香夜ちゃんは夕方から来るし、アリサちゃん避暑地に旅行だって。天文部の友達は家遠いし」


 アリサちゃんの家も遠い部類に入るんですけどね。

 しかし、避暑地に旅行とは流石に上流階級と言ったところか。

 ……ちゃんと帰ってくるよね?合宿地の場所は君しか知らないんだよ?


「つまり香夜ちゃんが来るまで暇だから付き合えと」


「お星様はお昼じゃ見えないもん」


「美沙輝に取り次いでみるか……」


 あくまでも自分が外へ出るという選択肢は持たない。

 ツーコール目で美沙輝は電話に出た。


「美沙輝か?恵が遊びたいって言ってんだけど、うち来ないか?」


『こんなアホみたいに暑い日に活動したくないわ……外に1歩たりとも出たくないわ……私を外に連れ出したいのなら、あんたが冷却装置にでもなって、迎えに来てくれるのなら考えてあげる……』


「すまんな。そいつは俺にも無理だ。またなんかあったら連絡する」


 やっぱりみんな外に出たくないのは一緒のようだ。あの美沙輝でさえもダウンしてる。


「もー!みんなして家に引きこもってー!」


「日が沈んだら考えてやる。……昼まだだったな。……そうめんにするか」


「またそうめん⁉︎お兄ちゃん美沙輝さんから料理のメニューでも教わってきてよ!」


「うちの夏の昼のメニューはそうめんか冷やし中華とお前が生まれてから決まっておるのだ……」


「人にダラダラするなって言っておいて自分がダラダラしてるってどういう了見なの?」


「……仕方ねえ。恵、なんかリクエストあるか?それを作ってやろう。冷蔵庫に材料がなければ、買い出しに行くから外に出るか」


「私欲しいものがある!」


「? なんだ?」


「カブトムシのカップゼリー」


「行かねえから。昆虫採集には出かけねえよ」


 この界隈にカブトムシやらクワガタがいた記憶も定かではない。


「そうだったのか。君はそういうやつなんだな」


「俺は人のコレクションをとって、壊して、隠したりしてねえから。てか、それ小学校ぐらいの時の国語だろ。よく覚えてたな」


「唯一というぐらいの記憶だよ。お兄ちゃんもよく分かったね」


「よくネタにされるからな。で、リクエストないのか?ならそうめんにするぞ」


「んー、じゃあそばで」


「あんまり変わんねえじゃねえか……」


「だいぶ変わるよ!天ぷらもつけてくれると嬉しいです!」


 さりげに注文増やしてんじゃねえよ。食い意地の張ってる妹である。

 しかしながら天ぷらになりそうな具材はないので、せめてもの薬味にネギだけ用意することにした。

 お昼を食べてからというもの、お腹いっぱいになったのか恵はリビングの床で眠りこけていた。


「ったく、風邪引くぞ……」


 扇風機直撃でお腹出して寝ていた。

 外に出れないと分かったために着替えていたが。ワンピースでお腹見えてたら下着も丸出しだろ。

 服を直してやり、上からタオルケットを被せてやる。少し暑かろうが、風邪を引かれてはこちらも困るからな。

 ……しかし、こいつが風邪を引いたのはいつが最後だっただろうか。

 暇だから、恵の寝顔を見ながらほっぺをツンツンしながら暇潰しをすることにした。

 しかし、柔らかいな。俺と大差ない生活を送ってるはずなのにこの違いはなんなんだ?

 自分の頬をつねってみたが、なんつーか弾力というかハリが足りない。

 男なんだからそんなもんだろうと思えばそんなもんなんだろうが、なんか納得いかない。

 五分ほどツンツンしてるとインターホンがなった。

 誰だ?このクソ暑い日に外出なんかして、うちを訪ねてくるアホンダラは……。

 恵の対応を止めて玄関へと向かった。


「はい……」


「遅いじゃないか育也」


「あん?」


 開口一番なんか文句言われたので怪訝に顔を上げてみるとあまり見たくない顔があった。


「家違いですね。失礼します」


「待て!お父さんを家に入れなさい!暑いんだ!」


「そこで蒸されてろ!あんたが入り込む空間はここにはない!」


「帰るって前に連絡しただろ!」


「恵は別に帰ってこなくてもいいって言ってたわ!」


「ならせめて自分の部屋にいるから!せめて中に入れろ!」


 玄関でガタガタやってたせいで、恵が起きてきてしまった。


「ふわぁ〜。どうしたの?そんなにガタガタして。あ、お父さん。おかえり〜。じゃあ、私はもうひと眠りします」


 とりあえず自分の出る幕ではないだろうと恵は自分の部屋へと向かっていった。

 恵が登場したことにより、2人の男の玄関先での攻防は終焉を迎えた。


「とりあえず恵から許可でたみたいだから。ジャワーでも浴びてこいよ」


「恵は何をしているんだ?」


「夕方から友達が遊びに来るから。それまで暇しててな。お昼寝の最中に親父が帰ってきたというだけ」


「お前は」


「特段何もしてない。さっき昼飯食べ終わって食器片付けたところ」


「育也……お前は部活とかやらないのか?」


「しねえよ。そんなん。まだまだやること山積みだ。今日は空いてるけど、また明日行かないといけないからな」


「お前がしたいことがあるなら、別にいいけどな……」


 ぶつくさ言いながらも靴を脱いで風呂場へと向かった。

 さて、何かひと騒動起きなきゃいいけどな。

 ……今日、香夜ちゃん来るし、親父に釘刺しておくのと、香夜ちゃんに注意の連絡送っておくか。

 恵のやつは再び昼寝に行きやがったし。


「ふぁぁあ」


 俺も昼寝するか。やることねえし。

 香夜ちゃんに要点だけ連絡しておいた。

 そのあとの返信に気づかずにそのまま眠りこけていたのは言うまでもないことである。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はっ⁉︎」


 夏真っ盛り。扇風機をつけていたとはいえ、少し髪が汗ばんでいた。

 時計を見ると15時半。まだ香夜ちゃんが来るまでには時間がありそうだ。

 恵のやつはまだ寝てるのだろうか。相変わらず幸せなやつだ。香夜ちゃんが来るまでに起きなかったら叩き起こせばいいか。


「とりあえずシャワー浴びっか……」


 なんとなくベタついた髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら風呂場へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんとなく目が覚めてない上に頭がまだぼーっとしていた。変な時間に寝るもんじゃないな。


 ピンポーン


「ん?」


 まだ時間には早いはずだが、もう来たのだろうか。俺は呼び鈴がなったので玄関へと向かった。


「あ、先輩。お邪魔します」


「ああ、いらっしゃい、香夜ちゃん」


「先輩、お風呂でも入ってたんですか?」


 まだ髪が濡れていたのだろうか。それに気づいたらしく香夜ちゃんが聞いてきた。


「ちょっと昼寝してたら寝汗かいちまってな」


「めぐちゃんは?」


「どうだろうな……多分まだ寝てんじゃねえかな」


「そうですか……」


「今から叩き起こせばいいよ。あいつ俺以上に寝てるから」


「いや、まだいいですよ。約束の時間より私が早く来てしまっただけですし。でも、その……先輩も汗臭い子はイヤですよね?」


「香夜ちゃんならどんな状態であろうが大抵はいい匂いだと思うぞ」


「大抵ってどんな状況を想定してるんですか」


「突然ヘドロを全身に浴びせられたとか」


「天変地異が起きた末期の地球ですね。それ」


「まあ、香夜ちゃんがシャワー浴びたいならいいぞ使っても」


「そ、そうしたいのは山々なんですけど……その……先輩のお父さんがいるんですよね?」


「ああ気にすんな。俺が釘刺しといたから。何かしようものなら本格的に恵に嫌われるから何もしないと思うぞ」


「そ、そうですか……でも、心配ですので先輩、扉の前にいてもらっていいですか?」


「俺が何するか分からんぞ」


「その……突撃さえしなければ。お風呂場の前までなら許可します。その……下着も見るだけなら……」


「なら、ぜひとも今穿いてる状態を見せてください」


「それはお断りします」


「誰も穿いてない下着なんてただの布だよ?価値が薄れるよ」


「ですから……そのちょっと譲歩してみただけです。ホント、見るだけですから。匂いとか嗅がないでください。磨りガラスとはいえ分かりますからね!」


「俺がお風呂場に入らなければいいんじゃないかなあ。もしくは寝てる状態でも恵置いておくよ?」


「それはそれで可愛い……じゃなくてなんか心配ですので先輩いてください」


「俺は香夜ちゃんが考えてるほど紳士じゃないかもしれないよ?」


「親御さんがいるのにそんなことはしないでしょう」


「クソッ。だからあの親父は邪魔だったんだ」


「誰が邪魔だって?」


「そりゃ、あの親父……ん?」


 後ろに立っていた。その親父。


「あ、お父さんですか……」


 もじもじとしながら香夜ちゃんは俺の後ろに隠れてしまう。

 相変わらず人見知りは直ってないようだ。


「その子が恵の友達か?」


「ああ」


「お前とも随分と仲がよさそうだな」


「ああ、そりゃラブラブだからな。な?香夜ちゃん」


「先輩はライバルを次々と増やしていきますけどね」


 君は俺を陥れたいのか。


「まあ、でも懐かれてはいるみたいだな。では文字通り邪魔したな」


 何がしたかったのか親父は去っていった。恵の友達がどんな子か見てみたかっただけか?


「なんか先輩とはタイプが違いますね」


「正直あんなんと同じとか吐き気がする」


「お母様とも違うみたいですけど……」


「俺は拾い子だった……⁉︎」


「もういいですので。シャワー借ります。自転車漕いでたら汗かいちゃったので。私がいいというまでは脱衣所に入ってこないでください。浴室に来るのは言語道断です」


「香夜ちゃんは先に進む気はないよな」


「なんの話ですか?」


「いや」


 知っててとぼけてるのか、本当に何も考えてないのかどっちかは分からない。でも、まだ付き合ってもない。

 俺はいつか香夜ちゃんが俺以外に好きな人ができるかもと思って日々を過ごしている。

 付き合ってない立場の俺からは手出しなんてそれこそ言語道断だ。

 香夜ちゃんが何を求めてるかは分からない。

 でも、家族と疎遠である香夜ちゃんは誰かと一緒にいたい、その思いで俺らがいるこの家に来ているのかもしれない。

 香夜ちゃんは一人暮らしをしてるのと変わらないのだから。

 もしかしたら家族の一員としてでも扱って欲しいのかもしれないな。

 半ば近いものになりつつもあるけど。

 家族であれば、風呂に突撃しても興奮しないとかそんな屁理屈つけて入ってもいいんじゃね?

 ……俺の理性が抑えられる自信もなかったので、すぐにその考えは頓挫した。

 扉一枚隔てた先で女の子が生まれた姿のままでいるというのに俺は何をしてるんだか。


「はあ……」


 とりあえず俺にできることは廊下だから幾分か暑さがマシなところで冷たい床にゴロゴロするぐらいだった。

 もちろん扉の前は死守するぜ。


「香夜ちゃん。聞こえるか?」


 扉の外から返事を待つ。浴室まで声が届くだろうか。シャワーを浴びてるのなら聞こえないかもしれない。

 ……うん、浴室の扉の前までだ。香夜ちゃんはそこまでは許可してくれたんだから止められるいわれも文句を言われる筋合いもない。

 俺はできる限り磨りガラスの方を見ないように背を向けて、近くに座り込んだ。


「香夜ちゃん」


「え?先輩……。本当に来たんですか」


 聞こえたのか、少しくぐもった声だが香夜ちゃんの声が聞こえた。


「別にこれ以上は踏み込まねえよ。ただ、香夜ちゃん、シャワーからあがったらアイス食べるかなって」


「あ……はい。いただきます」


「そか。じゃあ、用意しとくからな。悪かったな」


「悪いことはないです。今、私は無防備です。何も隠せるものがないです。……期待はしてるんです。してしまえば、先輩は責任を取るしかなくなりますから」


「……香夜ちゃん。俺さ、香夜ちゃんのこと好きだよ。でもさ、だからこそ、今はまだ自分のことを大事にしてほしいんだ。下手なことをして、傷ついて、今の関係が崩れるのが俺は1番怖い」


「先輩は……臆病ですね。非力で自分が好きな人が何も来てない姿で扉一枚隔てた先にいるっていうのに。背中を向けたままなんですね」


「まだ、早いと思う。下手にくっついても、周りとギクシャクするのは目に見えてる」


「そうですか……先輩はいざという時に手が出せない不能でしたか。後輩がかいがいしくこうやって誘ってるのに興奮しないとは。変態紳士が聞いて呆れますね」


「あのねぇ。人を不能扱いするんじゃない。てか、どこでそんな知識得るんだ君は」


「女子は良くも悪くもそういう知識は男子より持ってたりするものです。まあ、えっちなゲームやってる先輩には負けると思いますが」


「そんなところで勝ちたくなかったよ。ただ、今は付き合ってないからそうしないだけだ。かといって、今、付き合うことにしようとかそういう話でもない。こんなところとかロマンのクソもあったもんじゃない」


「先輩は私の下着を見つけるなり被って興奮する人だと思ってましたが」


「俺の香夜ちゃんから見た像ってそんなんなの?」


 傷ついたよ俺。好きな子からそんな風に見られるとか。しかも、香夜ちゃんも俺のことが好きならそんな風に見えて悲しくならないのか。


「先輩は喋らなければ、スカした感じのイケメンですね」


 どちらにせよ、あまりいい評価ではない。なんか勘違いしてるやつみたいじゃない。


「クス。もしかしてずっと背中を向けたままなのは悟られたくないからですか?」


「ああ。正直、すげえ興奮はしてる。ドキドキしてる。好きな子が扉一枚隔てた先で、生まれたままの姿でシャワーを浴びてるってこのシチュエーションは本来付き合ってもいない俺たちが発生しうるイベントではないからな」


「……可愛い後輩に感謝するんですよ。今日は私の気まぐれでこんなことしてますが、本来ならボディシートでも使えばいいだけの話なのです」


「そうさな。俺はここで手を出せない臆病者だ。ただ大切だから傷つけたくないとか、言い訳をしてるだけなのかもな」


「なら……」


「先急ぐこともないさ。言った通り親父もいるし、恵だっていつ起きてくるか分からないしな。アイス、用意してくるよ。俺のお手製なんだぜ」


「……楽しみにしてます」


 随分と長く話してしまったが、俺の選択は間違っているのだろうか。

 間違っててもいいさ。俺は、褒められた人間じゃない。せめて、そういうところだけはキッチリ線引きしておかなければいけない。

 好意は受け入れる。

 答えも出す。

 話はそれからだ。

 シャワーの音が消えたと同時に俺は脱衣所から退出した。

 実は、話してる間も香夜ちゃんの下着を持っていたことは彼女には内緒である。背を向けて座っていたのも、見えないようにするためでもあった。

 最後までカッコつかねえけど、それが俺である。

 まあ、バレてるだろうけどな。分かってて、ああやって話を香夜ちゃんも引き伸ばしていたのかもしれない。

 こんなことでお礼になるかわからないが、俺の手作りアイスを食べてもらうことにしよう。



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