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4・ティラールの告白

「姉の結婚式の為にジョーレイに赴いた時、こいつが棒で叩きのめされている所を馬車の窓から見たんです。空腹で足がふらついて、思わず荷を取り落としたとかで。兄たちはただ物珍しげに笑いながら見ていましたが、私は、私と同じ位の年齢の子どもが大人にそんな扱いを受けている様子が衝撃的に感じられ、父に、助けてやって欲しいと願ったんです。父は厳しく、そう簡単に願いを聞いてくれる人ではありませんから、子ども心にもそれは勇気が要りました。でも幸い父は結婚式の後で機嫌が良く、それを許してくれ、こいつを私の小姓にと、奴隷商人から買い取ってくれたのです。そういう訳で、こいつは私に尽くしてくれるのです。私もこいつには本当に心を許せるんですよ。兄たちからは、宮廷での出世に興味を持たない私は馬鹿にされていますから、実のところ、本当の兄弟よりもずっと安心して話す事が出来る」

「まぁ、素敵な絆なんですわね!」

 自慢げに話すティラールに対し、フィリアはうっとりした様子で言う。ユーリンダも、

「素晴らしいわ」

 と相槌を打ち、

「子どもなのに奴隷だなんてひどい。同じ人間なのに、人を売ったり買ったりする事があるなんて、信じられないわ。ねえファル? 奴隷だったなんて言っても、この方は今はこうして同じ場所にいて、貴族の従者として立派に仕えてらっしゃるわ。全部の奴隷のひとたちにも、そういう機会さえあれば、ちゃんとした生活が出来る筈なのに」

 と少し憤慨したように言う。

「ああ……そうだな」

 だがファルシスは妹の言葉に短く返しただけで、質問への答えを終えて一歩下がった従者の方をじっと観察していた。浅黒い肌の若者の顔には、何の感情も浮かんでいない。しかし確かに、彼は運が良かったのだろう。南部諸島から連れて来られた奴隷のうち、特に幼い子どもや老人は、消耗品のように扱われて死んでしまう者も多いと聞く。この従者は才覚も飛び抜けたものを持っていたのだろう。何の学も与えられなかった奴隷の子が、急に解放されて貴族の従者を務めきれるとは、元々相当に頭が切れる子どもだったに違いない。

 それにしてもファルシスには、奴隷の子どもをひとり救ったと言って自慢げなティラールも、それに感動する妹やフィリアも、愚かに思えてならなかった。救ったと言っても、子どもだったティラールが己の力で救った訳ではなく、父バロック公におねだりしたというだけの話だ。宰相にとっては、機嫌が良かったので息子に小遣いを与えた程度の気持ちであっただろう。奴隷の子どもを哀れに思ったティラールの心映えは悪くはない。だが、それだけで満足していいのだろうか? 姫君たちに自己満足を交えて誇らしげに語るような話だろうか? ザハドという従者はティラールに感謝し、忠誠を誓っているのだろうが。

 奴隷制について以前から疑問を持って父と話し合った事もあるファルシスは、今ユーリンダが言ったように、いつか全ての奴隷が解放される日が来るべき、という考えを持っていた。実際に奴隷だった者を傍近くに置きながらも、ティラールはそのような視点からは考えないのだろうか?

「良いお話を聞かせて頂きました。それで、ザハド殿のご家族はどうしていらっしゃるのですか?」

 意地悪くファルシスはティラールに問うてみた。そこまで考えているのか確かめてみたかったのだ。だがティラールはただ、何故そんな事に興味を持つのだろうかというような意外そうな表情を浮かべて、

「ザハドの家族ですか? いや、それは、以前に一度、こいつが探したいと言うので探しに行かせましたが、結局消息はわからなかったのですよ」

 と答える。背後に立つザハドの表情は微塵も動かなかった。

「きっと、同じように誰かに救われている筈よ。ルルアのお導きがあればいつか再会できるわ」

 ユーリンダが能天気な事を言う。ユーリンダに微笑みかけられて、ザハドは、ありがとうございます、と頭を下げた。このやり取りにファルシスはまた苛立つ。バロック家に仕える者として探しに行ったのに見つからなかったのならば、その時点でザハドは家族の生存を諦めた事だろうに……。だがフィリアも横から同調して、その通りよ、などと言っている。急にファルシスは、こんな質問をしてザハドに悪かった、という気分になった。同時に、思慮の浅い妹の夫が、同じように視野の狭いティラールでは、ルーン家の為にならないだろうとも思った。


「ところで、フィリア姫とティラール殿が並んでいらっしゃると、美男美女でとても目の保養になりますよ」

 取りあえずティラールは善良な人間であるようには見える。だったら、幼馴染みのフィリアが彼に焦がれているのなら、その想いが叶えば何もかもうまくいくのではないかと思って、ファルシスはそんな言葉を口にした。フィリアは真っ赤になってそわそわし、

「何を仰るの、ファルシスったら!! 私なんか、ティラールさまと並んだら、ただの小娘にしか見えません」

 と謙遜する。

「そんな事ないわ、とてもお似合いよ」 

 と、フィリアの心を知ってか知らずか、ユーリンダも口添えする。フィリアはこれ以上なさそうな位嬉しそうな様子になった。ところがティラールは、

「何を仰いますか、フィリア姫は私などより、ファルシス殿との方が余程お似合いですぞ。美男美女、幼馴染みで気心も知れてらっしゃる間柄」

 と、やや憮然として切り返し、ついで、ユーリンダに向き直り、

「そしてユーリンダ姫と私ではいかがでしょうか?」

 と遂にはっきりと想いを口にした。

「まぁ……」

 喜んだのも一転、フィリアは泣きそうな顔になる。美しさではユーリンダには敵わないと昔から何度も自分で言っているし、客観的に見ても余程好みが偏っていない限り、事実である。ティラールのユーリンダに対する気持ちに今初めて気付いたらしく、みるみる青ざめていった。これにはファルシスも可哀相に思って、何か取りなしをと思ったが、それより先にユーリンダが口を切った。

「私は世間知らずの田舎者。宮廷で作法を身につけたフィリアの方が、お洒落なティラールさまには余程お似合いですわ」

 言葉は柔らかかったが、口調からは、親友を傷つけたティラールに対する怒りが滲み出ていた。フィリアの嘆きようとティラールの言葉で、ようやく彼女も状況を呑み込んだのだ。

「お怒りにならないで下さい。それにフィリア姫を傷つけてしまったのならば大変申し訳ありませんでした。フィリア姫は大変チャーミングで、今回王都へ来るまでに出会ったどんな女性よりも魅力的です。だから、光り輝くようなファルシス公子とお似合いでは、と申し上げたまでです」

 数々の女性との間に浮き名を流した男であるので、ティラールはこれしきの事では動じない。歯の浮くような台詞で堂々とフィリアを慰める。フィリアの顔に希望の光が走った。だがすぐにティラールは言った。

「ユーリンダ姫と出会わなければ、私はきっとあなたの虜になり、ファルシス殿に渡そうなどとは思わなかったでしょう。しかし、こういう事ははっきりしておかなければ、お互いの為にならない、と私は思うのです。どうかお許し下さい、フィリア姫。私をぶって下さっても構いません。しかし、ユーリンダ姫に出会った瞬間から、私の目には他の全ての女性は、フィリア姫程に魅力的な方であってさえ、霞んでしまったのです。ユーリンダ姫、あなたこそ私の女神……私の思いを受け入れて頂けませんか?」

 フィリアはわなわなと震えたが、

「何故私がティラール様をぶつなどと……? まぁ、勿論、ティラール様とユーリンダならばとても……とてもお似合いですわ」

 と涙声ながらしっかりと言った。ファルシスはフィリアを見直した。確かに、如何に誰が見てもティラールを慕っているのは明らかであっても、それを言葉にした訳ではないので、見苦しく泣いたりせずに今の言葉を放った事で、充分に彼女の矜持は保たれた。流石に宮廷で様々な事を見聞きしてきただけの事はあり、事実をすぐに受け入れ、頭を上げて涙が零れぬよう努力していた。

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