約束の行為と、それを崩す突発的な罅
この際、と彼女は思う。
(ここじゃない世界でやり直したいなぁ。)
ファンタジーでも、SFでも、何でもいい。現実逃避以外の何ものでもないが。
何処とも知らない違う世界に思いをはせる。
(平凡…、この一言で私は表せる…。)
学校の成績も普通。容姿もごく普通。目立って良くなく、目立って悪くない。
お人好しで、中学三年にしては少々童顔ではあるが、それを除けば他に特筆すべきものが無い。
音成流奏・十五歳・女。彼女は自分自身について悩んでいた。
(将来やりたいこと、かぁ…。)
高校入試前、中学三年なら嫌でも考える『自分の将来』。彼女は自分を変えたかった。
(でも、別に何かこれといったものがないなぁ。)
しかし彼女は未来の自分が想像できなかった。変わった自分はいったいどんな風なのか。
(好きなこと…)
教師に『自分の好きなことを仕事にするのもいいよ』と言われたが。
(…結局どれもこう、パッとしないんだよなぁ…。)
「よっ。」
「うわっ!?」
突然肩に手を置かれ、驚き立ち止まる流奏。
「可愛い顔がゆがんでるぞ。」
「あはは…。」
話しかけてきたのは、五年来の親友、日野萌だった。
昔から『お姉さん』を体現したような(どちらかと言えば『姐御』だが)頼りがいのある性格から、同級生や先輩後輩、さらに一部の教師からも『姉さん』とあだ名されている、流奏の一番の友人である。
長い黒髪と長身が、その性格をより強調する。
「どしたの?」
「う~ん、ちょっと考え事。」
二人は並んで歩き始めた。
「何の?」
「将来の。」
「ふぅん。でも進路は決めてたよね?」
「いや、何かパッとしなくてさ…。」
空を見上げる流奏。少し遅くまで学校に残って勉強していたので、空はもう暗かった。
「まぁ流奏ならすぐ見つかるでしょ、進む道なんて。」
風が吹く。髪がゆれる。マフラーもそれに合わせてはためく。吐いた息は白かった。
「…ちょっと寒いね。」
「もうすぐ十二月かぁ。中学もあと少しだ。」
「あっという間だったなぁ、中三。」
月明かりが照らす道は、どこか寂しく見える。
「分かる~。中二とかもっと長かったのにね。」
萌の口からも白い息が漏れる。彼女はマフラーをしていなかった。
「だよね。気づいたらもう冬。」
アハハ、と笑ってから、流奏は口をマフラーにうずめた。
「ねぇ、冬休みに入ったら一緒に遊ぼ?最後の思い出作り!」
一歩前に出た萌の頭上には、月が光っていた。流奏は立ち止まる。
「そうだね!ついでに勉強も。」
「うん!…いや、優先順位逆だろ。」
二人で笑った。白い息が漏れる。
「じゃあ約束!」
といって萌は、ブレザーのポケットに入っていた素の手を出して、小指を立てた。
「何の?」
「二人で遊ぶ!勉強する!それと、」
萌のもう片方の手はポケットに入ったまま。その立ち姿は格好が良く、彼女に良く似合う。
「高校行ってもずっと友達って!」
萌の言う約束は、破るつもりはないし、彼女はきっと破らない。それは月の光が証明する。
「…うん!」
流奏は後ろに組んでいた手袋の中の手を出した。二人は小指を絡める。
「これからもよろしくなっ。」
「こちらこそ。」
二人は微笑んだ。白い息は出なかった。
流奏は萌の顔を見ようとして、マフラーにうもっていた口を出し、顔を上げた。
その瞬間。
流奏の目に映ったのは、罅割れた、月と暗い夜の空だった。
「…え?」
罅は、すべての景色に広まった。
(約束…)
守れるのかな、と言おうとした口は、動かない。