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Ice Breaker  作者: 晴れた空
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fragment:3 善行と背徳の対話(中)

 「ドルフよ、王宮に参じてくれたと言う事は、私の願いを聞き入れてくれたと理解してよいのだな。」

 「陛下、此度の勅命ですが私への招集、いささか理解に苦しんでおります・・・。」

 満ち足りた笑みを零す法衣の男とは対照的に、跪く老騎士の顔は伏せられたまま、自身の足元を凝視し、深く溜め息を漏らす。

 「理解に苦しむとな。まあ良い・・・。お前とは久方ぶりの再開だ。ドルフよ少し私と語らわぬか。」

 「陛下が、この老体と語らうのを望むなら仰せのままに・・・。」

 広い空間に、毅然と立つ法衣の男が、その足元に忠誠を誓う姿勢で深く跪く老騎士に対し、この国の建国の歴史を両者の間に張りつめた空気と同じ重々しく語り始める。

 「我国ユークロニアは、建国以来この三千年で大陸の半分を占める領土にまで成長した。建国以前の大陸は、魔神や魔獣が闊歩し、精霊と幻獣が空を乱舞する人の生存領域は極少で、ただ狩られ捕食されるのみの存在だった。」

 「陛下、私も存じております。その頃の人は、自分たちの存在理由を見失い、我々をこの地に生み出した神を呪っていたと・・・。」

 「そうだ。人は創造主たちを常に呪い、その身を捕食者より潜め生きていた。我々ユークロニアの祖王が精霊と幻獣の王を狩るまでは・・・。非力な人が幻獣を狩る、しかも精霊と幻獣を統べる王を屠るなど、神の予想を超えた偉業を成したのだ。」

 「人が精霊と幻獣を統べる王を狩ったことで、創造主たちの創造した世界の理に想定外の波紋が生じ、人は火・土・水・風の『四大元素』より、それぞれの根源要素の源を引き出し具現化する原始魔法の能力を開花させたと聞いております。」

 そう話す老騎士が見上げる法衣の男は、掌を広げ小さく呟くと、掌に陽炎が揺らめき霧と成り、それが集まり小さな水球が現れる。水球は徐々に大きく成長し老騎士の顔を映す。

 「我々人は、原始魔法の恩恵を受け、自身の存在理由を確立し、ただ捕食されるだけの『モノ』から、国を作り文明を築き大陸の民へと成長し平和に暮らしだしたのだ。二千年前の魔獣を支配する魔神王の進軍までは・・・。」

 語る法衣の男の掌で、水球が揺れ内部に小さな気泡が充満し老騎士の像が歪むと同時に弾け湯気が生じ、湯気を掻き消すように炎が現れる。その光景に、老騎士は微動だにせず法衣の男の語るを待つ。

 法衣の男は炎を掌で握り、強く力を籠めたのち再度開けば、炎は消え細かな灰にも似た乾いた土が現れる。老騎士が見つめる中で、その土は、内部より生まれた竜巻によって跡形もなく消える。

 「魔神王の進軍は余りにも壮絶で、我々人は瞬時にその平和と文明を奪われ、魔獣の贄と成り下がり、この苦難を放置する創造主たちを再度呪った・・・。」

 「人を捕食する魔神王は、それに飽き足らず精霊と幻獣をも捕食せんとその魔手を伸ばし始めたのですな。」

 「そうだ。魔神王の進軍は精霊と幻獣をも脅かし、大陸全土へ進軍を開始する。そのさなか、人は精霊と幻獣へ過去の過ちである祖王の行為を詫び共に魔神王と闘う事を誓う。」

 「しかし、魔神王の脅威に屈すること幾度・・・。幻獣も人も満身創痍の現状に何も答えぬ創造主を、さらに呪うのでしたな。」

 「幻獣は創造主たちを呪うことで、その理性を失い魔獣へと堕ち、人は同じく創造主たちを呪う事で、憎悪に心を支配され魔人へと堕ちた。魔神王の狙いは、その呪いを大陸に蔓延させることで、己が統べる世界に変えることだったのだ。」

 落胆に近い表情で語る法衣の男に老騎士は、跪いたまま顔を上げ、壇上の玉座の上に掲げられた天に指さす女性と、その足元に剣を立て忠誠を誓い跪く騎士の紋様が刻まれた国の大旗を眺め語る。

 「全てが闇に堕ち行く中で、人の女性一人が創造主たちに救いを願うのでしたな。誰もが己だけを考える業の世で、唯一自我を願わぬ女性の献身的な思いが、人を拒絶する創造主たちの意志を人に向けさせたと。」

 「創造主たちは、人を救うために神しか持ち得ぬ光の力の一部を与えた。光の力を用いて、魔神王とその眷属を倒し人は平和と文明を取り戻し、また魔神王より闇の力の一部を奪い取ったのである。その光と闇の根源要素を、先の『四大元素』に合わせ『六大元素』とし今に続く魔法の能力を人は有したのだ。」

 法衣の男は、両の掌を開きまた小さく呟くと右手には優しい陽光にも似た光を放ち揺らめく球体を、左手には漆黒の靄が流動する球体を同時に生み出し始める。

 「我々人は、創造主たちの生み出した世界の構成要素を、その手に掌握し、民を平和に導いた人の女性は、創造主たちに導かれ理想郷へと招かれ、人は平和と文明を取り戻す。しかし、人が神と等しい理を得た事に創造主たちは一抹の不安を抱えていたのも事実である。」

 「我々人の栄華と安定の後、創造主たちの不安は的中するのでありましたな。」

 法衣の男は、両手の明暗の球体を少しずつ近づけ交わらす。光は闇を押しのけ波が岩を削るかの如く、その陰影を霞ませ、闇は形を変え蛇が獲物を飲み込むかの如く光を侵食する。お互いがお互いを干渉し流動する一つの球体を形成せんとする刹那、双方の存在が消滅した。

 「創造主たちは、自分たちの忌まわしい過去への戒めとして人を愚かな存在として生み出した。我々人を生み出す時、創造主たちは自身に似せて人を作り、創造主たちは自分たちの愚かさの象徴である『欲』という感情を人に写し与えたのだ。」

 「『欲』を捨て人に与えた神々は、完全な存在として成立し、人は『欲』という業に悩み生きることとなる。そんな人が、自分たちと同じ力を有する危惧は、創造主たちにとっては脅威と認識されたのでしたな。」

 「今から千五百年前、創造主たちが脅威と認識した人の中に、創造主たちの理を超越し神々さえも持ち得なかった『魔轟』の力を有する存在が出現する。『魔轟』とは、これまで与えられた『六大元素』を任意で増幅し具現化する魔法とは異なる力の源で、人に与えられた決して満たされぬ渇きに似た『欲』の業が根源要素となる。」

 老騎士は法衣の男を見据え、穏やかな口調とは対照的な考え深い表情で問いかける。

 「『欲する=願う=念う』など人は業深き存在ですからな。されど陛下、それが人の生まれながらの性にございます。」

 「『魔轟』の力は、有限な『六大元素』とは異なり、無尽蔵に生まれる強大な力。人の『欲』が無限なように『魔轟』の力を持つ者が欲すれば、力尽きるまで回転し続ける歯車のように『欲』が強ければ強いほど回転は加速し、『欲』の業が深ければ深いほど幾重にも連鎖し膨大に生成される変幻自在の多様性を持つ根源要素。」

 「その無限の力は創造主たちの力を凌駕しえていた・・・。それを自負した我々人は、その刃を愚かにも創造主たちに向けたのでしたな。」

 「『魔轟』の力を有したユークロニアの時の王と民たちは、数多の戦闘繰り返し、死した『モノ』たちの屍を積み上げ創造主たちの世界にたどり着くための塔を築き進軍した。そのさまは、先の魔神王の進軍の如き残酷で、身勝手な行為。」

 「その進軍に創造主たちは、早々に敗北を認め時の王に許しを請い、一人の女性を与えたのでしたな。」

 老騎士は再度、壇上の大国旗に視線を合わせ天に指さす女性を眺め法衣の男に語った。

 「そうだ、それが『神々に全てを与えられしモノ』魔神王とその眷属との戦いの中で、人々を救い理想郷に身を寄せた人の女性だった。創造主たちは、その女性に自分たちの持てる全ての『モノ』を与え時の王に差し出した、一つの理を王に添えて。」

 「私たちは、この者に全てを与えた。この者が存在する限り人は、恵まれ栄えるであろう。この者が導けば人は必ず理想郷にたどり着き、更なる繁栄と安らぎを与えられん。しかし、この者に人は決して憎しみを向けてはならない。また憎悪し恨み呪ってもならないこの理を破れば、人は全てを失い無に帰るだろうと・・・。」

 老騎士は、この国の王である法衣の男に対し忠誠を誓う騎士として鋼鉄に似た固く重い言葉で言い聞かせるように語った。

 「人は与えられた女性の恩恵により、加速度的に文明を発達させその栄光に時の王は喜んだ。王は女性に更なる英知と繁栄を願うが、女性は王に争う行為を止めなければ、これ以上の繁栄も理想郷への導きも無いと訴えた。」

 「王は民に女性の言葉を伝え、争いを禁じたが『欲』を持つ人が争いを止める事は無く、争いを禁じた王に対して怒りを向ける民や女性を王から奪おうと企む民が現れ出したのでしたな。」

 「王は自身に向けられた民の刃に屈することなく、争いを無くす争いにその身を投じ、自身の精神は人で有るが故に同じ人である民との争いに疲弊していく。そんな負の連鎖が続く時の流れが、王の心をさらに蝕み、いつしか拭うことも抑えることも出来ぬ怒りの衝動を神々より与えられた女性に向けてしまう。」

 「それが、創造主たちが人を脅威と認識し滅亡させるために『欲』の業に仕掛けた、人が必ず破るで有ろう禁に籠めた禍だったのですな。」

 老騎士は、悲しげな物言いで人の性が招いた行為を法衣の男を見つめて語った。

 「王は創造主たちとの禁を破り、自身の衝動のままに女性を罵倒し、それでも願に答えぬ女性に対し激高し、無残にも女性の胸に己が大剣を突き立ててしまった。大剣を穿たれた女性の胸元からは、鮮血ではなく創造主たちが女性に与えた様々な禍が漆黒の靄となって放出され人の世を包み込み始め、人の持つ『欲』に反応し、その場で絶叫し死に絶える者、隣人同士で殺し合う者、魔法や魔轟の力が消え去り抜け殻のように彷徨いだす者・・・。漆黒の靄が雲となって世界を覆い始めた・・・。」

 「女性は、禍の靄が放たれるのを止めようと必死で、自身の胸を両手で押さえ込み、人の世を消さぬよう、『欲』の業に縛られず争わぬ人の存在と、他者の為にその身を投じる人がまだ居ることを、そして人には可能性が有ることを、涙ながらに創造主たちに訴えたのでしたな。」

 「女性の訴えに創造主たちは何も語らず、女性に対し今の願いを捨てるならばもう一度、自分たちの元へ帰ることを問う。しかし女性は、自身の安息よりも人を救うことを創造主たちに懇願し続ける。」

 「このままでは、この尊い女性の存在が消えてしまうのを嘆いた創造主の一人が、女性に対しある決断を迫ったのでしたな。そこまで自己犠牲を厭わぬなら、この禍に満ちた世で全ての業を己が一人で背負い、それでも尚、お前が信じる人の可能性を我らに示せと。『欲』に駆られぬ人国の王とその民を、我らが理想郷に導けと・・・。」

 「女性は薄れゆく意識の中で迷わず誓った。それと同時に女性の人を思う心と自己犠牲の念は凍りつき、自身から放出される禍の靄が女性を包み込んだ。民の大半が死に絶え、生き残った人が持ち得ていた魔法の力もその殆どが消え去り、魔轟の力に関してはその認識と存在が消滅した。」

 「女性を包む靄は、傲慢さや狡猾さなど、『欲』より派生する業の戒めを罰として女性のその身に刻み付け、女性を少女に変容させてかつ、成長と云う時の流れの理を止たのでしたな。」

 「罰を受け少女となった女性が意識を取り戻し、人の前から姿を消したのと同時に、少女と人は創造主たちに様々なものを奪われ救われた。それから千五百年余り我々人は、魔法を使える者と使えぬ者に分けられ、そして過去に魔轟の理が有ったとの事実を知るまでになり、今の繁栄を確立して生きている。それが今の私が統べるこの国ユークロニアの歴史だ・・・。」

 『欲』という人の業に血塗られた、悠久のおとぎ話を法衣の男とそれに従う老騎士は互いの立場に準え、それぞれの思いを胸に秘め語り合った。王宮の間に差し込む光が語らいの中で傾き始め今では、両者の顔に影を作るまでに時を使って・・・。

 しかし、法衣の男が老騎士に願う思いは未だ直接語られず老騎士は、お互いに語らうこの国の歴史の断片から、その願の真意を確信するも自らの心の内を未だ見せず。法衣の男の伸びる影が、傍らに跪く老騎士を飲み込むように、鋼の心をゆっくりと不安が侵食する。

此れから問われるであろう、この国の若き王が自身に忠誠を誓った信頼しうる老騎士の過去に犯した大罪を・・・。


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