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Ice Breaker  作者: 晴れた空
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プロローグ

 廃墟と化した都市の残骸が、落陽に照らされ骸の様に地表を覆い尽くす中心に異形の巨人の影が、それぞれの鼓動を見据えて対峙し影を伸ばす。 隻腕の巨人は、残された腕を逆光で鈍色にくすむ胸部外装甲の前でゆっくりと赤銅色を放ちながら固く拳を握り始める。

 「アゼルもうやめろ!!。お願いだから・・・・もう・・・。」

 慟哭寸前の叫びにも似た願を、全身を小刻みに震わせ声帯から絞り出す少女の姿は、ノイズ交じりの立体投影体として、隻腕の巨人を操る満身創痍の青年の眼前に写し出される。

 「きみに・・・。君に涙は似合わなぃ・・・。」

 ノイズに歪む少女の頬へ青年はゆっくりと手を伸ばし、苦痛に歪む表情を堪え微かな笑みを浮かべ愛しむように語りかける。立体投影体の少女越し、幾重にも亀裂が生じた眼前のモニターには、漆黒のビロードのような被膜から隻腕の巨人に向け掌を大きく広げ見下すかの様に立ちはだかる醜悪な巨人の姿が映し出されている。

 「茶番は終わりか。愛など所詮は愚行に過ぎぬ。人は孤独、人は個々で有るが故に強者で有り続けるのだ!!。誰かのために・・・否!!。弱者を守りたいから・・・否!!。愛すべき人のため・・・否!!。」

 漆黒の巨人の開かれた鉤爪のごとき掌が隻腕の巨人の頭部を鷲掴み鈍い鋼の摩擦音を響かせながらゆっくりと力なき隻腕の巨体を持ち上げる。その刹那、少女の悲鳴と共に、傷ついた青年の目と耳には生命維持を警告する無機質なシグナルと音声がこだまする。

 「ナミさん貴女は僕に言いましたよね・・・」

 青年は握るレバーの拳に力を籠め朦朧とした意識の中、走馬灯のように少女と出会った日の事を軋み揺れる機体の中で語り出す。

 「初めて貴女と出会った日、ナミさんは僕に手を差し伸べて、こう言ってくれたんです・・・。覚えていますか、ナミさん・・・。」

 ノイズ交じりの少女は、譫言めいた青年の場違いな言動に困惑しながらも、冷静に二人が死の危機に直面した現状を青年に問う。

 「アゼル、もういい・・・何も言うな!!。お前を、選んだ私が愚か者だったんだ・・・。あの時、お前を選ばなければ・・・。お前を選んでさえ居なければ・・・。」

 少女は、自身の過去の選択に悲嘆し憎悪し、嗚咽しながら苦悶の表情で青年への謝罪と自身への背徳に心を引き裂かれんばかりに泣き叫ぶ。

 「《デバースト値急上昇!!。臨界点到達あと三〇カタストロフィー。》」

 少女の慟哭に共鳴するように破局警告が響き渡り、醜悪な巨人に掴まれ項垂れた隻腕の巨人全体から無数の細かな光の粒子が浮遊しその巨像の輪郭が薄れ始める。

 「ナミさん・・・。僕は嬉しかったんですよ・・・。不器用で、何の取り得もない僕を・・・。こんな僕を・・・。貴女が必要としてくれたってね・・・。」

 「《臨界点到達まで二〇カタストロフィー。》」

 投影体の少女はいまだ慟哭の中、空を両の拳で叩きながら嗚咽し青年の言葉も耳には届かず自責の渦の中を彷徨う。

 「もう一度、あの時のように・・・。僕に勇気を与えてくださいよ・・・。」

 「《デバースト臨界点まで一〇カタストロフィー。》」

 隻腕の巨人の陰影は青年の発する言葉のごとく掠れ、微かにその傷ついた巨体を維持する中、取り巻く無数の光の粒子は少女の慟哭の涙と青年の少女に対する思いの欠片の様に弱々しく宙に溶けて行く。

 「もう限界の様ですね。誰かのために生きるなど愚の骨頂!!。個々の力の限界を、他者を愛するなどという不確定な妄想で凌駕しようなど弱者のエゴだとなぜ気づかぬ。」

 漆黒の拳に握られた隻腕の巨人の頭部を、激情的に揺さぶり薄れゆく輪郭を天高く持ち上げる醜悪な巨人。

 「《生命維持限界!!。デバースト臨界点まで残り九・・・八・・・七・・・六カタストロフィー。》」

 青年の命の火が断たれようとするシグナルに投影体の少女は我に返り、青年の口にする弱々しい言葉に耳を貸し始める。

 「私は、もう二度と誰かを失うのは嫌じゃ・・・。独りになるのは嫌じゃ・・・。」

 少女は、俯き大粒の涙を膝に落としながら、力なく息をする青年に向かって、その切ない感情を、空を打つ拳と共に語る。

 「ナミさん・・・。貴女が求めるなら・・・。ボクは・・・。僕は、貴女の剣になる!!。」

 青年は全身に力を籠め、警告音が鳴り響く操縦席で体を起こし投影体の少女を優しい眼差しで眺め力強く語りかける。その言葉に、少女は顔を上げ青年の瞳を凝視し、涙交じりにも必死に高飛車な作り笑いを浮かべ、両の手を大きく広げ青年を包み込むような仕草で警告シグナルを掻き消さんばかりの強い意志と愛しむ心の叫びを発する。


 「アゼル!!。お前が真の漢なら・・・。私を萌えさせろ!!」


 投影体の少女が叫ぶのと同時に、少女の体は眩いばかりに桜花のごとく輝き、その言葉に、青年は身を起こし拳の中のレバーを握り力強く声に成らぬ叫びと共に打ち出す。隻腕の巨人は二人に呼応するように無数の粒子を跳ね除けその輪郭をはっきりと落陽の空に表す。頭部を握る醜悪な鉤爪の腕に残された腕を伸ばし漆黒の巨人の手首を隻腕の巨人が赤銅色から紅蓮へと変化する拳で握る。

 「《デバースト回避!!。スプラウト値急上昇!!。》」

 少女の桜花の煌めきは、青年をゆっくりと包み込み、隻腕の巨人の胸部装甲から巨体全体へと広がり始る。

 「愚かな!!。まだ、歯向かうか!!」

 漆黒の巨人はビロードの被膜をなびかせ、隻腕の巨人の頭部に力を籠める。桜花の煌めきに包まれた隻腕の巨人は、そのきらめきを徐々に紅蓮の業火にも似た体色へと、その装甲を変化させ始める。

 「僕の思いは、こんなもんじゃない!!。ナミさんへの思いは・・・。こんなもんじゃないんだぁぁぁぁぁぁ!!」

 青年の心の叫びと共に、少女の体は隻腕の巨人と同じく紅蓮の業火を放ち宙に浮遊し、その身を大きく仰け反らせる。その刹那、隻腕の巨人の頭部を掴む漆黒の巨人の拳と紅蓮と化した拳に握られた手首が水飴のように融解し始める。

 「《共感反応臨界点到達。スプラウト値計測限界突破!!。》」

 操縦席の青年に向けて、けたたましく機械的なシグナルが発せられる。青年は少女に呼応し、自身の思いを言葉と共に力強く幾度も激しく、その拳に重ねて突き出す。同じく隻腕の巨人の腕が漆黒の巨人の被膜を破り垣間見えた胸部装甲へと穿たれる。

 「もっと強く、もっと激しく・・・。壊れるくらいに・・・。お前の思いを私に注ぎ込めアゼル!!」

 投影体の少女は体を小刻みに震わせ声に成らない声で青年の熱い念にも似た思いを感じ取る。紅蓮の巨人は穿つ拳の反動で後方に跳ね退き、眼前の宙を舞う黒き巨体に追い打ちを放つため背面装甲より業火を放ちその脚部動力機関を収縮させ次の一手に備える。

 「なぜだ!!。馬鹿げているにも程がある・・・。」

 苦悶の表情に歪み白銀の髪を乱れさせた漆黒の巨人の操縦者が、慣性に導かれ浮遊する巨体を静止させるべく身を起こし叫ぶ。

 「この世で、僕が欲する存在は君だけだ!!。そして、僕だけが君を守り徹せる!!。」

 紅蓮の巨人は、対峙する醜い巨体に向けて駆け出し、落陽に照らされた残骸を跳ね上げながら、その身を大きく捻り拳を固く宙を舞う。

 「《感応数値限界点突破。感応爆縮炉起動!!起動!!起動!!。》」

 アゼルと呼ばれる青年の鼓動と至福の笑みを浮かべ震える少女、そして紅蓮の業火を纏い跳躍する巨人の鼓動がシンクロする。アゼルの駆る巨人の体内で三者の鼓動が共鳴するのと同じく巨人の制御を司る少女とは別の機械的な音声が終焉のシグナルを発する。


 「《バースト・ラバーズ!!。》」


 紅蓮の巨人がその拳を、接近する黒き憎悪へ突き出す刻、獄炎の主たる咆哮にも似た幻影を纏い幾度も、その矛先にて漆黒の巨体を打ち据える。

 「バッ・・・。馬鹿な・・・。片腕だけの機体で何が出来るというのだ!!。力押しの愚者の小細工など無意味だ!!」

 白銀の髪の男が駆る漆黒の巨人は、その両腕で紅蓮の巨人が放つ無数の積熱火の拳を受け流す。

 「貫き萌やせ、この念い!!」

 青年と少女が同時に心の叫びを発する時、紅蓮の巨人は自身の無数の亀裂の入る装甲から、その破片を、舞い飛ぶ火の粉のように幾重にもまき散らしながら、漆黒の巨人へと互いの思いの拳を穿ち続ける。それは、少女と青年がこれまで共に過ごした旅の軌跡の断片のように・・・。


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