ギロチン王女
とある授業で、断頭台はとても優しい処刑だ、と聞いたので書いてみました。
トンカンコロコロ。
トンカンコロコロ。
ギンギラギラリン。
ガタガクブルブル。
ご覧よ、ご覧。
コロコロコロコロ落ちてった。
世界は広い。どこで何が起こるのか分からないくらいに。
そう、たとえば私が会社から社会的に抹殺されるだけでなく、自殺に見せかけられて殺害されて、気がついたら目の前に知らない人たちがいるようなことがあるくらい広い。
転生という言葉がある。インドにおいて苦痛とされるアレであり、中国において楽しみとされるアレだ。ネットの世界ではよく異世界転生という内容があるアレでのある。
結論を言うと私はその中の内、異世界転生というものをしてしまったらしい。もちろん私の意思で行ったものではない。そもそも個人の意思で転生とやらができるのかどうかも分からない。分からないから私の意思ではないことは確かだ。
生まれてこのかた、チクリ魔チクリ魔と言われ続けて、高校時代には面白くないと評価された私が転生してしまう。世も末ではないだろうか。もっと素晴らしい人材がいたのではないかと思ってしまう。何が面白いのか分からないようなネタでテレビに出ている方々に代わってもらった方がいいと考える。
私が前世などというものを思い出したのは七歳になってからだ。それまでは良くも悪くも子供らしく生きてきていたのだが、突然何の前触れもなく前世を思い出してしまったのだから、その日から今までのように子供らしく過ごすことはできなくなった。私は演技のできる人間じゃないのだ。
幸いなことに私の両親は子供の急な変化を背伸びしたい年頃とした見ていないかった。観察眼のない親である。
前世の記憶を思い出したのとほぼ時を同じくして、私はおかしなものが見えるようになった。目がおかしくなったとも言ってもいい。他人を見ると変なもやもやしたものが見えるようになった。しかも人によって赤、青、黄色と色が違う。形容し難いが、何となくこれがスピリチュアルな世界で言うところのオーラなのではないかと考えた。三色しか見れないのは手狭だけど。今世の私は生活するうえで全く必要のない霊感を持ち合わせているようだ。本当に要らない。
だけど、もしもこれが目の病気、もしくは脳の病気だと悪いので家に滞在している眠りの魔女に見てもらうことにした。
家に魔女がいる。最初はおかしな話だと思っていたが、私の家がこの世界でかなり大きい部類にはいる王国の王家だと知ってからは、魔女の一人や二人抱えているものかと思考を停止させた。世界を早く受け入れたければ余計に考えることをしなければいいのだ。思考するのは世界を受け入れきった後ですればいい。
目のことを魔女に聞いてみれば、嬉しそうにそれは神に祝福だと言われた。
この世界には何百もの神がいるらしい。八百万の神みたいに色々な事象をつかさどる神が存在し、時たま気に入った人間に祝福をもたらすそうだ。その祝福を受けた人間は祝福を与えた神に関係のある力を発現するらしく、私の他人のオーラが見えるというのも祝福によって発現した力だ。
魔女が言うには、私の力は繁栄の神の力らしい。
何で分かるのだろうか。と、思ったけれど、考えてみれば私の居る国は繁栄の神が降り立った地とされていたんだ。すっかり忘れていた。
繁栄の神の力とは何だ? 繁栄といってもいまいちピンとこない。
力の内容まで分かるかと魔女に聞いてみると、どうやら私の目は私の所属している国に繁栄をもたらす
人物か、衰退をもたらす人物か、もしくはどっちももたらさない人物かが分かるようだ。青が繁栄、赤が衰退、黄色が停滞を意味するとのこと。
なるほど。ではこの魔女はどちらに属する人間だろうか? ああ、魔女は黄色だ。
魔女から目について教えてもらった後にすれ違う人々や私に声をかけてくる人たちを見ると、何ともこの城には衰退を意味する赤いオーラを纏った人間が多いこと多いこと。私の父は全く人を見る目がない。このままでは私が成人するまでの間に王国は滅亡してしまうのではないか。だとしたらマズい。
前世でチクリ魔と呼ばれ、社員の不正を暴きより一層素晴らしい会社にしようと躍起になっていた私にこの祝福は相性が良いかもしれない。この国の赤色を取り除いて繁栄の国に変えてみよう。
その為にまずは勉強だ。
この世界は中世のヨーロッパのようなところだ。冷蔵庫やテレビなんてないし、外を走っているのは車じゃなくて馬やそれに引かれた馬車くらいだ。正直、文明の利器に囲まれたあの世界が恋しく思う。戻れたらいいなと思うけれど、あの世界では既に私は死んでいるし、今の姿で戻ったら戻ったできっと大変だ。こっちの世界に骨を埋めるしかないと思っていたが、十六になるころにはこっちの世界に順応して郷愁の想いもなくなっている。
十六にもなっていれば王族の一員として国の運営に多少口を出せるようになった。
なので私はまず、赤色のオーラを纏っている家来たちを排除していった。赤色だけあって彼らは不正を働いていた。だから罪を暴いて処刑してやった。膿は取り除く必要がある。
処刑をするにあたって少しだけ心が痛む。この国の処刑があまりにも残酷だからだ。
火あぶりの刑と、釘が内側に飛び出した樽の中に罪人を入れて坂で転がす処刑だ。苦痛を与え続けながら殺す処刑。悲鳴をあげながら死んでいく者に、罪人ではあるが多少の同情をしてしまった。
罪人と言えどあのような処刑はよくない。どうするべきかと頭を抱えていると、ふと大学時代に講義で断頭台の話をしていたのを思い出した。おかしなものを覚えていたものだが。
断頭台の話をした教授は「あの時代、断頭台ほど優しい処刑はない」と言っていた。
あのころは分からなかったが、今なら分かる。断頭台は優しい処刑だ。ギロチンで首を落として終わり。苦痛を与え続けることのない一発で命を絶つだけのシンプルさと、あの大がかりな見た目がいい。あんな御大層なものを目にすれば国民はスカッとした気持ちになって処刑内容に異議申し立てはしないだろう。
うん、決めた。ギロチンを作ろう。作ってしまおう。
幸いなことに城内には十六の小娘に忠誠を誓ってくれている者たちがいる。オーラの色は青か黄色だから安心できる。
ギロチンの製作はとても簡単だった。首を固定する拘束台と、固定した首を切り落とす巨大な刃を作っておしまい。丸太を人の首に見立てて一週間試験運用をしたが不備はない。完成した。
さっそく、赤色のオーラを纏った人物を使って民衆の反応を見てみることにした。実験台は国の金を横領していた文官だ。許しがたい罪だ。
不正を暴いて断頭台に連れていき首を固定してから、死刑執行人が声高々に罪状を読み上げる。民衆は狂ったように歓声をあげている。
私は高いところにいて死刑執行人に対し手を軽く挙げることで合図をする。処刑を執行せよ、と。
死刑執行人は私からのGOサインを受けて、巨大な刃を吊し上げているロープに斧を振り下ろす。斧がロープを切断すれば巨大な刃が鈍い音を響かせながら落下し、罪人の首を一気にぶった切った。胴体とお別れしてしまった哀れな首はゴトンと地面を転がった。
民衆にとって処刑は一種のエンターテイメントのようだ。日頃の鬱憤を晴らす貴重な瞬間であり、多くの者は罪人がどんな罪を犯して処刑されるかなんて興味がない。ただ偉い人が処刑されることに興奮しているだけだ。
熱狂する国民を見下ろして、私はこの処刑が国民にも受け入れられたことを悟って笑みを浮かべた。私の護衛をしている男が「美しい笑顔です」なんて言ってきたけど何とも思わなかった。
二十歳になるまでに、私は国の繁栄を妨げる膿でしかない赤色のオーラを持つ家来たちを次々ギロチンにかけていった。おかげでずいぶんと城内は綺麗になっていったと言ってもいい。私の王国もずいぶんと成長して強力な大国へとなった。これは喜ばしい。
同時に悲しいこともある。私にあだ名がついてしまったのだ。
ギロチンで何人も何人も何人も処刑してきたことで、民衆の間で私はギロチン王女と呼ばれてしまっているようだ。冷酷無比な首狩りの姫、逆らう者は首を落とされ打ち捨てられる。そんなキャッチコピーまで作られてしまった。
首を落としまくっているのは事実なので諦めるより他ない。だけど弁解させてもらうならば、私は決して快楽で首を落としているのではない。私はこの国の繁栄を想い、それを脅かす膿を断ち切っていっているだけなのだ。これは国民の為でもある。国が豊かになれば国民も豊かになるのだから。
「罪人の名前はアタノノーシア・カルヴィンリッテ」
そうだ。私はただ国の繁栄を想って行動してきただけだ。前世でしてきたように。
「罪人は王女という立場を利用して多くの人間をギロチンの刑にかけてきた」
彼らは全員不正を働いた不届き者だ。
「そして今度は西の山で暴れていた竜を退治した英雄を理由なく処刑しようとした」
私は神に与えられた祝福を使っていただけだ。そして、その祝福が警告を発したのだ。その英雄は国を滅ぼす引き金になると。
「これより処刑を開始する」
神よ神よ神よ神よカミよかみヨカみヨかミヨ神様よ。志半ばで死に逝く私をお許しください。祝福を与えられてもらいながら私はこの国をよりよく繁栄させることができません。せめて、せめてものお願いです。神様、私がいなくなってもこの国が――。
トンカンコロコロ。
トンカンコロコロ。
ギンギラギラリン。
ガタガクブルブル。
ご覧よ、ご覧。
ギロチン王女の首がコロコロコロコロ落ちてった。