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薄明の代行者とは何ぞやという話

 ルクレイシア帝国北西部、高々とそびえる山脈の麓にある美しい湖の畔にある『エムレルク』という街に、私は住んでいる。


 私をこの世界に転生させた薄明の化身が末席に名を連ねる『天空の評議会』が信仰されている国家『ルクレイシア帝国』は大陸の東端に位置し、西側を巨大な山脈で区切られた国家である。俗に大陸の屋根などと呼ばれる山脈のお陰で、外部から攻め込まれる事も無ければこちらから攻め込む事も無いため、平和な日々を我々一般市民は享受している。私がこの地に降り立ってすぐの頃には「戦争をしないで何が帝国か」と考えた事があるが、元々はこの海と山脈に囲まれた大陸の三分の一くらいの地域一帯は小国が乱立する戦国時代であったらしい。そしてそれらの国々を一つにまとめ上げたルクレイシアがその功績を元に帝国を名乗った、という経緯だ。世界ではなく地方を統一する為の屋号として、皇帝を名乗り帝国として乱世を終焉に導いた。なんともこじんまりとしていて、個人的には非常に好ましい歴史である。


 更に言えば、この初代皇帝とその七人の配下こそが、私と同じ『円卓の代行者』であったという点もまた好ましいのである。


 なお、いちいち『天空の評議会』という名を使うと面倒で仕方ないので、今後は『円卓』で済ますので御了承頂きたい。化身様に対して何たる無礼な、と思われる方も居るかもしれないが、私はその化身様から代行者となるべく新たな肉体を頂きこの地に降り立った存在であることを留意して頂きたい。これからも円卓に座する化身達に対し失礼千万な発言文面が多々あるが、これは言わば父親に対して毒づくような物である。長く緩やかな反抗期が延々と続いており、内心では感謝と敬意を抱いてはいるがそれを素直に表現するのは何ともむず痒いのである。話が逸れた。円卓の化身達は元々は空の変化、天候や気候を擬人化し、物語化された存在だった。その歴史は帝国設立よりずっと古い。言霊が力を持つだとか、大事に使った物は長い年月を経た後に魂が宿るとか言われているが、円卓の化身達はまさにそれを体現してみせたのである。


 さて、彼らは神であるが最後の審判を与えるでもなければ、人の罪を許す訳ではない。元を辿れば気象現象、即ち自然そのものだ。彼らは空から人々を見守り、時に助け、時に試練を与え、そして掴めそうで掴めぬ距離で寄り添い続ける。人間が翼を持たぬ身である以上、空への憧れと畏敬を持つのは実に当たり前の事なのかもしれない。


 円卓を崇拝する物たちが神と同じように畏敬の念を向ける者がある。一つは我々代行者――ではあるが、外見からは全く分からないの上に、証明する物も無い。左手に意味深な紋章が浮かぶ訳でもなければ、一目でそれとわかるような立派な装束を着用している訳でもない。精々、神より与えられし秘術(魔術とは異なる。秘術は神から借り受けた力であり、魔術は魔素・魔石を燃料としたものである)が他の神官・崇拝者に使えない術を使える程度だ。魔術師が言う所の、上位魔術という奴である。尤も、これが使えたところでそれを上位秘術であると判断できる者が居なければ、それを以て我こそは代行者であると宣言した所で自称に過ぎぬ。私自身もこのエムレルクに移り住んで数年が経つが、私が薄明の代行であると知っているのは他ならぬ別の代行者達だけである。


 故に、街の人々にとって私は『薄明の化身様の信者。墓守神官の偏屈エルフ、トワ・ウォルカ』という認識である。


 トワ・ウォルカという名前は恥ずかしながら己で決めた名だ。薄明とは黄昏とほぼ同異義語であり、黄昏を私が生前暮らしていた世界における最も広まった言語で読むと「トワイライト」となる。なので其処から頭二文字を名前として拝借した形である。家名は不要かと思ったが、薄明の地にて他ならぬ化身様に「神官として生きる事になるのだから家名は必要だ」と言われ、仕方なく生前の私自身の名前を例の最も広まった言語に変換し、わざと妙な読み方にしたのを家名とした。妙な読み方にしなければ、どうしても転生する前の別次元の世界での暮らしを思い出し、微妙な気分になってしまうからだ。どうでも良い話ではあるが、私のかつての名前を変換し、正しい読み方をすると、旅の情報を記した書物もしくは蒸留酒の銘柄と同じになる。


 閑話休題。薄明の化身とは冥府と輪廻を司る神である。故に、薄明の化身に使える神官の仕事は自然と死に近しいものとなる。端的に行ってしまえば、葬儀と埋葬だ。薄明の秘術には魂を失った肉体を浄化し、大量のきめ細かい結晶の粒子へと変化させる術がある。丁寧に言うと分かり辛いので無神経な説明をするとしよう。要は死体を砂にする秘術である。魂は冥府へと送られ、肉体は砂へと変わり、劣化を防ぐ魔術の掛かった壺へと移されて埋葬される。あるいは小瓶に詰めて自宅の祭壇で弔ったり、木の根元に埋めて大地に還す事で肉体の輪廻を促す場合もある。埋葬があるという事は、即ち墓もあるという事になる。それを管理するのは基本的には遺族だが、隠居生活でもなければ定期的に墓の世話をするのは難しい。故に、私の様な薄明の信奉者の神官が墓を管理するのである。(私が住む礼拝堂の裏手が墓になっているので物理的な距離として任されている面も当然ある)


 これで私が「墓守神官」などと言う端的かつ的確な肩書を持つに至った説明は済んだ。問題はその次である。そう、「偏屈エルフ」の部分だ。これは大問題である。私の様な清廉潔白・公明正大を極めて写実的に描いたと言っても過言ではない私の様な人物が偏屈などと流言飛語も甚だしい。全くもって嘆かわしい事である――そのように街の酒場の主に溢したところ、ぐうの音も出ない程に説得力溢れる返答をされたのでここに記しておく。


「そりゃあ仕方ねぇよ神官様。だって、今のセリフだって『そんな事は無い、私は素直な人物だ』って言えば済むのを、わざわざ面倒くさく言葉捏ね繰り回してるじゃねぇですか。そういう所が偏屈だって言うんですよ」


 流石に観光地として有名なエムレルクで酒場を何十年と構える人物である。どうやら私は彼の人間観察能力の前に完全なる敗北を喫したようであった。しかし、生前の私の年齢とこの世界に降り立ってからの年数を足しても、主の半分にも満たないのだ。年の功には勝てぬ。


 渋々ではあるが偏屈を認める事にして敗北宣言をもう少々書きなぐって不貞寝でもしてやろうかと思っていたが、エルフと呼ばれる点に関してまだ一文字も記していないのに気がついたので、不貞寝は後に回す事にする。私が薄明の化身より代行者としての任を受け、この地に降り立ったのはおよそ十年ほど前の出来事だ。他の化身達の代行者は、最初からこの世界の住人として、母親の胎から生まれてくるのだが、私の場合は少々毛色が違う。冥府と輪廻、即ち“死”と“死後”を司る薄明の化身からすれば、地に生きる人々の命・魂に関与することは重大な禁忌である。故に、薄明の代行者である私は、赤子として生を受ける事が不可能だったのだ。その為、調和と流転を司る『彩雲の化身』の協力を受け、人間に限りなく近い仮初の体を造ってもらい、そこに私の魂を吹き込んだのである。彩雲の化身は「材料は魔力を帯びた雲だ。なに、それこそ我ら円卓の化身か、その代行者でなければ身抜けぬ程の出来だ。薄明の代行者の為の肉体は数百年ぶりに造ったが、今回もなかなかの出来栄えだと思っている」などと言って得意げな顔をしていた。流石は職人・画家の崇拝を集める彩雲の化身と言えよう。


 私の体がごく一般的な生き物のそれではない事は御理解頂けたと勝手に判断させてもらう。では何故エルフなのか。それはエルフが魔素の濃い森に住む“長命種族”である事が理由だ。この肉体は老いるという事が無いため、長命種族の外見をしていれば老けこまない事が不自然ではなくなるという理由らしい。結果として、それなりに整った顔立ちになったのは思わぬ副作用ではあるが、一般的な人間の女性とは生きる時間が文字通り桁違いである挙句、平時において葬儀と埋葬と墓守が主な仕事となっている薄明の化身の神官は聖職者としての尊敬は多少なりとも受けるものの、交際相手としては敬遠されがちであるので、折角の顔立ちも宝の持ち腐れとなっているのだ。おまけにエルフが森ではなく街に居るという点も足かせになっている。森を出て生活をしているのエルフは極めて例外的な存在であり、災害などの何かしらの理由で森で生きる事が難しくなったか、人攫い(この場合はエルフ攫い)などの理由で帰れなくなってしまったか、あるいはそのエルフ本人がとんでもない偏屈者であるか、といったところだ。


 驚いた事に、私が偏屈と呼ばれる理由に更なる裏付けが出てしまった。しかも自分で認めてしまった様なものである。これはもう本格的に不貞寝でもせねば収まらぬ。これから墓地の草刈りでもするかと思っていたが、明日に回す事にしよう。幸いにして世は平穏。医者と兵士と葬儀屋が暇をしているのはむしろ善き事なのである。




 何か書き忘れている気がして読み返すと、代行者の他に“化身達と同様の崇拝を受けるもの”の記述を全くしていなかったので付け加えておく。それは“鳥”である。翼を持ち、空を飛ぶ――即ち、神に近しい所に棲むものであるが故に、鳥は聖なる動物という扱いとなっている。更に言えば、『円卓』の化身達それぞれの紋章は鳥が描かれている。ちなみに、薄明の化身の紋章に描かれているのはカラスだ。例え次元を超えた別世界であろうと、カラスが夜明け前と黄昏時に鳴く鳥であるという認識は変わらぬようであった。

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