そもそもの切っ掛けは別次元での事
一つ聞きたいのだが、あなた達は「死ぬ時は苦しまず自覚のないまま死にたい。出来れば眠っている最中に、自分が気付かぬうちに死ねたら最高だ」などと考えた事はあるだろうか。恥ずかしながら私自身はそのように事を考えていた。大怪我で激痛を一身に受けるのも、末期の病で体が衰弱していくのも、想像しただけで恐ろしい。むしろその恐ろしさで死んでしまうのではないかと思うくらいだ。尤も日常生活においてそのような事を考える意味などなく、私とて夜に布団へと潜り込めば朝になると目覚めるように、眠れば起きるのが至極当たり前の事だと信じて疑っていない。
なので帰りの電車でひと眠りしたところそのまま死んでしまったのには驚いた。
ここ数日間まともに寝ていなかったが仕事には毎日行っていた。文字通り毎日である。明日から有給休暇と休日出勤の振り替え休日でゆっくり出来ると電車の中でほくそ笑んでいたのが、まさか永遠に休む事になるとは。知らぬ間に病魔が私の体を蝕んでいてあのうたた寝の瞬間にタイムリミットを迎えたのだろうか。今となっては詮索の余地も無いが真実を知ったところで生き返る訳でもないのだから死んだものは死んだと諦めるしかない。このような事を言っているとまるで私には雑念もなく穏やかに死を受け入れたように聞こえるかもしれないが、実際には後悔も未練も山ほど残っている。結婚は出来なかったし仕事も嫌いではなかったのでもっと続けたかった。もっと細かいところを拾えば買って来たまま読み切っていない本を消化できなかったのも悔いが残る。細かいを通り越して下らないと断言できるような話だが、先日買ったばかりの洋酒を飲めなかったのが心残りでならない。今日はあれを開けて晩酌するつもりだったのだ。しかし何もかもがもう遅い。今の私に分かる事といったら「死ねば全てが無であり、何かを感じる事は無い」という説がウソだったという事実くらいである。
こうして無駄な思考を続ける事は出来てはいたが、私が死んで何分、何時間、何日、何年経ったのかは茫洋として判別がつかない。少なくとも、一日以上は経っていないように思える。生前より妙な我慢強さだけは自慢できた私といえども、流石に五感を失ったまま数日たって真っ当な意識を保っていられる保障など無い。あるいは既に私は狂っているのかもしれない。狂っているからこそこの様な訳も分からず死んだ挙句に見る事も聞く事も、触れる事も嗅ぐ事も味わう事も出来ずに真っ暗な闇の帳に包まれてなお、毒にも薬にもならぬ沈思黙考を続ける事が出来ている。そう考えれば、多少は今の自分がこうして取りとめなく思考を垂れ流している現状も理解出来なくはない。ただし理解は出来ても納得は到底出来そうになかった。
新月の夜の海のような暗黒の奥の奥から、僅かに光が差したように思えた。気のせいか、と思う間もなく光はゆっくりと広がって行き私の周囲をも照らし出した。こんな光景を随分昔に見た覚えがある。早起きしすぎて、家族や隣人達どころか町全体がまだ眠っている時間帯に目が覚めて、目を擦りながら外に出た時の青く薄暗く薄明るい夜明け前の風景だ。あるいは冬の帰り道、弱々しく輝いていた太陽が西の空に沈み行く寸前の赤く薄明るく薄暗い夕暮れ時の風景だ。どうやらこれで私は天国か地獄かあるいはどちらでもないどこかに行く事になるだろう。
私はキリスト教信者ではなく、仏教や神道の方に馴染みの深い人生を歩んできた日本人であったので死後の審判を下すのは閻魔大王の仕事であると考えていた。無論生きている時にそんな事を考える機会には恵まれなかったが、いざ死んでしまえばそんな思考をする程度の余裕は出てくる。はてさて、閻魔大王さまとやらは一体どれほど厳めしい顔をしていらっしゃるのか。あるいは見目麗しい女神の様な姿をしていらっしゃるのか。自分は天国に行くべき人間だ、などと自惚れるつもりはないが、しかしながら地獄に落ちるほどの悪行は積み重ねた覚えは無い。閻魔様は私にどのような判断を下すのだろうか。「善行も悪行もしていないから判断し辛いので一旦保留」などと言われた日には地獄に落ちるよりも衝撃が大きいかもしれない。
そんな考えを嘲笑うように、光を抜けた先に居たのは生前の私と然程変わらない年齢に見える男性の姿だった。そして閻魔大王さまの様な立派な装束を身に纏っている訳でもなかった。袖や裾が極端に長いローブで全身をすっぽりと覆い隠し、ご丁寧にフードまで被っているので、これで大きな鎌でも持っていようものならまさに死神そのものだ。しかしおかしなことに、その死神もどきは魂を刈り取る鎌を持ってはいなかった。それに死神と言えば黒か灰色、せいぜい赤茶色の装束が定番のように思えるが、彼の纏うローブの色は限りなく灰色に近い青色とやたらと鮮烈な橙色のグラデーションだった。この色彩感覚のおかしな死神もどきは一体何なのか。私にまだ肉体があり、表情筋を自在に動かせるのならば、これでもかと言わんばかりに眉間に皺を寄せて彼の事を訝しむ視線をぶつけていただろう。
しかし不思議なもので彼の眼前に立った瞬間、周囲の視界が急に開けたように感じた。そして、趣味の悪い服の色が空の色と同じ色彩であるとようやく気が付いた。つまり、夜明け前の空であり、夕暮れ時の空だ。
「この空の色が浮かぶ時を、人は黄昏時……あるいは、『薄明』と言う」
男は唐突にそんなことを呟いた。見た目だけならば生前の私と同じくらいだが、声から聞こえる印象はもっと何十年、いや何百何千という時を生きたかのような威厳に満ちていた。私にまだ肉体があれば思わずその場に膝をつき恭しく頭を下げて、装束の色を小馬鹿にした事を涙ながらに懺悔しただろう。だが、幸か不幸か今の私に肉体などと言う上等な物は無く、感覚だけが浮いている様な奇妙奇天烈な状況にある。なので黙って彼を見つめる以外の選択肢は用意されていなかった。
「ここは死後の世界である事に変わりはない。だが、ここは君と毛の先程の縁も無い世界の“死後の世界”だ。ああ、高い次元だとか低次元だとかではなく、横の単位で次元が違う場所なのだよ、ここは。君達の世界には“並行世界”という概念はあるだろう?無ければ一から説明するが……いや、知っているようで何よりだ。説明するべき事は一つでも少ないに越した事はない」
なんと。まさかとは思ったが、どうやら私は本当に天国でも地獄でもない場所に来てしまったようだ。問答無用で地獄に送られるよりは余程ましではあるが、例えるならばこれは着の身着のままで海外の見知らぬ街に放り出されたような状況ではないだろうか。しかし同じ世界ならば何とかすれば帰れるかもしれないが、次元の違う並行世界とあっては並大抵の努力では――いや、努力程度で帰れる場所では無いだろう。なにせ、意識しかない私の考えを読めるような存在が目の前にいるのだ。
「どうも次元同士の壁が撓んでいるらしい。その撓み自体は今すぐ直す事も出来るが、それは対処療法でしかない。そこで、君に提案が……いや、頼みがある」
正直に言えば「ふざけるな馬鹿野郎この野郎俺を帰してからさっさとその撓みとやらを直せ」と言ってやりたい気持ちはあったが、そんな事をしたら存在そのものが危うい。目の前で立つ彼の姿は、恐らく神とか仏とか言われる類いの何かであるのはひしひしと感じ取れるし、そんな人物に頼みごとをされるというのは、正直な話、悪い気はしない。体が無いので頷く事は出来ないが、考えれば伝わるようなので了承する旨を思考に浮かべると、男は満足そうに頷いた。
男はやはり私が知るところの神のような存在であった。とはいえ、世界を創り上げた創造神のような大仰な存在ではなく、土着神話の登場人物の一人程度の存在であるらしい。尤もその土着神話における最重要な登場人物たちを崇拝する宗教を国教に定めた国もあるらしく、それなりに畏敬を崇拝を集めているとの事だった。
「私は“薄明の化身”。『天空の評議会』における円卓の末席に名を連ね、冥府と輪廻を司る存在。それが私だ」
なるほど、これで彼の纏う衣装の色彩にも納得出来た。更に話を聞いて行けば、天空の評議会とやらはその名の通り『空』への信仰から発生した神話を元にしているようだ。それぞれに固有の名を持たず、何々の化身、という呼び名で統一されている。陽光、月光、星辰、雷鳴、涼風、彩雲、氷雨、そして薄明。天候であったり気象の変化を元にした八柱の神々に対する信仰。土着神話を元にした、という割には驚くほど役割分担が明確で妙にシステマティックな神話だと感心する。
そして私の眼前に立つ薄明の化身は冥府と輪廻を司る死と魂の管理者である。どうも私が彼を死神のようだと感じたのはあながち間違いでもなかったようである。人間も魂だけの存在に成り変わると自然と物の本質を見抜けるようになったりするのかもしれない。いっそ生前からそれくらいの芸当ができていたら、などと詮無き事を考えるが実際にそうなったらそうなったで不都合の方が多いだろう事にすぐ気が付いた。自己完結ばかりが増えていくのは面倒以外の何物でもないだろう。生者は生者らしく、慎ましくあるべし――などと考えていたら、薄明の化身から「そろそろいいか?」などと尋ねられた。すっかり思考の渦の中でぐるぐると流されていて忘れていたが、今の私の思考は彼に筒抜けなのだ。失礼した、話を続けて頂きたい、と思考すると思わぬ言葉が返って来て、私は思わず絶句した。
「君には私の『代行者』として、我ら評議会の庇護下にある国に転生して貰いたいのだ」
尤も、絶句しようにも声は出なかったが。もし声が出ていたなら大きな声でこう叫んでいたはずだ。
「重ね重ね失礼するが、貴方は正気か!?」と。
完成次第続きを投下します。
気長にお待ちいただければ幸い。