雨の日
あの冷たい雨の日に
差し出された手は
今まで感じたことがないくらい
とても…
毎日、毎日、降り続ける雨。
ボクはテーブルの上に座って、灰色の空を見上げた。
雨は嫌いじゃないけれど、それでもお部屋に閉じこもってばかりはつまらない。
晴れていたら、お庭で遊ばせてもらえるのに。
ピョン、とテーブルから飛び降りると、ボクは玄関に走った。
前足を上げて、目いっぱい上に向かって伸ばすけれど、ドアのノブにはあとちょっとで届かない。
ボクはなんだか悲しくなって、ドアを何度も叩いた。
――ワン、ワゥン――
そうしているとパタパタと足音が聞こえてきた。お兄ちゃんの足音だ。
「ユウ…? 外に出たいのか?」
お兄ちゃんは無愛想だけれど、とても綺麗な男の人だ。
わふ、とボクは答えるのだけれど、お兄ちゃんはボクの前足の下に腕を入れて、ドアからボクを引き離してしまう。
「あとで散歩に連れてってやるから、少し我慢してろよ」
違う、違う、そうじゃないんだよ。
お散歩も大好きだけど、そうじゃないんだ。
雨の中で、遊びまわりたいんだよ。
ボクは必死に訴えるのだけれど、お兄ちゃんは問答無用とばかりにボクを部屋の中に引っ張っていってしまった。
「まったく…雨が好きなんて、変なやつだな」
拗ねて部屋の隅に丸まっているボクを見て、お兄ちゃんは困ったように笑った。
でもね、お兄ちゃん。
ボクにも、雨が好きな理由があるんだよ?
生まれてすぐ、ボクは独りになった。
その頃ボクは、雨が大嫌いだった。
いつも独りで空を見上げていたけれど、空が暗いと心細さが増すようで。
寒くてずっと、身を丸めていた。
そんなある雨の日のこと。
『こんなところに…捨て犬か…?』
冷たい声、冷たい瞳をした、雪のように綺麗な人。
その人の冷たい顔が、怖かったけれど。だけれど、伸ばされた手は優しかった。
独りじゃなくなったのが、雨の日だから。
だから今は、雨が好き。
差し伸べられた手は冷たかったけれど。
ボクにとっては何よりも温かかったんだ。