SIDE:01
※今回はギルベルト側の話です。
「女に好きになって貰うには、どうしたらいいと思う?」
「…そういう事は自分よりもモテる男に聞くべきだろ」
真顔で意味不明な質問をする六年目のクラスメイトに、数少ない友人である総合成績第二位の有名人デューク・キンバリーは心底呆れた表情を浮かべた。
無理もない。このギルベルト・クラルヴァインと言う男が、女に困っているところなど見たこともなければ想像もつかないのだ。
いつ見ても美女に囲まれていた彼に、何を言えるというのか。
「誰でもいいなら簡単だが、俺を嫌っている女を落とさなければならなくなった」
「へえ、珍しい。お前の“外側”に落ちない子なんて貴重だな」
男性らしい整った容姿と子爵の位、そして『名門クラルヴァイン』の名があれば大抵の女子が釣れたのは、ここまでの五年で実証済みである。例え、中身が外見に釣り合わない天然男だとしても、大抵の女は『どれか』にはひっかかった。
「お前を袖にするなんて、そんなに凄い美女なのか?」
「いや全然。小動物みたいな女だ」
「…どんな例えだ」
「背が低い、胸も小さい、動きがせわしない」
「そりゃ、お前と比べたら大抵の女の子は小さいだろ。胸はまあおいておくとして、動きどうこうは多分お前のせいだぞ」
そうなのか?と目を丸くする友人に、デュークはこっそりと溜め息をつく。
こういう点に気付かないからこそ天然なのだが、きっと本人に言ったところで理解はしないだろう。
突拍子もない行動に長い間振り回されて、もはや説明することを諦めてしまった。その女子には気の毒な話だが。
「それで? お前の好みと真逆そうなその子がどうしたんだよ?」
今まで彼の周りにいたのは、大抵が容姿に自信があるような女だった。
つまり、出る所とひっこむところが女性として正しい形であり、化粧や装いに全霊をかけ、ついでに香水も強いような女だ。『小動物』に構うあたり、理由は家の関係なのだろうが…
「ギル?」
一言で返ってくると思われた答えは、彼の口から出なかった。
そればかりか、表情を引き締めて何か考え始めてしまう。
「えっと、悪い。聞いちゃいかんことだったか」
「いや、そんなことはないんだが」
思い出そうとするように上を向き、下を向く。
言葉を選ぶように何事かを呟いて、それを数回繰り返した後に、今度はすっきりとした顔で向き直った。
「メリルは可愛いと思う。好みか否かで言えば、結婚してもいいぐらい好みだ」
久しぶりに見たギルベルト・クラルヴァインの微笑みは、直後に鳴り響いた本鈴の音よりも軽やかで爽やかだった。
* * *
(そうか、メリルは可愛かったのか)
聞き慣れた教師の解説を流しながら、つい数十分前に別れた下級生を思い出す。
今まで自分の周囲にいた女達とは全然違う。美女かと聞かれれば即座に否定できる。女としての魅力があるとも言い難い。
それなのに、可愛いと思う自分がいる。
出会ってたった二日。それも、共有できたのはほんのわずかな時間だ。おまけに自分は嫌われている。
(なのに、明日も会いたいと思うのは何故だろう)
変態などと言われたのは初めてだ。
真っ正面から睨みつけられたのも、奢ろうとして断られたのも。
ああ、食堂で逃げ回ったり無理矢理席につかせたのも初めてだ。
されたことのない反応、したことのない対応。どちらも新鮮で興味深い。
けれど、ただそれが嬉しい訳ではない。
偽らない態度。演技でなく、真っ向から素の表情を見せてくれる相手。
貴族の子息でも名門跡継ぎでも、この見た目だけは評価される体でもなく、俺と言う人間と真剣に話をしてくれた。
“肩書き持ち”の上級生となれば、怖くないはずがないのに。
怯えを必死に隠しながら、自分と向かいあってくれた。
(…なんだか、本当に小動物だな)
こっちを始終睨んでいた、ぱっちりとした緑色の目。
もちろん全く怖さはなく、むしろ仔猫が威嚇しているようで愛らしかった。
けれど、侮ってはいけない。小動物はその愛らしさこそが人への武器。甘く見ているとこちらが手放せなくなる相手だ。
(占術師の予言は、やはり本当かもしれんな)
彼女には伝えていない『もうひとつの予知』を呟いて、そっと目を閉じる。
薄い唇に、また穏やかな笑みを浮かべながら。
* * *
ひととおりの授業が終わった頃、六年目の貴重な友人は『役に立つか知らないが』と前置きした上で、いくつか助言を伝えにきた。
・彼女と過ごせる時間を大切にすること
・彼女の話はちゃんと聞いて、適当な返答はしないこと
・もしそれが互い、あるいはどちらかにとって苦痛となるようならば、すぐに別れること
「そんなことでいいのか?」
「これは最低限、基本中の基本だ。お前はまずここから心がけろ」
安堵の息をつくギルベルトに、“わかってない”とデュークの方が額を押さえる。
学年が違うメリルと共有できる時間は少ない。これを大事にするのは当然だろう。
彼女のことももっと知りたい。家の力で調べるのではなく、本人の口から聞けるなら願ったりだ。真面目に聞くに決まっている。
彼女の視点で見ている世界を、彼女が見ている俺を知りたい。
「俺でも出来る。当然のことだろう」
自信溢れる笑みを浮かべるギルベルトとは反対に、デュークは深く溜め息をつく。
「念のため言っておくが、行き帰りに同行しようとするのは、約束がなければ止めろよ?」
「何故だ? 一緒の時間を大事にしろと言っただろう」
「…ああ、やっぱりだよもう」
笑みを消して不満げな表情を浮かべる彼に、また小さく溜め息。こういう所に気が回らないから、その女子が不憫でならないのだ。
自分がモテることは自覚しているくせに、ならば何故わからないのか。
「いいか? 食堂はメシ食うところだ。他に目的があるから、周囲の様子なんてそこまでは気にならん。食事が最優先だからな。
けど登下校時に『ながら歩き』してるようなヤツは、学院生にはそういないだろう。視界に入れば気になるぐらいには脳が自由なんだよ」
まくし立てるように言い切って、ピッと人差し指をつきつける。
「んで、お前は目立つ。好意的な女子も少なくない」
「デューク、何が言いたいんだ?」
「過度の接触はまだ避けろ。その子に悲しい思いをさせたくないならな」
自分でなく相手に害が及ぶと聞いて、即座に目の色が変わった。
そう、ギルベルト・クラルヴァインは悪い男ではないのだ。ただ少し周囲に気が回りきらないだけで。
「女子の嫉妬は男より陰湿なところがある。もうわかるよな?」
「……気を付ける」
そうして素直に頷いた彼に、今度こそデュークは安堵の意味での息をついた。
少なくとも、この抜け気味な男には相手を気遣う意思はあるようだ。果たしてどこまで機能してくれるかは、期待できそうにないが。
(願わくばどうか、このちょっとダメな友人に、平凡で幸せな恋が訪れますように)
同じ学院内、同じぐらいの時間に少し離れた階でのこと。
真逆の方針を決めたメリルとギルベルトの二日目は、こうして一見穏やかに過ぎていった。