SIDE:文庫発売記念SS
※同日二話更新です。モニカの話は一つ前からどうぞ。
2014年12月25日の活動報告に載せていた文庫版発売記念SSです。
その日は朝から、女子たちが妙に浮かれている日だった。
寮に居た時はもちろんだけど、登校したクラス内まで何やらそわそわと落ち着かない子が多い。はて、今日は何か女子がときめくようなことがあるんだろうか?
授業日程はいつも通りだったし、公の行事も特に何も思いあたらないんだけど。
「ああ、うん。メリルはそういうの気にしないわよね」
「な、何よ。モニカは知ってるんでしょ? 何かあったの?」
相変わらず情報に疎い私とは違い、彼女は朝から冷静な顔つきで周りを見ていた。多分詳細まで知っているんだろうなと思いつつも、彼女はいつも通りだったから追求しなかったんだけど。
ちょっと不満気味に尋ねてみれば、途端に口角をあげてニヤリと音がしそうな笑みを浮かべる。
「今日はね、学院の卒業生が一人来てるのよ。王都でちょっと有名な占術師さんがね」
「占術師さん?」
それはまた、何とも聞き覚えのある職業じゃないか。私と彼の始まりに関わる人。もう少ししたら履修できるはずだから、最近ちょっと調べている科目なんだけど。
「それで、その人が来てるから皆そわそわしてるの?」
「まあね。女性の方なんだけど、恋愛系の占術かなり当たるみたいでね。今日の午後に自習あるでしょ? あの時間に、希望者は講演会参加できるわよ」
「へえ……」
自習になること自体は珍しくないけど、今日はそんな行事があったのか。希望者だけなら、そんなに大きな会じゃないのかしら。とは言え、教室で大人しくしているよりは面白そうだ。
「午前の進み具合でメリルも誘おうと思ってたんだけど、行く?」
「うん、行く行く。科目的にも興味あったし」
「了解、じゃあ先に申し込みしておくわね」
嬉しそうに笑いながら、モニカは受付を担当している女子の元へ駆けていく。
私は先輩と言う理由があるけど、モニカも占いに興味があるなんて意外だ。女子が好むこと、取り分け恋愛に関することなんて、遠くから眺めているだけな印象があったんだけど。
(もしかして、モニカにも好きな人が出来たとか!?)
のろけっぽくて申し訳ないけど、恋人がいる幸せを正に噛み締めている身だ。モニカにも好い人がいるのなら是非応援したい。
不確かながら心弾むような想像に、戻ってきたモニカの方が首をかしげる。私は満面の笑みを返しながら、新しい予定を胸に午前の授業へ向かうのだった。
……と言う予定だったんだけど。
「何よメリル、不満気な顔して」
「いや、不満とか全然ないよ。ただ、想定外だったなあと」
午前の授業は無事に終えて、講演会に参加した私たち。なかなか有意義な話が聞けたので、今後の予習もますます捗りそうだな……と満足して帰ったのだけど。
現在地は昼でお馴染みの食堂の一角。四人がけの席に私とモニカ。そして向かいには、本日の講師であった卒業生の占術師さんが座っている。
「何かお困り? 無理強いはしないけど」
「い、いえいえ! 無理強いなんてとんでもない! ぜひ!」
耳に心地よい優しい声で話しかけてくれる彼女は、肩までの金髪を切りそろえた垂れ目の可愛いお姉さんだ。
占術師=全身ローブのちょっと怪しげな装いと言う先入観があったせいか、全体的に淡い色合いでまとめた、ごくごく普通の女性が出て来た時はちょっと驚いてしまった。
さて、何故こんな場所に三人でいるかと言うと……実は今回の講演会、特別料金で学院生を占ってくれると言うおまけ付き――いや多分、こっちの方がメインだったのだ。
もちろん知らなかった私はそのまま帰るつもりだったんだけど、モニカがずいぶん前から申し込みを済ませていたらしい。同じように申し込んでいた女子生徒たちが、私たちから少し離れた場所で列を作って待機している。
「だったらモニカが見て貰えばいいのに」
「あたし、気になることは自分で調べるタチだって知ってるでしょ? それに悪いけど、恋愛はアンタたち見ててお腹いっぱいなのよ。一人がいいわ」
「まあ、モニカがいいならいいけどさ……もったいない」
こそこそと話しつつも、私も興味がない訳ではない。モニカに感謝を告げてから、覚悟を決めて彼女に頭を下げる。優しい垂れ目がにこっと笑って、いよいよプロの占い開始だ。
「はい、気を楽にしてね。恋愛関係を視ればいいのね?」
「は、はい、お願いします」
今付き合っている人がいることは、あえて伝えていない。試すようで申し訳ないけれど、『王都で話題の』と言われればその実力も気になるものだ。
右手を彼女に差し出し、言われるままに目を閉じる。からかうように笑っていたモニカからも、真剣な空気が漂ってくる。
「深く息を吸って……大丈夫、ゆっくり……ええっ!?」
「ぅえっ!?」
魔術特有の温かさにまどろんでいれば、突然素っ頓狂な声。
思わず目を開けて見れば、占術師さんは手元の小さな魔術陣を見て、目を見開いている。
「あ、あの、何か?」
それから、手元と私を交互に見ること三回。戸惑うように、非常に言い辛そうに……口を開く。
「ごめんなさいね、私は視えたものをそのまま伝えるだけだから……その、貴女はご実家で犬を飼ってる?」
「え? いえ、飼ってませんよ?」
突然の質問にこちらもきょとん、だ。
うちは小さいながら料理屋さんなので、動物は一度も飼ったことがない。そう伝えると、眉間に皺を寄せながら、困ったようにうなり始める。
「あの、何が見えたんですか?」
「えーと……ごめんなさい、本当に言い辛いのだけどね。貴女には凄く強い運命が視えるのだけど……それが大きな犬なのよ」
「犬!?」
これは、また。恋愛を占って貰ったはずなのに、まさかの結果じゃないか。
しかも『凄く強い運命』って言ってたわよね? 犬が? それとも、その飼い主が?
(先輩が実家で飼ってるとも聞いたことないわよね?)
あまりの返答に思わずモニカへ視線を向ければ、彼女は私たちとは違った表情で占術師さんを見つめている。目を細めて、どこか呆れているような様子だ。
「あの、もしかしなくてもその犬……銀毛だったりしません?」
「そうなの! 銀色の毛の狼みたいな大きな犬なのよ! 貴女は何か知っているの?」
モニカの意外な突っ込みに、占術師さんは驚きを隠さずに答える。銀毛の大型犬……いや、やっぱり私には覚えはない。
「それ、目は金色ですよね? 凛々しくて毛並みのいい、高そうな犬でしょう?」
「…………あ」
察した。
さらに呆れたように続けたモニカに、占術師さんはこくこくと頷いて返す。『良かった、知っている犬なのね!』と安堵の色を強く見せて。
……ええ、はい。覚えが御座います、その色合い。ただし、犬ではありませんが。
「良かったわね、メリル。強い運命で結ばれた相手は『銀毛金目で血統証つきの、狼みたいに凛々しい大型犬』ですってよ?」
「……犬って言う単語以外は、全面的に肯定したいんだけどね」
とりあえず、彼女の腕は確かだと言うことだけは証明された。
まさかの結果に戸惑う占術師さんにお礼を言いつつ、次の生徒のために席を立つ。まあ結果としては、喜ぶべきなんだろうけど……
複雑な気持ちで立ち上がって、次に視界に入ったものに、思わず固まってしまった。
女子ばかりが並んでいたはずの列の横に、見覚えのある姿。
すらりと整った男性らしい長身に、光沢をはらむ美しい青銀髪が揺れる。
鋭く、冷たい。そんな色をまとう無駄なまでに美形な男が……私の姿を捉えた途端に、ふわっと笑ったのだ。
それはまるで、凛々しい護衛犬が、飼い主の帰宅を見つけた時のように。
動きを止めた私をいぶかしんで、占術師さんも彼を振り返る。
直後に目を見開いた彼女は、手元に残る魔術陣を見た後、安心したような嬉しそうな、そんな感じの笑みを浮かべて親指を立てた。
その目は『あれです!』と雄弁に語る。
「ほんと、良かったわねメリル。きっとその辺の魔術師じゃ太刀打ちできない、超お利口さんな美形大型犬よ」
「そうね、私の方が芸を仕込んで貰わなくちゃ」
嬉しいし恥ずかしいけど、素直に喜べない。
そんな私たちに駆け寄って来る彼の後ろには、ないはずの銀色の尻尾がぶんぶんと揺れているように見えた。