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06:関わってはいけない世界

「自分に惚れろなんて面と向かって言う人、初めて聞いたわね。それだけ自信があるのかしら」


「顔以外のいいところが全然見当たらないし、むしろドン引きなんだけどね」


お昼の後の午後イチ授業は、幸運にも自習だった。

昼食はほとんど胃に残らなかったし、精神的にもほぼ削られきった後だったので、不在の先生には心から感謝したい。


あれから別に買って来た売店のサンドイッチを頬張りつつ、机に突っ伏す私の頭をモニカの優しい手が撫でてくれる。

ああ、癒される。回復回復……


「まあ、でもそうね。あの人はあの性格で良かったのかもしれないわよ」


「どこが!?」


トンデモ発言に、うっかりハムがのどにひっかかった。

あの変態のどこに良い所があると言うのか。彼のおかげで『貴族』が丸ごと嫌いになりそうだって言うのに。


「いや、さ。もし彼が外見通りの冷静な人物だったなら、理由なんて絶対話さないでしょう? 話したら嫌がられるのはすぐにわかることだし。

 色恋ごとに不慣れなアンタが、普通に口説かれてたならどうなると思う?」


「そ、それは…」


どうなの?と真顔で聞かれれば、言葉に詰まるしかない。

おかげ様で私は恋愛経験値ゼロ。対してヤツは、変態な中身を知ってなお、あの外見だけは評価できる。もしあの無駄美形が、普通に口説いて来たとしたら……


「……まずい。否定できないかも」


「で、浮かれてついて行って、ポイ捨てされるのよね」


「ポイ捨て!?」


悩んで返した答えは、ため息交じりに一蹴された。

ポイ捨てか……ああうん、その通りかもしれない。容易に想像できてしまったわ。

ようはそれぐらい、本来なら縁のない相手なのだから。



「昨日はふざけて玉の輿とか言っちゃったけどね。どうも本当みたいだから真面目に話すわ。

 メリル、庶民のアンタが貴族の妻になれると思う?」


「それは…」


「クラルヴァインは貴族らしく、家柄にこだわりのある家よ。高名な魔術師ならいざしらず、大した記録も特別な才能もないアンタじゃ門前払いがいいとこだわ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私は最初からクラルヴァイン家に興味ないわよ!?」


「そうね。でも正直、ポイ捨てや門前払いなら良い方なのよ」


慌てて否定する私に、また優しく頭を撫でて返してくれる。

けれど、彼女の眼鏡の奥の瞳は全く笑っていない。


「どう言うこと? 門前払いが良い方なら、どうなるって?」


「その占術師の言う通り、アンタが本当に素晴らしい子を産めるとしたら、とても厄介だと言うことよ」


張り詰めた空気が肌に刺さる。どうやら本当に真面目な話みたいだ。

サンドイッチを置いて姿勢を正せば、モニカは歯がゆそうに苦笑した。



「昨日も話した通り、クラルヴァイン家は今、優秀な魔術師の子を望んでいる。メリルが産む子が本当にそうなら、のどから手が出るほど欲しいでしょうよ。

 でも、あの家はアンタを『妻』にはしない」


「あ……」


そうか、今回の場合は法律が逆に働いてしまうのか。

と言うのも、このロスヴィータ王国では、男が複数の妻をもつことは許されていないのだ。一応女はそれを許されているけど、滅多に聞かない。基本結婚と言えば男女一対一だ。


元々この国は女性を大切にする傾向があって、政治の頂点も建国以来ずっと“女王”だったりする。まあ国民の権利に差はないし、普段はそれほど気にするようなことでもないんだけど…


(浮気性質の男を(いさ)めるための法が(あだ)になるのか)


「『妻』として迎えられ、公にされるのは貴族の娘。クラルヴァインに釣り合う家柄の女。それが、正しい貴族の婚姻だもの。

 アンタとの子は、養子とでもされるでしょう。クラルヴァインの姓を名乗ってね」


「それって、やっぱり私から子供だけ()るってこと?」


「いいえ。優秀な子を産める“腹”を名門家が手放すものですか。

アンタは飼い殺されるのよ。公の場には出して貰えず『子を産む道具』としてね」


「………」


反論したくても、言葉が出て来なかった。

変態に絡まれたとか面倒だとか、そんな次元の話じゃなかったのか。


「貴族だの名門家だの、そうしたものに庶民が絡むには、相応の能力が求められる。それを持っていないのならば、表舞台には立てないものよ」


モニカの手がそっと私の手を包む。

話の信憑性を語るように、かすかに震えていた。


「メリル、あたしはアンタが好きよ。大事な友達だから幸せになって欲しい。そんな愛人よりも酷い生活なんて、絶対にして欲しくない」


「モニカ…」


「だからこそ、全てを口にしてくれた先輩の抜けっぷりに感謝したいわ」


「…そうね。あの人がアレだったことは、私にとって幸運だったのかもね」


手を握り返すと、弱弱しいながら笑ってくれた。当事者よりもよほどモニカの方が落ち込んでいるようだ。本当に優しいのだから。


「有難う、モニカ。心配かけてごめんね」


「あたしに出来るのは情報収集だけだからね。あの先輩が、どういうつもりでメリルに近づいて来たのか、本当のことはわからないわ。

 でも、気を付けてね。ただの脅しで言ってるつもりはないから」


「うん、今度からは徹底的に無視するわ」


そうよ。こんな物騒な理由がわかった以上、無視は当然の防衛策。関わってもロクなことないし、昨日の犯罪未遂の時点で通報してもいいぐらいよね?



「もし逃げられそうになければ、バレット先生に相談してみるといいかもしれない」


「バレット先生? なんの先生だっけ?」


「魔術技工学。あたしたちはまだ受け持って貰ってないけど、うちの学院で最強と名高い先生よ」


なるほど。確かにこの学院の先生なら、貴族や名門家に対しても有効そうね。魔術至上国家の最高峰の学院なんだもの。その先生が弱いはずないわ。

また何かされる前に相談してみるのはいいかもしれない。



「なるべく何事もなく終わることを願ってるけどね」


「本当にね」


そろってついた深いため息は、終業の鐘の音に消えた。

本当に、本当に、明日からは平穏な生活が返ってくるといいのだけどね。


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