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49:それからの二人は


まぶたがなんだか温かくて、ゆっくりと目を開ける。

視線を動かせば、カーテンの隙間からうっすらと白い光が差し込んで来ている。ちょうど日の出だろうか。ずいぶんと早く目が覚めてしまったみたいだ。


「………ん」


もぞ、と。私の頭の動きを追うように、ほどよく筋肉のついた腕がついてくる。

視線を窓から戻せば、物語の眠り姫も裸足で逃げ出すような美人の寝顔。と言っても、首太いし喉仏も目立つし『姫』と言う表現は似合わないけれど。


(目が覚めて、隣りにこの美人が居て。悲鳴上げなくなっただけでも成長したわよね私)


朝日を反射してキラキラと輝く青銀を少しだけ絡めて、笑う。

何年一緒に居ても、何度朝を共にしても。隣りの彼…恐れ多くも私の恋人であるギルベルト・クラルヴァインにドキドキしてしまうのは、どうしても変わらなかった。


と言うか、この男は本当にサギだ。

何で男のくせに姫君も真っ青の美人な寝顔をしているのか。そもそも、年をおうごとに色気を増していくって一体何ごとですか。普通老けるんじゃないの? おっさんになっていくんじゃないの?

まあ彼なら渋くて味のある、それはそれで格好良いおっさんになりそうで困るのだけど。


(私なんて、ちょっと髪が伸びただけなのにね)


相変わらず、同年代の皆と比べて慎ましい胸元を覗いて、溜め息をつく。これでも以前よりは成長した方と言うのが余計に悲しい。

こんな貧相な体でも、彼は余すところなく愛してくれるからなおさらだ。

もう少しこう、男の人を楽しませてあげられるモノがあったら良かったのに…


「ぅ……メリル…?」


「わ!?」


自己診断に落ち込んでいれば、かすれた低い声が耳元に落ちて来る。次いで、触れていただけの腕がしっかりと私を抱き締めた。


「ごめんなさい、起こしちゃいました?」


「いや、いい。今日は早起きだな」


眠さと気だるさを隠さず、けれど額や髪に降る口付けはどこまでも甘く。

まるで私がここに居ることを確かめているように、あちこちに触れてから、またしっかりと抱き締めてきた。

……遮るもののない触れ合いは、その、何度体験しても気恥ずかしい。


「…もう、起きるのか? 俺は、まだ眠い」


「寝てていいですよ。ちょっと目が覚めちゃっただけですから」


「そうか。じゃあ……」


応えながらも語尾が消えかかっている。了承を込めて身を預ければ、頬をすり寄せてそのまますぐ寝てしまった。眠り姫、もとい私の眠り王子はお疲れらしい。いや、別に昨夜がどうこうとかの意味じゃなくて。

とにかく、規則正しい呼吸と鼓動が、しっかり眠っていることを表している。


(そりゃ、お疲れよね)


私には見えないようにしているけど、ベッド脇のチェストにはぎっしりと書類が詰まっているのを知ってる。

間もなく正式に継ぐことになる子爵領に関するものは勿論のこと、最近では魔術協会からも色んな仕事を任されているらしく、学院へ来ている時もいつもどこか眠そうだった。寝室にまで持ち込まないと終わらない仕事量、と言うことだろう。


……彼が忙殺されるようになってしまったのは、ある意味私のせいだ。

正確には、私を抱いたことで、ますます能力が上がってしまったせい。

キスひとつでも変化があったのだから、当然それ以上のことをすればどうなるか、想像できたはずなのにね。


だけど、私は彼が好きで。彼も私を好きでいてくれて。男女として必然的に求め合った結果、彼は魔術師として他と一線を画した存在になってしまった。


初めての時のことは今でもはっきり覚えている。

溺れるような夜だった。痛かったし体も辛かったけど、それ以上に彼がくれる未知の世界に酔って。壊れ物のように大切にしてくれたことが、たまらなく嬉しくて。

きっとこれ以上の幸せはないと、二人で笑って、抱き合って眠ったのに。


翌朝、起き上がったまま真っ青な顔で呆ける彼を見て、ようやく理解したのだ。

ひよっこ魔術師の私にすらわかるぐらいに、彼の能力は格段に上がっていた。そう言うことだったんだと。

幸せな夜から一転。その日は一日、私を抱き締めて謝罪を繰り返す彼を、必死になだめた記憶しかない。突然人智を超えるまで強くなっていたなんて、動揺するのも仕方なかっただろう。


それから何ヶ月も次の行為はできなかった。彼が我慢してるのは目に見えてわかるのに、私を『そういうもの』として『使ってしまった』ことが許せなかったそうだ。

結局私の方から『女として扱わないなら別れる!』と言う最終通告をして、今に至る。


お互いに好きで求めていたのに、別のことが原因でお預けを食らったとか本当に笑えない話だ。

今もなお、その原因によってどんどん仕事を増やされているとか。天からの贈り物でなく、ただの『呪い』じゃないかと思ってしまうのも仕方ない。

魔術師としての成長が、恋愛面から見ると障害だなんて。悲しい矛盾だわ。


「…お疲れ様、ギル」


背に回していた腕を首の方へ移動させて、撫でるようにぽんぽんと触れる。そうすると、ほんの少しだけ口元が笑う。体は大きくても、やっぱりギルはどこか可愛い。これも数年前に出会った時からずっと変わらない。

好きだなあ、と思う。このちょっと天然で、色気を振りまく困った眠り王子様が、本当に大好きだ。


たとえ、今までの数年間がとても手の凝った演技で、『私を使うこと』こそが最初から変わらぬ目的だったとしても。

学院を卒業したらクラルヴァイン家に幽閉されて、飼い殺される運命だと言われても。


「今ならきっと、笑って了承しちゃうな」


恋は盲目とはよく言ったものだ。

この後の生涯をあげられるぐらいに、私は彼が好きだ。

今こうして彼の腕の中にいられることが、本当に幸せだ。


………残り時間は、もうあまりない。

忙しい彼を気遣いつつも、学院生と言う身分に甘え、こうして二人で過ごしてきたおままごとのような幸せな日々も、あとわずか。


心の奥底には不安が渦巻いているけど、聞こえないふりをする。

甘く優しい彼の腕の中。私もその心音に重ねるように、ゆっくりと目を閉じた。

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