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05:始まる前に終わる恋

大好きな食堂のハンバーグを口に含んでも何の味も感じない。

原因は、私の味覚障害でも食堂の調理人のミスでもない。


「……俺の顔に何か?」


憎たらしいぐらいに平然と昼食をとっている眼前の男のせいだ。



「大変整った形の目と鼻と口がついておられますよ」


「それはどうも」


渾身の嫌味を込めて返しても、その表情はぴくりとも揺らがない。

きれいな無表情のままで、淡々と本日の日替わりランチを口に運び続ける。


あんな食べ方をしていて、本当に味がわかるのだろうか。

まあ、さすが貴族だけあって、テーブルマナーは恐ろしいほどにきれいなのだが。



「それでクラルヴァイン先輩、ご用件は何ですか?」


結局私の方がこの微妙な空気に耐えられず、昼食を中断することにした。

だいたい、ほとんど面識のない男と二人っきりで食事をしろと言う時点で無理だ。


「俺の呼び方はギルでいい。長くて呼びにくいだろう?」


「結構です。名前を呼ぶような仲ではありませんし、これからなるつもりもありません」


早速どうでもいい返答。が、めげてなるものか。私は今日の昼食をこの男がいない場所でとりたいのだ。

ほんの少しだけ眉が下がった気がしたが、とりあえず無視して質問をもう一度繰り返す。


「メリル、俺の何がそんなに嫌なんだ?」


……今度は私の方の眉が反応してしまった。引きつるほうに。


「先輩、私は今日の呼び出しの用件をうかがっているのですが」


「メリル」


「名前、呼ばないで下さい」


思い切り語尾を強めて返してみると、私がわかる程度にしゅんとした表情を見せる。

が、すぐにまた無表情な顔に戻すとわざとらしく息をはく。ため息をつきたいのはこっちの方だよ。


「女は名前で呼ぶものだろう。習慣だ。俺も家名呼びされるのは好きじゃないし」


「では呼ばないで下さい。私も呼びませんから。ご用件を」


「呼ぶなって…」


さすがに想定外だったのだろうか。言葉に詰まると、目を閉じて気だるそうに前髪をかきあげる。


だから、そういう態度をとりたいのは私の方だっての。

私はさっさと用件を聞いて、平穏な昼食をとりたいのだ。そして平穏な日常へ戻りたい。


「先輩、ご用件を」


五度目の強い問いかけに、彼は今度こそ諦めの表情を浮かべて、深い深いため息をついた。





「……用件は昨日の続きだ。ちゃんと話を聞いて欲しい」


にぎやかな食堂の音が、少しずつ遠くなっていく。

これは確か、防音の結界魔術だっただろうか。私はまだ習っていない術だけど、何とも用心深いことだ。

それとも、昨日のアレが周囲を警戒しなければならないことなんだろうか。


「私に貴方の子供を産め、でしたよね? 昨日お断りしたはずです」


「いきなり子供まで話を飛ばした俺が早急だった。その件はすまなかった」


先ほどまでやる気なさげだった金眼は、今度こそまっすぐに私を映している。真剣な色を見せて。


「ずいぶん真面目なんですね。そんなに私のお腹が必要なんですか?」


「腹と言うより、お前の性質そのものだな。交わりをもって強くなる。それが、本人の努力を凌ぐ意味を持つなら、欲して当然だろう」


当然なんて言われても、劣等よりの私には理解できないけどね。

強くなるために人様に迷惑をかけなきゃいけないのなら、そんな方法はごめんだ。

まあ、名門家や貴族様に平民の常識など通用しないんだろう。



「望む額で謝礼は用意するつもりだし、金銭以外でも希望はできるだけ叶えよう。頼む、もう一度考えてみて欲しい」


「謝礼、ね…」


使いかけのフォークをあえて音を立てて置く。いや、“叩きつけた”

音は聞こえていないはずだか、その一瞬、周囲の視線を集めてしまうぐらいに。



「メリル…?」


自分の言葉の意味に気付いていないのだろう。

ああもう、だから嫌なのに。

眉をひそめた先輩に、今度こそ深い深いため息をついて返す。


「その考え方が嫌なんですよ。謝礼とかお金とか、そういう問題じゃないんです」


「では何が問題だ? さすがに俺の顔は修正できないが…」


「お金で解決したくないんですよ。一度しかないのだから。私は自分の好きな人と結ばれて、好きな人の子供を産みたい。

 貴方がたにしてみれば『そういう関係』も普通なのかもしれませんが、私は貴族の教育は受けていないし、その世界、その考え方に関わりたいとも思わない」


天然男にもちゃんと伝わるように、しっかり、はっきりと発音する。

私は恋愛結婚がしたい。産むなら愛する人の子供がいい。

平凡で、当たり前の願望じゃないか。平凡な私が主張して何が悪い。



「なぜ『一度』なんだ? いざとなれば、こちらとの件は伏せておけば良いだろう。親権もクラルヴァインが……」


「貴方、本当に最低ッ!!」




………伝わるように努めたつもりだったが、平行線は変わらなかったようだ。


あまりにもあまりな返答に、今度はフォークを机に突き刺してしまった。

防音しているにも関らず、(おのの)いた院生達の視線が集まる。が、そんなことはどうでもいい。


信じられない。信じられない信じられない!!



「いい加減にして…私を何だと思ってるのよ!? 私の産む子は私の子です! それを奪いとるなんて、貴族でも絶対許さないんだから!!」


「俺との間にもうけるのなら、俺の子でもあるだろう」


「だから嫌だって言ってるでしょ!! 私は私の好きな人としかそう言うことしないし子供も産まない! 貴方とはお金を積まれても絶対そう言う関係にはならない!!」


「………」


相手の立場などすっかり忘れて、思いのたけを叫びきった。

これで罰せられたとしても構わない。だって私は、人としてとても大切なことを主張しただけだ。

胸に渦巻く罵詈雑言を口にしなかっただけ、まだ褒めてもらいたいぐらいだわ。


肩で息をしながら、それでも視線はヤツから外さないように。

渾身の怒りを込めて睨み続ける。



「………」



何の起伏もブレもなく金眼が見つめ返す。




「…………ああ、そうか」





……が、数秒の後、妙に嬉しそうな色を浮かべて輝いた。





「な、何ですか?」


「メリル、今恋仲の男はいないのか?」



今度はいきなり何を言い出すんだ。

意図は全く読めないが、表情が微妙に変化しているのが気になる。

何だろう。なんとなく嬉しそうに見えるのだけど。


「いませんが、それが何か?」


「では、懸想(けそう)している人間は?」


「なんでそんなことまで…」


「重要なことだ」



先ほどよりももっと真剣な口調で問われる。

無表情なら平気で見られた容姿も、感情を込められるとまっすぐ見るのは辛い。この無駄美形め。



「……まだいませんけど、貴方には関係ないでしょう」


「大有りだ、安心した」



大きな手が私の手に触れる。とっさに逃げようとしたのに、両手でしっかり捕まれてしまう。






「メリル、俺を好きになってくれ」



「………………はあ?」



「好きな男にならば、肌も許すし子も産んでくれるのだろう? なら、お前が俺を好きになってくれれば、何の問題もない」



そう言い切った彼は、笑顔だった。

それはもう、キラキラ眩しいぐらいにいい笑顔だった。

自分の発言に一切の迷いなく、正しいと信じきっている人間の目。



「俺をそういう対象として見て欲しい」


「……貴方、やっぱり頭おかしいんじゃないの?」




だから、そのキラキラにドン引き……もとい、全力回避してしまった私は、きっとたぶん悪くない。

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