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45:日和


ぐっすりと休んで一晩を経て…まあ、時折身もだえていたのは見なかったことにして貰って。

迎えた翌日、お医者さんたちに見送られながら、私は病院を後にした。

外は快晴の青空、たった二日とは言え絶好の退院日和だ。


「ふっ……んんっと!」


まだ固い関節を伸ばしつつ、学院までのそう遠くない道をゆっくりと歩く。

良いことも悪いことも色々あったけれど、私は無事に生きている。当たり前だったことに、心から感謝をして。



開店準備中の店を眺めながら、十分も歩けば見慣れた敷地に入る。ひとまずは寮に行って、お風呂と着替えを済ませてしまおう。

休養最優先とは言え、お風呂に入れていないのでちょっと気持ち悪い。幸い上着はかけてくれたようだけど、着たきりだったブラウスやスカートも多分しわがついてしまっているだろうし。


視界に広がるのは、教育機関とは思えない美しい白亜の城。最後に見た戦場とは違う姿にホッとして、門をくぐる。

『たった二日なのに、帰って来れる場所があるっていいなあ』なんて、柄にもなく感傷的なことを思いながら。






「フォースターさん、ご無事で何よりです」


身支度を済ませて遅い登校をすれば、すぐに技工科準備室へと(うなが)された。

二度目の訪問を迎えてくれるのは、最近縁のあるバレット先生だ。

片目を隠す青髪に裾の長い灰色のローブスタイル。変わらず不思議な印象を受ける先生だけど、その表情は少し疲れているみたいだ。


「我々の監督不行き届きで危険な目に遭わせてしまって…本当に申し訳ない」


「いえ、あの日は本当に大変だったみたいですから。先生がたは悪くありませんよ」


思い出せる風景と言ったら、正しく焦土。轟音と黒煙が彩る戦場だった。

激戦区にいたのは確かだけど、他がまるきり無事と言うこともないだろう。

あの騒ぎを監視しつつ、評価だ成績だなんてことまで考えなきゃいけなかった先生こそが、真の功労者に違いない。


「そう言って頂けると助かります。クラルヴァイン君から話は聞いていますか?」


「犯人の女子についてでしたら、概要だけは」


「そうですか…念のため私からもお伝えしますと、彼女は結界魔術を専攻していた五年生でした。

大人しい性格でしたが、授業態度も真面目で優秀な院生だったので…残念です。彼女は退学処分とし、ことを重く受け止めた魔術協会からも除名されました。

今は公安機関に身柄を拘束されています。今後学院に関わることは勿論、貴女に手を出してくることもないでしょう。」


「そう、ですか」


どこか悲しげに語る先生に、私もただ頷くことしかできない。

先輩や先生の言葉から察するに、あの『箱結界』はなかなか難しい術だったはずだ。本当にもったいないと思う。


ただ閉じ込めるだけに(とど)めておけば、ここまで重い罰にもならなかっただろうに。

あるいは、私を害する手段も魔術を用いていれば。同じ毒でも、自身が錬成したものだったなら。厳重注意ぐらいで済んだかもしれないのに。


(試験の告知が急で、準備時間が足りなかったことが、運命の分かれ道を作っちゃったのか)


お医者さんが言うには、私に使われた毒は量産品であり、調合も非常に雑だったらしい。だからこそ、相性の悪い私でもこの程度で済んだのだと。

私にとっては良いことだけど、その人にとっては……


もっとも、神経毒なんて危険なことを即実行した人なら、遅かれ早かれ同じ結末を迎えていたのかもしれない。

とにかく、彼女の運命はもう変わってしまった。以降は害されることもなければ、私が口を出すことも出来ない話だ。


ほんの少しだけ同情を覚えつつ、先生には了承の意を込めて頭を下げ、準備室を後にする。

これでこの件は本当におしまいだ。






「メリル、アンタ大丈夫なの!?」


授業の終わりを見計らって教室へ入ると、モニカを始めとしたクラスメイトたちか一斉に詰め寄って来た。

どうやら(おおむ)ねの事情は伝わっているらしい。そりゃ私は入院したし、彼女は退学になったのだから、それなりに大事(おおごと)ではあるのだろうけど。


「一時ちょっと危なかったらしいけど、もう大丈夫。解毒もちゃんと出来たし、体質的に合わなかったのが一番の原因みたいだから」


「全く! 一般生徒に、しかも試験中に毒を盛るとかないわよ…!」


怒りと心配半々と言うところか。眉を吊り上げたままのキツい表情で、私の頬や手を触って確かめている。

私のことで真剣になってくれるモニカは、やっぱりとても得難い友人だと思う。


「ありがと、モニカ」


「あたしにお礼言われてもね。つか、今回もクラルヴァイン(せんぱい)絡みだったんでしょ? アンタたち、本当に上手くいってるの?」


「それは心配ないよ。どっちかって言ったら進展したかも」


「…まだ進展することがあったのね、バカップルめ」


なにその呼び名。何故か他のクラスメイトたちもうんうんと頷いている。いや、君たちの前では昼食を一緒にとるだけの関係だったと思うんだけど。


「まあ、当人が許してるなら外野はうるさいこと言わないけどさ。先輩は多少なりとも理解してるのよね? ほら、責任とか」


「先輩は何も悪くないよ。むしろ、ずっと私を守っててくれた人なんだから。変な責任を負わせるつもりはないわ」


「……訳がわからないわ。何でそこでアレを庇うのよ」


真面目に返したはずなのに、モニカは何故か不服そうだ。

別に庇っていないし彼は何も悪くないのに。世のモテ男を見る目はやっぱり不公平だわ。


「アンタが無事で、何の問題もないのなら、もうそれでいいけどね」


「うん、これでいいよ。むしろ、私が彼の傍にいたいです」


「どんな洗脳をされたら、そうなったのかしらね。ある意味興味深いわ」


ううむ…我が親友にもいつか理解して貰える日は来るだろうか。

や、恋敵とかそういうのになっちゃうのは嫌だけど。本当に彼は驚くほどいい男なのになあ。


何はともあれ無事に復帰したと言うことで、皆からはお祝いと(いたわ)りの言葉を沢山貰った。親しい子は勿論、普段あまり話さない男子まで気を遣って声をかけてくれた。やっぱり嬉しい。

この先がどうなるかはわからないけど。私は戦場を駆け巡るよりも、こうして皆でわいわいやっていられる生活が続くことを願うばかりだ。


ただいま、私の日常生活。


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