42:無事ですよ
目が覚めたら、知らない天井が見えた。
どう見ても寮の部屋じゃないし、どこか薬の匂いが混じった清潔な空気。
(………ここ、どこ?)
そう口にしようとして、喉がカラカラなことに気付く。
長い時間眠っていた時のように、うまく声が出てこない。頭も重いし、なんだかあちこちの関節がギシギシする。
(参ったな。いっそ二度寝しちゃおうかな)
もしかしたら、まだ寝ぼけているのかもしれない。いつ眠ったのかも思い出せないけれど、知らない場所にいることもおかしいし。
(……あー…うん、ねむい…)
難しいことを考えようとすると、また布団に吸い込まれそうになる。
うとうとと、瞼が閉じていき……
「メリル?」
…かけて、一瞬でパッと開いた。
今のは、私のよく知っている、大好きな人の声だった。
高すぎず低すぎない、背筋に響く優しい声。
『どこ?』と今度は違う意味で視線を巡らせる。
白に統一された部屋を一回りして、たどり着くのは私の左手。大きな両手がしっかりと掴んでくれていた。
「ギル…?」
見上げれば、少し疲れた金眼と視線が合う。
心なしか涙に濡れたそれは、まっすぐに私を見つめている。
「よかった…よかった、メリル…ッ!!」
そのまま私の首筋に顔を埋めて、長身の先輩が甘えるように抱き締めてきた。
温かい体が、冷たく固まった私をゆっくりほぐしていく。
(ああ………そうか。私は…)
よかった。私、ちゃんと生きてたみたいだ。
* * *
それからすぐにお医者さんらしき人たちが来て、私の状態を説明してくれた。
ここは学院地区にある病院であり、信じられないことに、試験から丸1日眠っていたそうだ。
さらに驚くべきことに、私が倒れた原因は神経毒だった。試験で毒を使うって、一体何がどうなっているのだか。
まあ、毒自体はそれほど強いものではなかったのだけど。私の場合はその成分と致命的に相性が悪く、一時は危険な状態だったらしい。寝てただけで苦しくなかったのが唯一の救いだった。
とにかく、『学院の授業でも絶対に使わないように!』と強く念押された上、薬品を書き出した表を渡されてしまった。
毒になんて二度と縁がないと思いたいけど、一応気を付けよう。
そうして慌ただしい問診を終えたお医者さんたちは、もう一晩泊まるよう言い残して行ってしまった。
再び病室には二人きり。
ちらりと伺った先輩の顔には、薄くない隈が見える。
「もしかして、ずっと付き添っててくれたんですか?」
「この病室に移されてからだけどな。俺がメリルの傍に居たかったんだ。そんな悲しい顔をしなくていい」
謝ろうとした口を遮って、先輩は穏やかに笑う。触れてくれる手は温かくて、すごく安心する。
「ずっと生きた心地がしなかった。起きてくれて、本当によかった」
「…はい」
引かれるままに身を預けて、白いベッドに二人で寝転がる。
耳をすませば、ちゃんと動いている心音が聞こえる。
「メリル…メリル」
「大丈夫。ちゃんと生きてますよ、ギル」
嗚咽にも似た熱い吐息。
背を撫でてみれば、まるで子供のようにすがりついてくる。
なんだか予想外の事態になってしまったけど、こうしてまた彼の傍に居られるのは、とても幸せなことだ。
そうしてしばらくの間、互いに何も言わず、ただただ寄り添っていた。




