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SIDE:08

※第三者視点。周囲の状況


その日は学院の教師にとって、正しく厄日だった。


当日までの準備期間も悲惨と言えば悲惨だったが、今日という日を迎えてしまえば可愛らしいものだ。

せいぜい、返上した分の授業を進めるのが面倒なぐらいで済むのだから。


あちらこちらから響く轟音と黒煙。

国内最高建築物と名高い学院が、瓦礫(がれき)へと変えられていく。

だが、それすらもまだ問題ではない。学院教師の実力をもってすれば、建物の修繕すらも容易(たやす)い。


真に頭を抱えるべきことは、治すことのできない人の心だ。

ため息をつく教師の前には、少なくない人数の院生が膝を抱えてうずくまっている。

いずれも初等科生たち、前途有望だったかもしれない魔術師の卵たちだ。


六年生として卒業できるのは四割程度とは言え、本来ならば心を折られるのはもっと先だったはずだ。

今年度に在籍してしまった彼らにはつくづく同情する。もっとも、今この場にいる自分たちも大概不幸なのだが。



そんな彼らの対応に追われ、外に中にと走り回った午前中。

ようやく終った、やっと座れると万感の思いで迎えた昼休憩…嘲笑(あざわら)うかのようにそれは起こった。



例えばそう、橋を渡っている時に支柱の亀裂を見つけてしまったような。

あるいは、壁の隙間に人の顔を見つけてしまったような。


恐怖であり驚愕。あってはならない、対策のとれない、背筋が凍るような感覚。

たっぷり五秒停止した後、教師たちは顔を見合わせる。

誰も彼も青い顔で『今のはなんだ?』と。


残念なことに、統括のバレットは別件で出払ったまま戻ってきていない。

気のせいと流すにはあまりにも強い違和感。これなら能力の高い院生も気付いただろう。


学院で教師を名乗る以上、無様な対応は許されない。

たとえ極めて危険な事態(死亡フラグ)とわかっていても、それが問題ならば向かわなければならないのだ。


せめてもの悪あがきとして、医療班の教師を引っ張ってきてから、一同は目的地へと足を運ぶ。

場所は意外なことに特殊棟の外れ、それも荒事には無関係な資料室のようだ。

いくら屋内戦が可能とは言え、特殊棟には立ち入り禁止の場所もいくつかある。

罰則(ペナルティ)が課されることを、院生が好むとも思えないが…


もう一度顔を見合わせてから、中でも一番防御に長けた教師が扉へ手をかける。

独特の本の匂いと共に、視界に飛び込むのは…



「やっと…見つけて貰えたか」


「クラルヴァイン君!? 何故君がこんなところに」


戦闘を身構えていた一人が、気の抜けた声をあげる

六年生でも上位成績の院生であり、名門クラルヴァインの跡取り。名前はもちろん、素行などまでたいていの教師が把握している。

そんな彼は、先ほどの『気味の悪い感覚』を引き起こすような人物ではないはずだが…



「何があったんだね? ずいぶん疲弊(ひへい)しているようだが」


問題のある人物ではない。

だが、様子は明らかに平常ではなく、膝をつき肩で息をしている。

何かに巻き込まれたのか、あるいは……


息を飲んで反応を待つ教師たちに、向かい合った彼はゆっくりと瞬きをして腕を差し出す。



「馬鹿な奴に毒を盛られました。俺は動けるので、彼女を頼みます」


さらりと落ちた異常な一言に、教師たちは今度こそ停止した。

差し出された腕には小柄な女子が抱えられているが…



「ど、毒って…とにかく()せて下さい!」


いち早く我にかえったのは医療班を担当していた教師。

慌てて女子を受け取り、状態を確認する。……脈も呼吸も驚くほどに少ない。


「毒かどうかはわかりませんが、彼女は危険な状態です。すぐに病院へ搬送しましょう!」


「あ、ああ。先方には念のため連絡してあるはずだ。すぐに担架を」


続いて他の教師たちも手配のために動き出す。

その様子に、ようやくギルベルト・クラルヴァインも安堵の笑みを浮かべた。



「一体何が起こっているんだね? これは授業の一環、規模はどうあれただの試験だろう?」


「それは俺がしたい質問ですね。もっとも、起こったことは事実ですから。俺の大切な人が、どこかの馬鹿に害された。

クラルヴァインを敵に回したい奴がいるようです」



す、と細められた金眼に教師側がまた気圧(けお)されてしまう。

今年の最上位たち(二大名門家)に比べればまだマシな分類であったはずだが、それでも家柄も実力も折り紙つきの一人。

どこの馬鹿か知らないが、余計な種に火をつけないで貰いたいものだ。



「とにかく、貴方も少し休んだ方がいい。切れてこそいないけれど、魔力消費が激しいわ。試験については私たちが口添えをしておくから」


「いえ、棄権で構いません。バレット教師にもそう伝えて頂けると助かります。

二年生の担当は誰だったか…とにかく、俺もメリルに付き添いたいので、このまま失礼します」


気遣う医療班の教師をやんわりと断り、次いで背後へ視線を向ける。


「奥の床に俺の制服がありますが、中身が神経毒です。耐性のある方に確認して貰って下さい」


そう早口で言い切ると、ギルベルト・クラルヴァインは叱咤するように膝を叩き、駆け付けた担架と共に資料室から去っていった。





「…どう思いますか?」


「どうもこうも、負傷者がいる以上嘘の可能性は低いだろう。統括も彼は注意して見るチームとして上げていた。恋人同士と承知で組ませているから、とな」


「彼の様子も嘘をついているようには見えませんでしたね。あの女子院生をとても大切に支えていたし、痴情のもつれなんかの線は薄いかと。試験を蹴るような院生でもありませんし…」


「それより問題は毒とやらですね。ある程度は許容していますが、神経毒を試験に持ち込むなどと、全く何を考えているのだか」



残った教師たちは思い思いの意見を述べつつ、資料室の検分を始める。

多少おかしな匂いはするが、それ以外はいたって普段通りだ。

争った形跡もなさそうだが、ならば何故、クラルヴァインがあんなに疲弊していたのか。


そもそも、ここへ来るきっかけとなったあの悪寒は、一体何だったのか。



「何にしても、院内に伝達をしましょう。下手をしたら命に関わ……」



パキ、と。

不安をもらした教師の足下で、何かを踏み壊す音がした。


…資料室で、本以外のものを踏む音が。




靴の下にはガラスのような欠片が散らばっていた。

だが、この部屋の窓は上部にとられた換気用の小窓だけで、そちらは割れていない。



ならば、と拾い上げて、教師たちは“知識があるゆえに”戦慄することになる。



均一に並んだ正方形の模様。一分と乱れぬそれは、彼らすら制限の多い術の残骸だ。

『それ』だと、わかりたくないのにわかってしまった。


「有り得ない…だって、この魔術は……」


残るはずがない、と。続くはずの言葉が空を切る。


そう、正当な方法で解いた結界は跡形もなく消えるのだ。

これがあると言うことは、“そうでない方法”で解決したからに他ならない。


そして、疲弊した彼と自分たちが感じた恐怖が繋がる。


「なんてことだ、完全に(あなど)っていた」


起こってはいけないことへの恐怖。

自分たちが感じた恐怖は、間違っていなかった。




「ギルベルト・クラルヴァインは、世を滅ぼせる魔術師だったのか」




不可能を成すその実力は、すなわち崩国と同等だと、どこかの偉人の言葉が脳裏をよぎる。


ただの優秀な一院生と完全に見誤った。

先ほどの彼の対応を間違えていたら、彼女にもし我々が害をなしてしまったら、どうなっていたのか。



背筋を流れる冷たいものを感じながら、今ここに居られることに心から安堵し、教師たちは深く深く息を吐いた。



ああ、やっぱり今日は厄日だ。



久しぶりの更新が甘くなくてすみません…次回ももう少しサイド話になります。

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