04:楽しいお昼ご飯
一日が始まって数時間。
午前の授業を終えて、お昼休憩を告げる鐘が鳴り響く頃。
「メリル・フォースターはいるか?」
食堂へ急ぐ少年少女達を遮ったのは、日常にはあまりにも不似合いな美形の先輩様だった。
途端に慌て始める教室と、集中する視線。
四十人程度のクラスで名指しとなれば、当然逃げられるという選択肢などなかった。
「これはクラルヴァイン先輩、貴族のご子息がド庶民の私に何かご用でしょうか?」
好奇の視線を意地で無視しつつ、顔に浮かべるのは満面の笑み。もちろん、好意などではない。全力で嫌味だ。
「…何を怒っているんだ?」
「怒るなんてとんでもない。私のような下賎の者が先輩とお話しをするなんて恐れ多くて…一刻も早くこの場を去りたいだけです」
「そうか、気が利かなかったな。どこか二人きりになれる場所へ…」
「貴方と話したくないと言っているんです」
が、どうやらこの変態には嫌味や皮肉は通じないようだ。
いとも平然と返された言葉に、貼り付けていた笑顔は一瞬で崩れてしまった。全く、こう言うときの天然は鬱陶しいことこの上ない。
「ご用がなければクラスにお戻り下さいませ。でなければ、今すぐに私が去ります」
「用ならある。頼む、話を聞いてくれ」
「昨日の話ならお断り……ちょ、ちょっと!?」
断ろうとした瞬間に、彼はさらに想定外の行動をとった。
頭を下げた。貴族の彼が、庶民で下級生の私に対して。それも、まっすぐ向かい合って深々と。正式な礼の形でだ。
「せ、先輩!? やめて、早く頭上げて下さい!」
ただでさえ視線を集めていたと言うのに、まさかの状況。小声がざわめきに変わるのには何秒もかからなかった。
冗談じゃない、これじゃ私が何かしているようじゃないか! 私は巻き込まれただけで、一切合切関係ないのに!
「聞きます、話を聞きますから! やめて下さいってば!」
「感謝する」
正した姿勢のままに顔をあげて、薄い唇がゆるやかな弧を描く。
たじろぐ私を前にして、頭上に疑問符が浮かんで見える。
冷静で鋭い印象の容姿なのに、反応は真逆の天然ものばかり…ああ、やり辛い頭が痛い。
「ではそうだな、やはりどこか二人きりになれる場所に」
「食堂でいいですよね! これからちょうどお昼ですし!」
この流れできて『二人きりになれる場所』だ。もう本当にやめて欲しい。
二人きりなんて絶対無理。また押し倒されでもしたら、今度は我慢できる気がしない。たとえ先輩で貴族様だとしても、貞操の危機となればなりふりなど構っていられるものか。
「じゃあ行きましょう。さっさと行って、さっさと終わらせましょう」
なかば無理矢理に、先輩の返事を待たずに食堂へ向かって歩き出す。
ちらっと見た教室では、モニカがまた兵士を送り出すような表情で手をふっていた。
* * *
学院の食堂は、その名がつく他の場所に謝りたいぐらい豪華なところである。
高級宿を彷彿とさせる高い高い天井とシャンデリア型の灯り。
机も椅子も質の良い木を使っており、形こそシンプルだけど使い心地は抜群。
広く取られた窓からは穏やかな日が差し込み、要所要所には植物が飾られている。
どこを見ても清潔な、落ち着いた空間。
入学したての頃は、食事の度に感嘆のため息をついていたものだ。
この整った環境で、出される食事も大変美味。
メニューも多いし一番高いものでも五百銀貨1枚程度(※ほぼ500円ぐらい)と言う良心的過ぎる価格。
学院に来て本当良かったと思うことのひとつは、この食事環境のすばらしさだ。
卒業したくないと言う院生がいるのもよくわかる。
「それでメリル、注文は?」
「自分で買いますからお先にどうぞ」
これで隣りにいるのが変態男でなければ、今日も食事を存分に楽しめたのだけど。
残念ながら、楽しめない意味のため息ばかりこぼれる。まあ、この変態も外見だけならご馳走様と言いたいぐらいだけど。
注文待ちをしている間にも、あちこちから女子の熱い視線が飛んでくる。それは学年を問わず、憧れであり好意であり、私のように目の保養でもある。美形は美形で、凡人にはわからない苦労をしているのかもしれない。
「会計を一緒に済ませた方が楽だろう」
「すみません、この人とは別にお願いします」
とは言え、私には関係のない話だ。
露骨に無視したところ、少しだけ眉が下がった気がした。
モテ男には拒絶の言葉など縁のないものなんだろう。ざまーみろ。
「食事ぐらいは奢らせろ。男の矜持に関わる」
「そーゆーのは他の女性にどうぞ。貴方に借りなど作りたくありませんので」
ますます眉が下がった気がする。
冷たそうな外見に似合わずフェミニストと言うことだろうか。まあ貴族だしね。
昨日の発言を聞いている身としては、女扱いされるのがもう嫌なんだけど。
「……って、ちょっと先輩!?」
なとど、ほんの数秒悪態をついていた隙に、私の注文したお盆が手の中から消えていた。
勝手に移動するなんてこともなく、当然犯人は隣りにいた変態先輩だ。ちょうど私の頭の上あたりまで持ち上げて、すたすたと歩いて行ってしまう。足長っ歩幅広っ!?
「返して下さい私のお昼ご飯!!」
「席についたら返す。ほら、行くぞ」
無表情ながら、そこはかとなく漂うしてやったり感。
慌てて追いかけるも、圧倒的な歩幅差にどうしても追いつけない。
「返して下さいってば!!」
結局彼が見つけた日当たりの良い角の席に落ち着くまで、私達は視線を集めながら不毛な追いかけっこをする羽目になった。
あと、いつの間にか制服のポケットにはお昼ご飯代が仕込まれていた。
……前途多難だ。