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39:箱の中


『結界』と呼ばれる魔術は、魔術師以外の人間にもそれなりに知られているものの一つだ。

一方向のみに展開する『防壁』とは違い、対象を囲うようにして発するそれは常に立体である。

つまり、見ようによっては“箱”であり“球”であるのだけど…


(わざわざ『箱結界』って呼んだってことは、特殊な魔術なのよね)


張り巡らされたそれを一通り眺めた後、再び視線をギルベルト先輩に戻す。

結界を確認した後から、彼は扉の前に立ったまま全く動いていない。悔しそうな表情を浮かべながら、ギリギリ届かない拳を音がしそうな程に握り締めている。


「……どうしましょうか。罠に嵌められたってことですよね」


「…まあ、そうだな」


とりあえず、黙っていても仕方ないし。控えめに声をかけてみれば、先輩は顔をこちらに向けて少しだけ笑った。

それから、私の疑問に気付いたのか、『ああ』と呟き空いている手で招いてくれる。


「『箱結界』なんて知らないよな。『鍵付き結界』とも言うんだが」


「どっちも聞いたことないですね」


ただ、『箱』に『鍵付き』…なんとなく雰囲気は掴める気がする。鍵の付いた金庫とか、そういう感じだろうか。


「ようは、解除するために『条件』を設けられている特殊魔術だ」


「あ、なるほど」


私が予想していたものは当たりだったらしい。

『よく見ると違いがわかる』と指し示して貰った面には、半透明の正方形が模様のようにビッシリと並んでいる。通常のものなら模様はないはずだ。結界そのものも立方体型に発生するらしく、それが『箱結界』と呼ばれる所以(ゆえん)だそうだ。


「それで、先輩はこの魔術を知っているんですよね? 解除法は…」


「知っているからこそ、厄介なんだ」


さらさらと説明をしてくれたので解決が近いのかと思いきや、先輩は再び形の良い眉をひそめて溜め息をつく。

もしや、その『条件』とやらが厄介なのかと答えを待てば、予想外の言葉が返された。




「俺たちは、『条件』を知らされていない」


「…………あ」




つまるところ、『問題を提示されていないテストを解け』状態だった。焦っていた訳だ。最初から詰みに近いじゃない。

まさかの返答に固まってしまえば、先輩は私の頭を撫でながら、さらに現状について説明を続けてくれる。


「通常の結界なら力ずくで何とかするところだが、この魔術は『召喚術』なんかと同じで、術者の情報が結界に組み込まれている。『条件』の達成以外では、本人にしか解除が出来ない」


「………ま、マジですか」


乾いた呟きが落ちた。つまり、今の私たちには『術者本人がここに来るのを待つ』以外に選択肢がないってことだ。

試しに触れてみるけれど、退路を遮る半透明のソレは指をしっかりと押し戻してくる。硬くも柔らかくもない不思議な力は『物理攻撃も効かないよ?』と雄弁に語っているようだ。


「どうしようも…ない、ですよね?」


「そうだな。もっとも、これは禁止魔術の一つだ。監視の教師たちが気付いてくれれば、そう時間はかからないかもしれない」


曰く、この結界は上級生の実力試験などで“のみ”使用されるものだそうで、先生が使う時にも書類を出さないといけないらしい。

理由は、今のような事態が起こりえるから。結界そのものには『条件』が表示されないので、必ず先生が付き添って監視した上でしか使っちゃいけないのだと。


「悪用され易い術は大抵そうだけどな。そもそも、この結界術は六年生も“詳しくは”習えない魔術だ。教えられるのは外側だけで、使うためには自分で研究して辿りつかないといかん。

まあ、結界魔術を専攻してるヤツなら、そう難しくないだろうが」


と言うことは、私たちを呼び出した生徒…今回の犯人は、専攻教科を選べる学年になる。確か四年生からだったかな。走って行ったあの一年生の子は、本当にただの使い走りにされただけと言うことだろう。


「解析が得意な教師が来てくれれば、術者も見つけられる。…悪いメリル。俺がもう少し強ければ、こう言う結界でも力ずくで破れたんだが」


「いえいえ、先輩は十分強いですって! と言うか、力ずくでもどうにかなるんですか?」


「出来るヤツは居るな、うちのクラスに」


……今の六年生クラスは、本当に化け物の巣窟らしい。今日さんざん活躍してくれた先輩をもってしても首席になれないのだから、推して知るべしと言うか何と言うか。


とにもかくにも、ここに閉じ込められて動けないのは確定みたいだし、学院内は現在大荒れ中だ。頼みの綱の先生も、すぐに来てくれるとは思えない。


「いちゃいちゃするぐらいしか、することないですよねー…」


気を紛らわせる意味も込めてぽそっと呟いたら、先輩は一瞬だけ驚いた後、すぐに蕩けるような笑みを浮かべて、私の肩を引き寄せてくれた。


「それは名案だな」


「ふふっ…」


危機感足りないと言われれば全くその通りだけど、他に出来ることもないんだし仕方ない! 本当に先輩が一緒に来てくれていて良かった。一人だったら今頃泣いていたかもしれない。

擦り寄った彼の腕の中は温かく、しっかりとした男の人の体が私を迎えてくれる。

予想外の罠にはまってしまったけれど、こんな時でも『ここに居れば大丈夫』だと、心を落ち着かせてくれる…


(…………む)


慣れた動作のままに先輩の匂いを確かめようとして、思わず眉間に皺がよってしまった。

いつもの先輩の匂いと違う。もちろん汗や砂の匂いでもなく、これは入った時から感じていたこの部屋の空気だ。


(なんかここ、空気こもってて嫌な感じなのよね)


書物を管理しているためか窓はなく、天井付近に取られた換気小窓も白く曇っている。学院の施設はどこもそれなりに手入れされているはずなのに、特殊棟だから見過ごしてしまっていたのだろうか。


「…メリル?」


頭上から降る優しい声には苦笑して返す。私の背ではもちろん届かないし、そもそも結界の範囲外だったら触ることも出来ないのだけど。


「なんかこの部屋の空気やだなーと思って。こもってません?」


先輩から少しだけ離れて、壁側に近付く。ああ、やっぱり窓は結界の外だわ。ここから出ないと、換気も出来な………


「おい、メリル?」


先輩の声が、心配の色を強めて、私を呼ぶ。


あれ、なんだろう。

振りかえろうとしているのに、体が動かない。




視界が、揺れ、て







「メリル!!」


彼が強く叫んだ声が、いくつも重なって響く。


変だ、力が抜けていく。

心臓の音が妙にうるさくて、薄汚れた天井がぐるぐると回っている。




「せんぱい…」




気をつけて。


罠は、結界だけじゃない。



声にならない息の音が、淀んだ空気に吸い込まれていった。

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