SIDE:07
ギルの相方のエリオット視点?です。
「…あー、やっぱり間に合わなかったか」
ふいに響いた聞き覚えのある声に、ギルベルトは伏せた顔を上げる。
座り込む六年生をかき分けて現れたのは、短い白茶髪に優しげな赤茶の目をした、毎日顔を合わせている人物。
「エリオット、こっちに来てたのか」
「うん、うちの男子が君を追いかけたって聞いてね。助っ人しに来たんだけど、一足遅かったよ」
眠りの術で完全に落ちたクラスメイトの姿勢を直しながら、六年目の相方は苦笑する。
どうやら、助っ人と言うのは『相対していた方』にだったようだ。友人の裏切りめいた台詞に、ギルベルトの眉間に少しだけ皺が入る。
「…お前を敵に回したくはないんだが」
「僕もお断りだよ。ギルとマトモにやりあうなんて、この程度の人数で勝てる訳がない」
ちら、と同じように座り込んだ五年生に、同情の視線が向けられる。恐らく六年生に何も聞かされず、ノリだけでついて来てしまったのだろう。
当たり前のように言い切るエリオットの台詞に戸惑いつつも、自分たちを圧倒したギルベルトを見て、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
「飛び級組が強烈過ぎて忘れちゃったんだろうね。四年の初めての演習の時なんて、クラス半分集まっても君一人を止められなかったのに」
「懐かしいな。あの頃は俺も強い分類だった」
「いや、今も充分強いから」
眠った院生の脈などを一通り確認するも、状態は流石としか言いようがない。あちこち汚れてはいるものの怪我らしい怪我はなく、眠りの術も安全に作用している。呆然としている五年生たちも同様のようだ。
完全に包囲出来る人数を相手にしても、冷静に対応出来ている。いつもはド天然で苦労させられる男だが、やる時はやってくれるらしい。
ただの寮の相方と言う間柄だが、自慢に思ってしまうのも仕方ないと言うものだ。
苦笑に感心の色を混ぜつつ、クラスメイトを寝かせて立ち上がると、ふとエリオットの視界に見覚えのないものが飛び込んだ。
ギルベルトの腕の中に誰か居る…?
「……ん?」
今まで気付かなかったのもアレだが、長身の彼が隠すようにすっぽり抱き締めているので、まあ無理もないだろう。
短めのスカートに細い脚、女子生徒なのは明らかだが…
「あの…先輩のお知り合い、ですよね?」
やっと、と言わんばかりに腕の隙間から顔が出て来る。
濃い目の青髪に、ぱっちりとした緑の瞳。小動物のような愛らしい少女の特徴には聞き覚えがあった。
「もしかして、メリルさん?」
「は、はい。二年のメリル・フォースターです」
驚きと焦りを露にしながら、小柄な少女が頭を下げる。…と言っても、抱き締められたままなので、ギルベルトの胸元あたりにぶつかってしまっているが。
そんな彼女に、抱き締めている張本人は腕を解くでもなく頬をすり寄せている。いや、そこは離してやれよ。
「どうも、初めまして。寮の相方のエリオット・ガードナーです。ギルがいつもご迷惑を………」
迷惑進行形のようだ。
エリオットが名乗りをしている間も、メリルはもぞもぞと身じろぎ続けている。「はなしてくださいー!」とくぐもった悲鳴も聞こえているが、当のギルベルトは幸せそうに笑ったままだ。
…この二人、本当に上手くいっているのだろうか。実に不安になる構図なのだが。
「ギル、離してあげなよ」
「何故だ? この方が安全だろう」
「メリルさん、こんな鬱陶しい男早く振ればいいよ」
「ふ…ッ!?」
エリオットの一音低くなった恐ろしい一言に、天然な返答をしていたギルベルトも途端に顔を青くさせる。
慌てて腕を解いてその中の少女を見つめる表情は、叱られた幼児そのものだ。
「ガードナー先輩、すごいですね」
「まあ付き合い長いからね。あんまり鬱陶しい時は、『もう別れましょうか』とか言えばいいよ」
「……メリル、俺は鬱陶しいのか? 別れたいのか!?」
今度は金眼を驚愕に見開いている。女性に絶大な人気を持つ容姿も、こうなってしまうともはや別人のようだ。
さっきまで高等科生を相手に圧勝していたであろう男が、頭一つ以上小さな女の子に泣かされそうになるなんて。
(…ギルらしいけどね)
メリルの方も慌てて「別れませんよ!」と返しているので、結局二人の仲は良好なのだろう。さっきのあれも、日常の一コマなのかもしれない。独り者にとっては目の毒以外の何ものでもないが。
(………あ、れ?)
和やかな風景を眺めつつも、つい癖で魔力の気配を追ってしまって…次の瞬間、エリオットの笑みは固まった。
相方の腕にすっぽりとおさまっていた、小柄な少女。気にしていた魔力の波長が、彼女のものと一致したのだ。
姿を確認した時から、ギルベルトの方に魔術がかかっているのはわかっていたが…
(だとしたら…あれ、全部あの子が……?)
「おい、エリオット?」
相方からかけられた声で意識が戻って来る。
思わず肩を震わせて顔を上げれば、きょとんとした様子のカップルと所在なさげな五年生たち。…完全に思考を持っていかれていたようだ。
「あ、ああ…ごめん。ちょっと考え事してた」
「大丈夫か? お前も戦うのは苦手だし、俺たちと行くか?」
「……僕が入る隙間なさそうだし、遠慮するよ」
メリルの肩はしっかりとギルベルトに引き寄せられ、比喩でも何でもなく、二人の間に隙間と言うものは見当たらない。
「中てられる前に退散するよ」と、また苦笑しながらエリオットは去って行く。
なんとなく不思議に思いつつも、残った生徒たちがその背中に声をかけることはなかった。
* * *
(ギルったら、またスゴイ逸材見つけてるなあ)
廃墟と化した実技場を背に、エリオットは前もまともに見ずに歩いて行く。背後では相変わらず騒音が響いているが、今の彼の耳には届いていないようだ。
エリオット・ガードナーは相方と違い…どちらかと言えば真逆で、補佐を中心に魔術の解析能力に優れている。
戦闘時は一番後方に下がり、相手の実力や戦い方を分析するのがいつもの役割だ。
その彼が見たところ、ギルベルトの体には全部で四つの補助魔術がかかっていた。
おかげで、ただでさえ凶悪な彼の戦闘力がかなり底上げされていた。あれでは、たとえ六年生を含めた集団でもそうそう勝てないだろう。
それこそ真っ向勝負でなく、汚い手を使わないと。
(魔力の使用量を軽減させるものと、身体防御の強化。あれは薄い防壁かな)
先ほどのギルベルトの姿を思い出しながら、知っている魔術を当てはめていく。
(あとは…多分空気抵抗か負荷の軽減。それに衝撃軽減か。あれだけかかってれば、動き易いだろうな)
思い浮かべて苦笑する。普通の人間からしたら、反則もいいところだ。
そう、何故なら
「本来重複出来ない魔術を、四つも同時にかけるなんてね」
口にしてみて、少しだけ鳥肌がたった。
補助魔術と言うのは、本来は『一つしかかけられない』ものなのだ。一人に対して一回一つ。効果が切れる頃にかけ直すか、次のものをかける。
なのに、ギルベルトの体には確実に四つの魔術が効果を見せていた。それも、彼の体の方には全く負担をかけずに、だ。
(考えられるとしたら、やっぱり部位を指定したってことだよね)
補助魔術は通常『その人物』を対象として…言い換えるなら『体まるごと』にかける術だ。
けれど、先の場合は恐らく、魔術ごとに『体の部位を指定して』かけたのだろう。
(使用量軽減は頭…脳かな。指令系統を整理してあげれば、指示は出し易く、魔力は必要最低限で済む。
身体防御は恐らく腹部。急所である心臓を含めた、内臓防御を重視しているはずだ。
で、負荷軽減は手足。これでかなり動き易くなるし、衝撃軽減は…足の裏かな。アレなら、走ったり飛び降りたりしても、怪我をすることもないだろう)
今の彼は生身に見えて、ほとんど鉄壁だ。甲冑を着こんでいるのと同じぐらいの安全さで、動かす体は軽いときている。反則以外の何だと言うのか。
「…そんな芸当、出来る人間初めて見たけどね」
補助魔術はあまり取りざたされないが、非常に使うのが面倒くさい魔術だ。効果が弱すぎたら意味はないし、強すぎたら対象を傷つけてしまう。絶妙な力加減が必要なのだ。
『体の部位を分けて』なんて、小人の針穴に毛糸を通すような繊細な作業だろう。それを上級生に囲まれた状態でやってのけたと言うのだから、感心するより他ない。
補助魔術は使い慣れている自分ですら、まず無理だ。
「…ちゃんと守ってあげてよ、ギル。彼女の価値は、わかる人が見たら結構やばいよ」
目立つのは攻撃や防御だけれど、それを支える人物が優秀であれば、戦況はいくらでも変えられる。自分が敵対したなら、間違いなく真っ先に潰すのは彼女だろう。
危機感のカケラもなかった二人を思い浮かべつつ、エリオットは激戦区を後にした。
…笑っているつもりで、引き攣ってしまった頬を撫でながら。
説明回で御座いました。
小人の針穴に毛糸は通りません=メリルのやったことは彼女以外には出来ないことだったりしました。




