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34:攻撃特化の戦い方


突然だった。一歩も離れていない地面から噴き出した炎に、私はただ絶句する。

何もない地面から垂直に発生したソレは『壁』としか言いようのない形をとって、長身のギルベルト先輩をも超えた高さまで燃え盛っていく。


「……ッ!!」


廃墟と化した実技場が、一瞬で橙色に染まった。ごうごうと空気を吸い込む音が、炎の勢いを語っている。

攻撃された。本当に、攻撃された!

また震え出した手をなんとか先輩に伸ばして、しがみつく。次に備えないと。直撃はしなくても、何が来るかわからない!!


(先輩たち、どうしてこんなこと出来るのよ!!)


布を引きちぎるぐらいに、強く強く握り締める。なるべく体を丸めて、耐えられるように。

……けれど、来るであろう魔術の衝撃は、いくら待っても来ない。



(………あ、あれ?)



そっと顔を上げれば、炎の向こう側の生徒たちの目が、落ちそうなほどに見開かれている。

何故彼らの方が驚いて……


相殺(そうさい)した…そんな、今の一瞬で!?」


「は…?」


最前列に居た上級生たちが、信じられないと全身で示しながら呟く。

私だって信じられない。先輩が魔術を使っているところなんて全然見えなかったのに。

先輩の方へ視線を戻せば、『どうかしたのか?』とでも言いそうな涼しい顔で立っている。しがみついた私の頭を撫でる余裕もあるらしい。


(でも、そう言うことよね…!?)


つまり、この『炎の壁』は攻撃じゃなく、先輩が発した魔術と言うこと。

その証拠に、至近距離で燃えているにも関わらず、火の粉どころか熱風すらも私には向かって来ていない。


「い、いつの間に仕込んでいたんですか?」


「これぐらいなら仕込む必要もないぞ?」


呆然としつつも聞いてみれば、やはり先輩は平然と返してくれる。聞いたこちらが間違ったと思うほどに。

詳しくないけど、初等科が一番初めに教えられるのが『発火魔術』なので、火の魔術は他よりも使い易いはずだ。

だからと言って、いきなりドでかい壁を作り出すとなれば、それはまた話が別。魔力ももの凄く使うだろうし、何より手順ナシで瞬間発生とかどんな難易度か想像もつかない。



「…ちゃんと言っただろう? メリル」


まだイマイチ状況が理解できていない私に、今度はゆっくりと、子供に教える先生のように微笑みながら囁く。


「俺は、壊す専門だって」


口説き文句のような甘い声。撫でてくれる感触と重なって、震えが治まっていく。

吐息混じりの優しい触れ合いが、背筋に響いて気持ちいい。


「先輩…」


「何も怖くないから。メリルはそうやって、俺に抱かれていてくれ」


頭を撫でていた左手が、するりと下りて今度は腰を引き寄せる。

隙間ゼロの密着した体勢のまま、彼はにっこりと白い歯を見せて笑った。



……そんな、恋人同士の語らいの間にも、炎の壁の効果は消えていく。

薄く透けていくその向こう側には、当然ながら上級生たちが杖を構えたまま……


「せせせ先輩! くっつくのいいですけど前見て前!!!」


「ん? 何だ?」


「だから前!! 攻撃来ますってば!!!」



壁が完全に消える。

心なしか怒気が増した上級生たちの前面には、それぞれの身長ほどの魔術陣が爛々と輝いている。

どう見ても攻撃魔術。しかも、初撃よりも数が多い気が…!!


「ひいっ!」


今度こそ先輩は何も仕込んでいない。結界…防御壁を張りたいところだけど、これからで間に合うか!?


「クラルヴァイン…お前本ッ当にヤなヤツだよなあ…!!」


先頭に居た男性…恐らく六年生…がドスのきいた低い声で叫ぶ。

今のは確かに私たちが悪い! 攻撃されるってわかってるのに、わかってたのに!!


「ごめんなさい! 謝りますから、あんまり痛いの止めて下さい!!」


「なんでメリルが謝るんだ? 何も悪くないだろう」


「ああ、ああ。全部クラルヴァイン(おまえ)が悪いもんな!! モテ男はいっぺん死ねやあッ!!」


掛け声で叫ばれたのは明らかにやっかみだったけど、この学院の最上学年には変わりない。



「ッ!?」



視界が光で溢れる。

矢の形をしたもの、丸いままのもの、雷のような形をしたもの。

数多の魔術が一斉にこちらを向いている。


自分の息をのむ音が、妙に大きく聞こえた。

体が固まって動けない。逃げなきゃ、いけないのに。



「だから」



真っ白な世界の中、頭上から声が落ちる。

私の大好きな声は、落ち着いたまま、ほんの少しだけ鋭い雰囲気を秘めて




「攻撃で俺に勝てると思うなって」




仰いだ先輩の顔が不敵に笑った。

鋭い金眼が嬉しそうに前を見て、細められて。


真っ黒な杖を握った右手が、振り払うように空気を切る。




直後、体ごと震えるような激しい爆発音が響き渡った。



「うおああああああっ!?」

「ちょっ馬鹿、防壁張れ早くッ!!」



激しい地響きの向こう側で、慌てる声が途切れ途切れに聞こえる。先輩の声じゃない。

黒い煙と砂埃が立ちこめる中、バタバタと動きまわる影も、先輩じゃない。



「………マジですか」


「マジだよ、大真面目」




言葉が出てこない。先輩は相変わらず私の腰を抱いたまま、右手一つで杖を掲げ、楽しそうに揺らしている。

彼らが『相殺』と言った時、何かと思ったけど…本当に言葉通りだった。



「あれだけの攻撃魔術に、さらに攻撃ぶつけたんですか」


「ああ。俺は壊す専門だからな」


綺麗な顔が得意げに笑う。笑いごとじゃないだろうに。


やがて煙が晴れれば、先ほど何が起こったのかよくわかる。

実技場の石床はものの見事に砕け散って、その下の地面さえも完全に黒焦げになってボロボロと崩れている。

対峙していた上級生たちは、しっかりと防御の魔術を張っていたようだけど、顔には驚きと疲労の色が濃く、制服もあちこち汚れている。

にも関わらず誰も怪我をしていないのだから、恐ろしい加減具合だ。



「お前…演習でそう言う戦い方するか、フツー」


「ちゃんと相殺で治まる威力だっただろう? 俺たちを邪魔するのが悪い」


「試験中だよ真面目にやれ!!」


声を荒げる六年生に、後ろの後輩たちもしっかりと頷く。これは向こうが正しいので何も言えない。いや、私は真面目にやってるつもりなんだけど。


ところが、彼の言った正論は、先輩の何かに触れてしまったらしい。

さらっと受け流す状況だったはずなのに、金眼をゆっくりと細めて、笑った。鋭い顔立ちのせいで妙に冷たく、見下すような笑みを。



「真面目に、ねぇ」


「せ、先輩…?」


いつもよりも低い声が、ボロボロの実技場に響く。

私の腰をさらに引き寄せて、掲げていた杖の先をゆっくりと前へ向けていく。

その先端に、光の粒子が陣を描きながら。


「俺は真面目にやっても構わないんだが、何せここのところ首席組(バケモノ)しか相手にしていなかったからな。加減の基準がズレているかもしれん」


白く輝いていた粒子に、だんだんと赤が混じり始める。

それはいつかの放課後、イライザさんの件で見たあの魔術のように。赤黒く、徐々に禍々しさを帯びていく。


「今日はメリルも居るし、適当に流して終わろうかと思ったんだが」


なんだろうか、周囲の空気が冷たくなっていく気がする。

先輩に触れた面はとても温かいのに、他はまるで拒絶されているような気分だ。


対峙した上級生たちは、さっきよりも少し離れた気がする。いや、進行形で…後ずさっている? 心なしか、今度は汚れた顔が青くなっているようにも見えるし。



「ご指名とあれば、仕方ないな」



ニヤリと、先輩の唇が歪んだ。

……今気付いたけど、この人、喋っていない時にも唇が動いていた。


ああ、そうか。『呪文』は声に出さないといけないものだけど、それが“人に聞こえる声量でなければいけない”とは言われてないわね。


そっか、そっか。じゃあ先輩は、私が気付かないうちにちゃんと魔術の準備して……


「……え?」


さっきと比べて随分長い時間をかけた魔術陣は、赤黒く輝きながら先輩の身長の二倍以上ある高さまで広がっていた。

なんだこれ、こんな大きな魔術陣、人に向けて使って……




《貫け》



「先輩ーーーーーッッ!?」




恐ろしく冷たい声と共に、巨大な魔術陣から黒い矢が飛び出して行く。

それも、それぞれが大人の腕ほどある大きなものだ。

制止は間に合わず、視界は一瞬で真っ黒に染まった。



「全力で防壁張れ! 急げ!!」


風を切る轟音の中に六年生の叫び声が混じっている。

けれど無常にも、張った先から壁はドンドン壊されて、彼らとの距離もあっと言う間に離れて行く。まるで薄い氷を割るように力の差は圧倒的で、指示と怒声はやがて悲鳴に変わっていった。



「先輩、あのこれ…大丈夫なんですか?」


「ああ、怪我はさせないようにしてある。狙いは少々キツイがな」


恐る恐る仰ぎ見れば、私に向いたのはいつも通りの先輩だった。よく見れば少しだけ、申し訳なさそうに苦笑している。


「きついって言うと…具体的には?」


「眉間とか顔の中心狙いだ」


「えげつなッ!!」


聞くんじゃなかった。

人の急所はいくつもあるけど、とりわけ顔の中心と言えば危険な位置だ。鍛えようもないし、攻撃が当たらないとわかっていても、間違いなく反射的にかばってしまうだろう。


慌てて上級生たちを伺えば、本当に顔の辺りを狙われている。

ちゃんと当たる前に弾け消えているものの、拳が高速で殴りこんで来るのと同じぐらいの威圧感だ。誰も彼も悲鳴を上げながら手を振り回して、中には腰を抜かしている人さえ見える。



「先輩、クラスメイトにそこまでしなくても…」


「メリルにいいところ見せようかと思って……いや、悪い。やり過ぎたかもしれない」


思わず呆れてしまった私を見て、しどろもどろしつつも、やがて先輩はくたっと頭を下げた。

犬に例えるなら、耳と尻尾がぺたーんと倒れている感じだ。動機はちょっと嬉しいけど、今回は反省して貰おう。


とにかく、まず魔術の解除だ。先輩の合図と共に陣はすぐに霧散し、黒い矢も空気に掻き消えた。

が、二十人近く居たはずの相手の方は、半分が座り込んで降参の姿勢を示していた。

残りは悔しそうに膝をついている…恐らく魔力切れで失格になった人がほとんどと、かろうじて立っている人が数名だ。

立っているのは六年生なんだろう。恨めしそうに先輩を睨みつけている。



「…お前になんて手ぇ出すんじゃなかった」


「甘く見て貰ったら困る。俺は攻撃だけなら第二位(デューク)にも負けたことはないぞ。…まあ、今回はやり過ぎた。悪かったな」


離れた分の距離を歩み寄って行く。お互い手にはまだ杖を構えたままで。

とりあえず危険な魔術は消して貰ったけど、ここからどうしよう。降参してくれる雰囲気もなさそうだし。


(力の差は明らかだけど、どうやって……ん?)


ふと、先輩が私の腰をトントンと指で合図している。

顔は前のまま目線をこちらへ向けて、唇が動いた。



『お と せ』


「………」



やがて、私たちと彼らの距離は歩幅三歩分まで近付く。

警戒しているのは六年生同士だけだ。見たところ、防壁を張っている気配もない。


彼らは正に満身創痍で、睨む顔にも明らかに疲労が浮かんでいる。

……なるほど、それで私に『落とせ』か。





《我が祈りは愛し子のために。安らぎよ、その(かいな)(いだ)き包み給え》






魔力を集中させて、なるべく小声で囁く。



「なっ…!?」


耳鳴りに似た小さな音の後、ゆっくりと六年生たちの体が崩れ落ちる。

以前にモニカに使って貰った、超初級魔術の『眠りの術』普段なら効かないであろう子守唄でも、ボロボロの彼らには効くってことか。


「失格条件は棄権、降参、魔力切れと…眠ること(きぜつ)だ。さすがメリル」


「効くまでボロボロにしたのは貴方でしょう。まあ、良い夢が見られる術なので、やられて気絶するよりはマシだと願いたいです」


溜め息をつきながら彼を見上げれば、蕩けそうな甘い微笑みが降って来る。

さらさらの髪が触れそうと思ったのも束の間、腰を寄せられて今度こそすっぽりと抱き締められた。



「……有難う、メリル」


「勝ったのは貴方ですよ」


見当違いなお礼に笑いつつも、伝わってくる体温と鼓動がとても気持ちいい。

戦場真っ只中なのだとか、周りが廃墟なのだとか、そう言うのを忘れてしまうぐらいに。




こうして、周囲からの生暖かい視線に見守られつつ、私たちの演習第一戦は無事に勝利を収めたのだった。


(戦って勝った後に、精神的なトドメまで刺してくれなくても…)


(くそっ! バカップル爆発しろ!!)

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