03:せめて夜は静かに
※本文中に元作品「Magical☆Party!!」の人物名が登場しています。
彼らの詳細は、プロフ掲載の個人サイトでご確認下さいませ。
「うわーそりゃまた…えらい面倒ごとに巻き込まれたわね」
「でしょ? 意味わからないわよもう」
亜麻色のふわふわした髪をまとめながら、私の相方の少女・モニカが苦笑いをこぼす。
この学院は全寮制であり、かつ全ての部屋が二人部屋になっている。
とは言え、二人で使うには勿体ないほどの広さがあるし、ベッドにはそれぞれ簡易ながら天蓋がついている豪華仕様だ。施設のすばらしさは、まさに国立名門様々である。
在学期間が長いこともあって、寮では一年ごとに相方変更を申請できるのだけど、彼女とは去年から一緒。個人的には、卒業まで一緒でも構わないぐらいだ。
「貴族様のお戯れならいいんだけどね…」
ごろんと寝転がる私の頭を、ふっくらとした手が撫でてくれる。
少しぽっちゃり気味の彼女は心優しく聞き上手。いつだって私の問題を自分のことのように真剣に、大切に考えてくれる本当にいい子だ。成績は平凡だけど、私は友人関係には恵まれていると思う。
「慰めて終わりにしたいけどね。クラルヴァイン家って言うのが、冗談の線が薄いかも」
「え、なに? 問題のある家なの?」
「問題っていうかね…」
言い淀みつつも心当たりがあるのだろう。我関せずの私と違い、モニカは学年内でもかなりの情報通だ。
ベッドから起き上がって姿勢を正すと、大きめ眼鏡をくいっと持ち上げて、彼女も真面目な表情になった。
「貴族としては問題ないわ。むしろ安定してるから、玉の輿狙いならオススメ」
「別に狙ってない」
「欲がないわね。まあそっちは問題ないんだけど、魔術師としてはね…最近ふるってなかったみたいだから」
「そうなの?」
魔術師と言うのは、まず生まれ持った才能がものを言う。
先天性のソレがなかった場合は、どんなに努力しても魔術を扱うことは出来ないのだ。
しかも、遺伝する条件が極めて曖昧で、名門血筋でも受け継がないこともあるし、無関係の平民からポッと生まれることもある。
もちろん“名門”と呼ばれる家はその対策もしているのだろうけど……
「衰退って言うほどではないけどね。あそこは『子爵』と『魔術名門』の二枚看板でやってきてる家だから。片方でも傾くと結構痛手になるのよね」
「ああ、確かに」
本来はどちらか一つでも十分だが、ここまで両方を掲げてしまった以上、後に引けないのはなんとなくわかる。
有名な家は有名な家で、色々と大変そうだ。私には関係ないけれど。
「ギルベルト先輩…いえ、“次の当主”は当たり株っぽいからね。期待も義務も大きいんじゃないかしら」
「あの変た…ごめん。あの人優秀なの?」
「“あのクラスでなければ”首席も狙えたぐらいの実力者よ」
「………ああ」
モニカが強調した言葉に、今度こそ少し同情してしまった。
と言うのも、今の六年生…先輩が在籍しているクラスは、長い学院の歴史から見ても異常なのだ。
クラルヴァインも名門だけど、全然レベルの違う人間があのクラスには在籍している。
国の双璧、魔術師の頂点と呼ばれる最高峰『二大名門家』
そのひとつ『キルハインツ本家』の次期当主様が現在の首席なのである。
学年をいくつも飛び級した上で首席だそうで、劣等寄りの私には想像もつかない世界だ。
で、次席の生徒もそれに劣っていない。
キルハインツ氏が飛び級して来るまでは、ぶっちぎりの成績だったそうだ。彼は名門出ではないけれど、すでに王城からお誘いが来ているぐらいの実力者。
名前はキンバリー先輩。周囲に無関心の私でも知っているぐらい有名な人達だ。
「あの二人がいたら、少なくとも一位・二位は狙えないわね」
「その二人は当然凄いけど、他にも色々いるらしいからね、あのクラス。誰かが化け物の巣窟って呼んでたけど、あながち間違いでもないのよね」
「うわぁ」
先輩を化け物呼ばわりするのはどうかと思うけど、見習いにもなれていない私達にはそんな感想しか抱けない。
多少優秀な程度では埋もれてしまうだろう。名門の家名を背負ってる者としては、楽しい状況ではないはずだ。
「だからって、知りもしない先輩のために体を捧げられるほど、私は博愛主義者じゃないわよ」
「家柄も容姿も問題ないんだから、それなりに有りだとは思うけど?」
「じゃあモニカ代わってよ。夢見がちでもなんでも、私は愛情がないと無理」
よく知りもしない先輩の家のために、処女を捧げて子供まで生むなんて絶対に嫌だ。
しかも、顔は良くてもやたら無表情だし、行動は常識破り……いや、犯罪未遂の変態だ。そんな相手なんてごめんこうむる!
「諦めてくれるといいわね」
「本当にね…」
ため息だらけの空気に包まれながら、結局だらだら雑談をしてから眠った。
いつもの日常を堪能してから眠れば、今日の出来事はただの珍事件として全部忘れてしまえると思った。
けれど翌日、私の期待は真逆に裏切られることになる。
「ねえねえ、女子寮の前にすごいカッコイイ人いるんだけど」
「あれ、六年のクラルヴァイン先輩じゃん! 誰よ待たせてるの!」
「………」
「…どうするのよ、待たせてる人」
朝一番、日差しの中でキラキラと輝くイケメンの登場に、浮き足だつ年頃の女子院生達。
その後ろで、お通夜のような空気の私達。
何がどうして貴方そこにいるのさ。
「メリル、どーすんの?」
「人違いでしょ?」
そうだと願うしかない。ほら、美形の先輩を待たせてる美少女さん、早く行ってあげてくれよ!
…けれど、待てども待てども美少女は合流せず。
寮から出てくる女子達を、冷めた目で眺めては首をかしげるばかりだ。
時折、好奇心に負けた院生が話しかけているが、異様なまでにそっけなくあしらわれている。
「人違いだと思いたいけど、あたしは業者用出入口を薦めるわね」
モニカの提案に深く頷いて、黄色い声をあげる院生達とは逆方向へ歩き出す。
小さくふられた手が、まるで戦地へ赴くような気分にさせてくれた。
奇跡みたいな幸運で入学できた魔術学院、卒業までは私なりに精一杯頑張ろうと決めていた。
けれどこの日、初めて私の頭の中に無断欠席と言う言葉が何度も浮かんでいた。