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31:試験開始


そして、いよいよやって来た波乱の試験当日。

空は憎らしいほどに青く、正門前に整列する院生たちを歓迎するように晴れ渡っている。

…雨天決行らしいので、素直に喜んでおくか。


(しかし、全員集まるとやっぱり多いわね…)


まずは出席確認と言うことでクラスごとに並んでいるのだけど、右を見ても左を見ても薄紫色の制服が埋め尽くしている。

人の多さは昼の食堂で慣れていたつもりだけど、甘かったらしい。さすが国内最大規模の学院。


ちなみに、一クラス四十名ほどの編成になっており、最大で一学年四クラスほど。

それが学年が上がるにつれて脱落者を増やし、六年生に残るのは入学時の四~五分の一らしい。

三角形の頂点を目指していくシステムは、技能職にはつきものと言うところか。


やがて簡単な説明を終えた先生が去って行くと、いよいよ皆落ち着きをなくしていった。

妙に厚いメモをブツブツと音読したり、不規則な屈伸をしたりととにかく慌しい。そりゃまあ、初等科には本来無縁の試験なんだから、構えちゃうのはわかるけど…



「メリル」


そんな同級生たちの中に、いつも通りの穏やかな声が響く。


「あ、先輩。おはよう御座います」


「おはよう。よく眠れたか?」


まだ薄い朝の光に照らされて、青銀色の髪がキラキラと輝く。いつも通りの優しい微笑みを浮かべたギルベルト先輩は、やはりいつも通りに無駄に美形だ。目の保養になるのが悔しい。


「なんだ? 俺の顔に何か?」


「いえ、その綺麗なお顔を朝から見ると、目と脳に毒だなあと」


「毒なのか? 悪い、また紙袋でもかぶって来るべきだったか」


ついこぼれた皮肉に眉をひそめられたけど、“良い意味で”と続けたらすぐまた笑ってくれた。

先輩は全くいつも通りのようだ。背筋の伸びたきれいな姿勢に、緊張は『き』の字も見られない。


「先輩はさすがですよね」


「演習ぐらいいつものことだしな」


さすがにこの人数はないが、と周囲を見回して苦笑する。そわそわと落ち着かないクラスメイトたちは、もの言いたげにこちらを見ては慌てて目を逸らすばかりだ。

聞きたいことがあるのなら聞いてくれればいいのに、緊張し過ぎだろう。



「ま、あくまで授業の一環だ。そう構えることもないだろう。上級生との合同授業なんてそうそうないだろうし、良い思い出作りだとでも思っておくといい」


思わず溜め息をついてしまった私と同時に、先輩の落ち着いた声が響く。

顔は私の方を向いていたけれど、おそらく初等科生たちに言ってくれたのだろう。

クラスメイトはもう一度だけ私たちに視線を送った後、軽く頭を下げて各々のチームへと散って行った。


……なんというか、やっぱりこの人は上級生で、大人なんだと実感してしまう。


「先輩は凄いですね。隣りに居るのが私で申し訳ないです」


「俺は早く二人きりになりたかっただけだぞ?」


金眼が柔らかく細められて、指先は髪を撫でてくれる。

彼のさりげない優しさに感謝しながら、私たちも集合場所へと歩き始めた。


*  *  *




ほどなくして、特設壇の上から先生の指示の声が響き渡る。

呼びかけているのは片目を隠した青髪の…先日のバレット先生のようだ。二十代そこそこのお兄さんに見えたけど、本当にあの人が責任者だったのか。老齢の『いかにも魔術師!』な先生も沢山いるのに、人は見かけによらないものだわ。


彼はよく通る声でテキパキと説明を進めていく。その表情はほとんど笑顔で、口調も明るい。内容が模擬戦闘の説明なだけに、なかなか不似合いな図だ。

締めの言葉がとっても元気な『ご武運を!』な辺りも、なかなか笑えないわ。



「…とりあえず、これからどうしましょうか?」


「そうだな」


隣りに居た先輩は特に驚いた様子もないので、あの先生はあれが普通なんだろう。上級学年の考え方にちょっと引いてしまったけど、今日は怖がってる場合でもないし、先輩について行くより他選択肢もない。

指示を仰ぐと、先輩は少しキツめに目を細めて、視線だけで周囲を伺い始めた。


「今回は屋内戦も許されていたが、いきなり狭い場所はちょっとな」


「個人的に、学院内で戦うと言う意味がまずわからないんですけどね」


ちなみに、この学院の建物には全て特殊な魔術が張ってあるそうで、粉々にしてもすぐに修理が出来るらしい。

記録を残して復元とか何とか言っていたので、修理と言うよりは再生だろうか。とにかく、一般家庭では有り得ない機能が山ほど組み込まれているからこその無茶振りだろう。嬉しくないけど!


「まあそう言うな。とりあえず、屋外…なるべく開けた場所で戦うか」


「開けた? 遮蔽物があった方が隠れられて良いと思ってました」


「慣れてる連中はな。メリルだと瓦礫に埋もれる可能性があるから」


少しだけ気遣う様子の台詞に、何も反論出来ない。さすが先輩、よく私をわかっていらっしゃいます。

そうか、再三『直接攻撃するな』とか『怪我させるな』と言う注意は聞いたけれど、『ものを壊すな』とは言われてないのよね。

周囲なり足場なりを狙う攻撃が大丈夫なのなら、上級生はそう言う狙いをしてくる可能性が高い。

例え相手が気を遣ってくれたとしても、巻き込まれて大惨事を起こしそうなのが私のような劣等生だ。

……今日は本当に大人しく先輩にくっついていよう。


繋いでくれた手の温かさで少し気分を取り戻しつつ、とりあえずの行き先は屋外にある実技場になった。元々荒っぽい授業で使う場所なので、広さはもちろん造りもしっかりしており戦いやすいと言うことらしい。私のクラスはまだ使ったことがないので、先輩の言葉を信じるしかないんだけど。


私たちと同じ考えなのか、かなり多くの院生が同じように屋外実技場へと進んで行く。

中には六年生も混じっているのか、時折先輩が手を振りながら何かのサインを送りあったりしている。

…やっぱり高等科のやることは、私にはわからない。



「…何と言うか、釣り合わないですね、私」


「そうか?」


「ええ、とても。せめて足は引っ張りたくないんですけど」


引っ張るだろうな、と言うのは今から目に見えている。

皆みたいに緊張はしなかったけど、別の意味で落ち込んできそうだ。役に立つべく気合だけは入れてきたし、もちろん全力を尽くす。でも正直、気休めにもなれないかもしれない。




「メリル」


「はい?」


「俺は今日、メリルを全力で守るつもりで来たけど」


先輩の歩く速度が落ちて、周囲の院生たちが不思議そうに覗いては抜いて行く。

繋いでいた手はより深く、繋いでいない手はそっと私の頬に添えられた。


「メリルの姿勢、好きだぞ? だから、落ち込むのはなしだ」



ふ、と、妙に大人びた微笑みが落ちて、心臓がはねた。

先輩の触れてくれる部分が、とても熱い。


「俺の惚れてる女を貶すな。それが、メリル自身でも」


「は、はい」


よろしい、と今度は子供みたいに白い歯を見せて笑う。向けてくれる笑顔が、いつも色んな意味を持って、違っていて…先輩は本当に、心臓に悪い。



「どきどきし過ぎて、心臓壊れそうです」


「じゃあずっと俺のことを考えていてくれ。そしたら、演習なんてすぐに終わるだろう?」


再び進み始めた足取りは軽い。人だかりが見えるので、実技場とやらもすぐだろう。

足を引っ張るのは確定だけど、凹んでいる場合じゃない。これはやらなきゃいけないわ。



「…頑張ります。役立たずでも足手まといでも、やれるだけはやりますよ」


「ああ」








『それでは、健闘を祈って。始め!!』

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