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02:何も聞かなかったことにしようか


『聞こえなかったか?』とあくまで無表情に問いかける彼に、力の限り言い返したい。


聞こえなかったことにしていいですか?

否、聞かなかったことにして今から逃走してもいいだろうか。


(ドン引きだ)


いきなり何を言い出すかと思えば、冗談にしても性質(たち)が悪い、悪すぎる。何をどうすっ飛ばせばその台詞が出て来るんだ?


「メリル・フォースター、返事を…」


「頭おかしいんじゃないですか?」


結局、口をついて出たのは、一番言ったらヤバそうな返答だった。




(私のばかーーーー!!!)


『素直に言い過ぎた!』と慌てて口をふさぐも、時すでに遅し。

頭おかしいはマズイだろう! 思っても言ったらいけない! どんなに変態発言をしたとしても相手は年上、最上学年。そして“肩書き持ち”の貴族様だ!!


「す、すみません! つい口が滑って」


怒られる…いや、殴られるかもしれない!

とりあえず慌てて頭を下げる。どうしよう、ここはひとつ土下座でもするべきだろうか? 貴族の対応なんてしたことがないし……


「……あ、あの、先輩?」


背中は冷や汗、心臓はばくばく。が、彼からは罵声も怒声もふってこない。

恐る恐る顔を上げてみると……


「ん、なんだ?」


「あ、れ? 怒らないんですか?」


意外なことに、対した先輩は平然とした様子で立ったままだった。静かに怒っている、と言う雰囲気でもない。


「怒る要素がないだろう。的確な反応だったから、むしろ感心していた」


(的確って…)


自分で言っといて『頭おかしい』と思ったのか。この人きりっとした外見の割りに、中身はもしかして天然なのかもしれない。


「一応弁明をしたいのだが、構わないか?」


「え、あ…手短に済むのなら」


視線を動かせば、窓の外はそろそろ赤よりも黒の方が多くなってきている。

学院の完全施錠まで、そう時間は残ってないはずだ。

善処すると頷いて、手近な机に座った彼はつまらなそうな無表情のまま話し始めた。



「占術師はわかるか?」


「せんじゅつ…占いの魔術を本職にしている方ですよね」


二年の私は分野としてしか習っていないが、魔術の中でも特殊なひとつだ。

予知、先見、未来視。呼び名はさまざまだが、明日の天気から男女の相性・結ばれた先まで、とにかく先を読むことに()けた魔術師を『占術師』と呼ぶ。


「貴族にはだいたい(かか)えの占術師がいるのだが、先日帰省した際、当家のそれに興味深いことを言われてな」


金眼が私をとらえる。

射抜くような強い視線に、一瞬だけどきっとした。


「メリル・フォースター、お前は非常に珍しい体質の持ち主だそうだ。お前と交わることで、俺は潜在能力をあますことなく発揮出来るらしい」


「………」


まじわる?


「また、俺達の間にもうけられる子は、(たぐ)いまれな資質を持って生まれてくるそうだ」


「こどもって…ちょ、ちょっと待って下さい!」


「質問があるなら遠慮するな」


「質問じゃなくて!」


まじわる、で次に出た単語が子供だった。

男女が『交わる』と言うことは、もしかしなくてもつまり……



「あの、もしかして、私を性的な意味で抱くとかそう言う話をしてらっしゃいます?」


「ああ、そうだが」



ぎゃーーーーーー!!!


顔に血がのぼってくる。この男、さっきからサラッとなんてことを言っていたんだ。

弁明も何もないじゃない、まんまですよ! 抱かせろって言ってたよ!!



「…なんだ。俺が相手ではそんなに不服か?」


「初対面で不服も何もありません!! 第一、何の弁明にもなってませんよ!」


前言はやっぱり撤回しない。この人頭おかしい!

もし彼が普通だと言うのなら、私はこの国の『貴族』を絶対信じない。

始終無表情で子供生めとか言ってくる男が、普通だなんて認めてなるものか!



「だから言っているだろう。交わりに意味があるのだと」


「意味があろうとなかろうと、普通の人間はいきなり抱かせろなんて言いません! そもそもいきなり押し倒したりしません!」


そうだ、いきなり押し倒してきたんだ、この人。

意味がそのままだと言うことは、私が抵抗しなかったら学院でコトに及ぶつもりだったのか!? 初対面の人間と!?


「……変態。いいえ、強姦魔ですね。学院で変なことしようとか、貴方最低です」


「まだ何もしていないのだから、それはさすがに撤回しろ。雰囲気を作ったら移動するつもりだった」


「説明を後回しにしてですか? その時点で最低ですよ」


それとも、美形様に押し倒されればどんな女も落ちるってか?

……いや、ありえるわね。この男、外見だけは群を抜いているし。多少怪訝(けげん)な様子はあれど、悪いことをしたとは思っていないようだし。

今までそうだった、そうしてきたってことなんだろう。


(この人は本当に、別の世界の人間だわ)


深く深くため息をついて……今度は私が彼を見据える。

ここまで聞いたらもう十分だろう。


「私はもう貴方と話したくありません。失礼させて頂きます!」


「なっ……おい待て、メリル・フォースターッ!?」



誰が待つか冗談じゃない!!

こんな頭の痛くなるような話にこれ以上付き合ってられるものか!

あげくに強姦未遂、貞操の危機とか本当に有り得ない。


背後から先輩の呼び声が聞こえていたけど、絶対に振り返らないで走り出す。

持てる力の限りに足を前へ、一歩でも前へ。あの教室から遠くへ。


窓の外はすっかり暗くなっている。

今の時間なら先生達が戸締り確認に巡回しているはずだ。もし捕まったとしても、助けを求められる。


(なんで私がこんな目にあわなきゃならないのよ…っ!!)


世の不条理さに涙が出そうになりながら、階段を駆け下りて、女子寮への帰路を急ぐ。


(悪い夢でありますように! 明日は何事もなく平凡でありますように!!)


信じたこともないカミサマに祈りながら、汗ばんだ手で扉をこじ開け、そのまま力いっぱい閉める。


「よし、逃げ切ったあッ!」


へなへなと座り込んだ私を女子院生達が注目していたが、構っていられる体力はもうなかった。

疲れた。本当に疲れた。一体なんだったんだもう……


とにかく、今日は早く寝よう。すぐにでも寝よう。今日という日をなかったことにするんだ。

私は変態には会わなかった。帰りがちょっと遅くなって、先生に怒られる前に急いで帰って来ただけだ。そう、今日の夕方には何もなかった!





…けれど、私は忘れていたのだ。

祈った先のカミサマとやらは、あの変態男をえこひいきしまくっているような存在だと言うことを。



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