17:抵抗劇
視界を埋め尽くすのは白。
それが『光』だと気付いた時には、とっさに目を閉じ後ろへ下がっていた。
続いて感じたのは吹き付けるような熱風と、肌をかすめる細かな衝撃。
少し遅れて、激しい火が燃える音。
「………ッ…」
驚愕の一言からわずか数秒。
恐る恐る開いた目に飛び込んだのは、先ほどまで私が居た場所の床石……黒く焼け焦げて、煙を上げていた。
「なによ、メリルちゃん。いい反応してくれるわね」
「………それはどうも」
あまりな出来事に、むしろ頭が冷静になってきている。
恐らく火炎の攻撃魔術だったんだろう。死ぬようなことはないにしても、もしあのまま一歩先の位置に居たら、間違いなく怪我をしていた。
脅しでも何でもなく、本気で私を痛めつけるつもりらしい。
(……ただの脅しなら、喜んで土下座でもしたのに)
反論するヒマもなくこれだ。一体どんな教育を受けてきたのだか、この先輩がたは。
背中に汗が吹き出るのを感じつつ、目線を戻せば別の女性が何事かを呟いているのが見える。
詠唱を隠す気もない。そりゃそうか。
人数で見ても学年の能力で見ても、間違いなく不利なのは私だもの。
……やっても無駄なのはわかってるけど、やるしかないのか。
でなければ、先ほどの彼女の言う通りだ。
嬲られるだけ嬲られて、その上で証拠を隠蔽されて終わり。
冗談じゃない。私が一体何をしたって言うんだ。
ただ、昼食を一緒にとっただけじゃない! そんな理由で痛い思いをするなんて、絶対お断りよ!!
《杖を!!》
倣うように、最も短い呪文を口にする。
ほんの一瞬だけ手の中に感じる熱さ。
次の瞬きには、私の半身ほどの長さの大切なそれが、手の中にあった。
色は光の加減で金色にも見える白銀。
装飾はあまりついていないけれど、上部が籠状になっていて、その中には金色の光球が浮かんでいる。
柔らかい輪郭の、優しい色の『杖』
これが、“持ち主の心を映し出す”全員形の違う器具と知ってからは、私の数少ない自慢の一つだ。
「やる気?」と好戦的な眼差しを向ける女性に、なるべくそちらに向けないよう自分に近い位置で構える。
《防壁展開》
言葉の直後に一瞬だけ耳鳴りに似た高い音。
続けて発生するのは、薄いガラスのような透明の壁だ。
『防壁』は結界術の一つ。中でも、私が使ったのは詠唱のいらない一番簡単な術だ。
何せ護身術の一番初歩だからね。
前に立つ女性たちが呆れたような顔をしたのが見えたけれど、構っていられないし…仕方ないじゃないか!
こちとらまだ初等科の二年生。その上、私は攻撃魔術が苦手中の苦手なんだから!
(先輩たちみたいに間違えるぐらいなら、使えない方がマシだと思うけどね)
変な力を持ってしまうと、こういう私用で使いたくなるんだろう。ほんと性質が悪い。
魔術は人の役に立つための能力だろうに。
「バカにしてんの?」
「ッ!?」
そうこう考えているうちに、二撃目も飛んできた。
薄い防壁はかん高い破壊音を立てて、一瞬で消滅する。
よし、一発防げただけでも上出来上出来!
「何そのペラッペラの壁。やるならやる気出しなさいよ」
やる気出してこの強度なんだよちくしょー!!
なんて言ってもしょうがないので、もう一度同じものを前に発生させる。
先輩の眉間の皺が更に深まった気がしたけれど、構ってられるか。こっちはいっぱいいっぱいだ!
「それで防げると思ってるんなら、侮辱もいいところね!」
ガシャン、と。出したそばから二枚目の壁が壊された。
が、めげずに続けて防壁を発生させる。
「この…ッ!!」
ああ、すごい怒っていらっしゃる。せっかくお化粧で綺麗にしていた顔も、歪みに歪んで悪魔みたいになってるよ。
それが本性なのかもしれないけど。
(とにかく、出来る限りの抵抗はしてやるんだから!)
まだ小刻みに震えている手を叱咤して、壊された三枚目の壁の横にもう一度防壁を。
どうせ一発しか防げないペラッペラの初歩魔術だ。
けど、おかげで消費魔力はそれほど多くない。持久戦になれば、巡回の先生が気付いてくれるかもしれない…!
「…ッ!!」
かん高い破壊音と発生音が連続する。耳がぐわんぐわんしてきた。
でも、出さないと。何枚目かの防壁を並べるように発生させていく。重ねて置いたら、多少は効果が上がるかも。
「ふざけんのもいい加減にしなさいよ!!」
「いっ…!?」
直後、例の金髪の先輩の怒声に合わせて衝撃が下から来た。
重ね張りした防壁も意味を成さず、かばいきれない余波で尻餅をつく。
「いった…」
発生位置を指定して当ててきたのか。あの先輩、最低でも四年生以上の実力者みたいだ。
怪我はしなかったけれど、今の一発で両足がしっかり痺れてしまった。力も入らない。
「…くっ」
何とか杖だけは手放さなかったので、座り込んだまま防壁を張るけれど
「だから、薄いってば」
「きゃっ!?」
即行で別の女性に壊されてしまった。
今度は上から叩きつけられた衝撃に、腕や肩にビリビリと痛みが走る。
座り込んでる場合じゃない。早く立って、距離を取らないと…!
「無駄な抵抗やめなさいよ。どうせ何も出来ないんだから」
高い声なはずなのに、響く音は地を這うような低さを感じる。
視線を上げれば、近付いて来るのはやっぱり金髪の人だ。
杖を持ち上げようとしてるけど…手が動いてくれない。
「あたしも暇じゃないのよ。これで終わりにさせてくれる?」
ヒマじゃないなら下級生になんて構うなよ!!
そう叫んでやりたいのに、声も出てきてくれない。
彼女の構えた杖の先には、両手を広げるよりもなお大きい魔術陣が浮かんで来ている。
ちょっと待て。さっきの攻撃魔術だってキツかったのに。
そんな大きな攻撃、防壁張ったって防げない規模じゃないか。
「………殺す気、ですか?」
「すぐ治療すれば死なないでしょ?」
即死したらどうするんだ、とかは考えてないんだろうな。
点と点が線を結び、陣の形が明らかになっていく。
…ああ、もう。使えないなりにもう少し調べておけば良かった。
焼かれるのか凍らされるのか、何をされるのかもわからない。
腕も足も、痙攣したまま動いてくれない。
衝撃に備えて、目を閉じて………
「……………ッ!?」
けれど、次に響いたのは私の声じゃなかった。
息を呑んだのは、あの耳につく高い先輩の音。
恐る恐る目を開けば、とんでもないモノが視界に広がっている。
扉を起点として、彼女たち五人をしっかりと範囲に含めたソレは…広い実技室の床の半分以上を埋める規模の魔術陣。
金髪の人が撃とうとしていたモノの何十倍も大きい。
しかも、赤黒く輝くソレは、何の魔術なのかわからない私にも伝わってくる。
攻撃魔術。それも、確実に人を殺すレベルの、禍々しい空気を放っている。
……多分だけど、これは“虐殺”するための魔術だ。
「こんなの、いつの間に……ッ」
さっきまで怒気しか感じなかった彼女たちが、怯え慄いている。
上級生の彼女たちなら知っているのかもしれない。
自分たちが捕らわれているソレが、“どうやって人を殺す”魔術なのかを。
そして、その陣の範囲に……私だけは含まれていない。
助かったと思いたいけれど、手放しには喜べない様相に、ただただ動けない。
一体何が起こっているのか。
化粧の下の顔を青くする彼女たちに声をかけようとして
「何をしているんだ?」
緊張を破ったのは、聞き慣れた男の人の声。
鈍い音を立てて開かれた扉の先には、赤黒く輝く陣の中でなお、刃のような青と銀をまとう長身のシルエット。
「せん、ぱい……」
掠れた私の呟きが広い部屋の中に響く。
昼食ぶりに見たギルベルト・クラルヴァインは、何の感情も伺えない顔のまま
ただ、底なしの冷たさを湛えた金色の目で、彼女たちを見下ろしていた。
前回【呼び出しボタン】を押して下さった皆様、有難う御座いました!
ちょっと予定外の展開になってしまいましたが、セコム発動します。