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16:蛇

※今回も微妙にシリアスです


ギルベルト・クラルヴァインと過ごす昼食には、周囲の視線が付き物である。

知っている者は『有名な人』として見て、知らない者は『整った容姿の人』として見る。

好奇であり、羨望であり、憧憬であり、あるいは嫉妬であり、畏怖である。“彼”に向けられる視線は、だいたいそう言うものだと思っていた。

皆の視線は彼のみを見ていて、隣りの私はよくて付属品、九割は背景の一部とみなしていると。


……そんな風に考えて、日々に慣れてしまっていた自分を、今全力で殴り飛ばしたい。

ちょっと冷静になればわかる。そんな訳ないだろう!! いったい何日彼の隣りに居たと思ってるんだ。


(少なくとも、視界に入れば目障りに感じるぐらいには、一緒に居たわよね…)


唯一の出入り口を塞ぐ彼女たちを見れば、そんなもの一目瞭然だ。美しく彩られた顔からは、怒気…いや、殺気しか感じない。

どの女性から向けられる視線も冷たく、肌に刺さりそうなほどに鋭い。


…ああもう、先輩がモテることなんてわかりきっていたはずなのに。

ここまでの人数は想定外としても、ある程度なら予想出来たはずだ。

本当に、どれだけ生ぬるい思考になっていたのだか…自分が情けないわ。



「ねえ、何か言うことあるんじゃないの?」


「は、はい!? 言うことですか…?」


急にかけられた冷たい声に、思わず反応が裏返ってしまう。

女性らしい高くハリのある声質。けれど、どこか粘っこく、耳にこびりつく気がした。


(言うことといわれても…)


どこからどう見ても怒っていらっしゃるようなので、とりあえず謝るべきなんだろうか。

けれど、名前も知らない彼女たちに、私が何の謝罪をしたらいいのかわからない。

軽々しく謝るのも、それはそれで失礼になりそうだし……



返答に困っていると、舌打ち混じりの溜め息が聞こえてきた。かなりイラついてもいらっしゃるようだ。

ど、どうしよう。やっぱりまずは謝るだけ謝った方がいいかも。


「アンタさ、二年のメリル・フォースターだよね?」


「…ひっ」


謝ろうとした矢先、今度は扉付近に立つ短い黒髪の女性から質問が飛んできた。

女性の割りには低めの…脅し慣れている声、とでも言うべきか。たった一言なのに、一瞬で鳥肌がたった。

声が上手く出ないので、彼女にはしっかり頷いて返す。「ふぅん」と興味もなさそうに一瞥する目が、恐ろしいほど冷たい。

そして、その温度の目のまま、今度はじろじろと私を観察し始めた。


(こ、怖い…)


値踏みするような、とはまさにこう言う視線だと思う。

スカートから露出した足を隠したい。見られるのが痛いなんて知らなかった。


やがて観察終えると、一様に鼻で笑ったり口元を隠して見下したりし始めた。

嘲笑と侮蔑。でも、そんなことはどうでもいい。笑いたければ好きにしてくれ。何でもいいから早くここから逃げだしたい。

こわい、こわい、こわい、こわい。


視線を避けるように背を丸めたら、手前の金髪の女性が一際鋭い目でその言葉を吐き捨てた。




「ねえアンタさ、ギルの何なの?」


「何……?」




『ギルの何なの?』

怒気の篭った声が、ずしんと圧し掛かる。


「わ、私は……」


答えようとして、言葉が続かなかった。

私は、クラルヴァイン先輩の、何だ?



血の気が引いていく。たった一言の質問に、答えられない。



先輩と後輩…これは正解だ。ただし、条件は『年齢』と言うだけの関係。

同じ研究をしている訳でもないし、特筆するような交流はない。クラルヴァイン先輩も、目の前の彼女たちも、同じ『先輩』だ。


では、友達? それとも、仲間? まさか、そんな関係は有り得ない。

彼はモニカやクラスメイトたちとは全然違う。そう呼べるほど、親しい間柄ではない。彼に失礼だ。


じゃあ、私は彼の何なんだ?


彼からしたら、私は『家のために必要な体質の女』だろう。

じゃあ、私にとっての彼は何?


どうして私は、あの人と一緒に居たの?




またも答えられない私に、金髪の女性が音を立てて息を吐く。

髪をかき上げる仕草が妙に色っぽくて…何故か、彼の隣りに似合いそうな人だと、そう思ってしまった。



「あのさ、アンタ用もないのに何日もギルに付き纏ってたの? 何のつもりよ?」


「まさか貴女みたいなのが相手にして貰えるなんて思ってないよね? 鏡見たことある?」



くすくすと笑い声を織り交ぜながら、後ろの女性たちが問いかける。

鏡なんてもちろん見てるさ。彼の隣りに釣り合わない自覚だってある。だけど…


「わ、私じゃないです。先輩が…お昼は、迎えに来てくれて……」


「はあ? そんな訳ないでしょ? ギルが他人のために動く訳ないじゃない」


バカなの?と付け加えられた返答は、完全否定。また怒りに歪む表情に、慌てて口を塞いだ。



「ギルはね、他の男みたいにジタバタしたりしないの。自分の持っているものをちゃんと理解している。乞う者たちの中から釣り合う者だけを選別して、それを与える人なの。その辺のクズ男とは違うのよ」


「………」


怒気をおさめたと思ったら、やや恍惚気味に語る金髪の先輩に……絶句するしかなかった。

この人は誰の話をしてるんだ? ギルと言うのは、クラルヴァイン先輩のことじゃなかったのか?


私の知っているクラルヴァイン先輩は、どっちかと言えば行動力が有り余っている。無駄に接触過多だし、乞われることはあっても与えられた覚えはない。

今もすぐに思い出せるのは、柔らかい微笑みと大きな手の感触。

彼女が言うような先輩は想像もつかない。



呆然と聞いていると、その態度がまた気に入らなかったんだろうか。

眉間に深い皺を寄せて、もう一度あの言葉を繰り返す。



「アンタ、ギルの何なのよ」


「私は……」



答えられない。


『彼の家の事情に振り回されている』と、そう言ってしまえばいいのに。

“そうじゃない”と否定する私もいるから。何が答えなのかわからない。


口唇を噛み締めて、冷たい視線に耐えていると、

やがて「もう何でもいいわ」と呆れたような声が降ってきた。


解放して貰えるのか。

そう期待して、俯いていた顔を上げてしまって





《杖を》





次に響いた声に、戦慄した。





『杖』

魔術師の必需品。百年以上生きた『魔素の樹』の枝を加工して作られる、高等魔術道具。

魔力の使用を円滑にするための器具で、学院の生徒はこの『杖』を正式な形で入手することが、入学試験の一つとなっている。


私ももちろん持っている。入学する時に手に入れた貴重品だ。

けれど、初等科に分類される私たちは、この『杖』を使うような機会などそうそうない。

試験などで使用することはあっても、二年の範囲なんてまだまだ安全な魔術ばかり。


『杖』を使用しないといけないような大きな魔術なんて、


ましてや それを 人に向けるなんて





「……な、に………?」




(かす)れた誰のものかわからない声が、高い天井に吸い込まれた。


何だ。これは、一体何?


それぞれに違う形をした『杖』が五本。



私にまっすぐ向けられている。




「フツー実技室に呼ばれてる時点でわかりそうなもんだけどね」


笑い声の混じった嗜虐的な呟き。


「ここの壁、すっごい頑丈だからね。音も漏れないから、気にしなくていいよ(・・・・・・・・・)?」


何を? 何を、気にしなくていいって?

無意識で一歩後ずさる。頭上から降り注ぐ夕日が、ひどく、赤く見える。


「ああ、大丈夫。アタシね、回復とか治療系の魔術得意なのよ」


何故、今そんな話が必要なの? 回復? 治療? それが、何に……



「帰る時は、ちゃんときれいな体で帰してあげるわ」



流れた分の血は戻らないから、知らないけどね?



「…………ッッッッ!!!!」



何言ってるの!? 何なのこの人たち、何なの!?


二歩、三歩と後ずさっても部屋の奥へ追いやられるだけ。

震えが止まらない。

いやだ、こわい、だれか!!



「こ、こないで……」


絞り出した声はか細すぎて、私にすら聞こえない。


淡く光り始めるそれを向けたまま、金髪の美しい女性が囁いた。




「ガキのくせに生意気なのよ。死ねば?」



置いておきます

【ギルベルト呼び出しボタン】

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