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SIDE:04

※ギルの同室、エリオット視点です


「六年になって初めて、自分の相方をちょっと鬱陶しいと思ったよ」


誰に言うでもなくぽそりとこぼした愚痴に、何故か反応したクラスメイトたちは驚愕の表情で口を揃えて言った。


「今更か!? お前どれだけ心広いんだよ!!」


……ギル、なんか君は凄い人間だと思われてるみたいだよ。




昼食を終えた後の麗らかな午後。

昼寝にちょうど良さそうな心地よい気温の教室は、よりにもよって『自習』と言う最上級の待遇を与えられて緩みまくっていた。


そのまま惰眠をむさぼる者、雑談に興じる者、しまいには教室を出て行く者もいる。

もちろん、真面目に教材を開いている者もいるけれど、片手で足りる人数だ。


そもそも、六年の座学なんて復習と応用が主で、同じ授業内でも個々が別のことをやっているのだ。

自習(すきにしろ)と言われたらこうなるのは、いつものことだ。僕もとがめる気はない。


……とがめる気はないけれど。すぐ隣りの席に座る相方は、ぶっちゃけた話、ちょっと鬱陶しい。


(食堂から帰って来て、ずっとこの調子だよ)


我が相方ギルベルト君は、その整った顔立ちにずっと笑みを貼り付けたまま、視線を遠くへ向けている。

時折思い出したかのように薄い口唇を指でなぞっては、また微笑む。

アレだ、いわゆる惚けた状態と言うやつ。デレッデレですよ。


(……気にはなるけど、聞きたくないなあ)


おそらく、昨夜言っていた例の彼女絡みなんだろう。

他人の惚気話には微塵も興味がないんだけど、あのギルがこうなると言うのはちょっと気になる。

…視界に入るデレ顔が鬱陶しいのも本音だけど。


周知の事実である通り、ギルベルト・クラルヴァインは大変モテる男だ。

それなりに有名な名門家の肩書きと、彼の容姿があればまあ当然だろう。

傍に居る女の人が日替わりだったりするのも見たし、外泊届けを出しに行くところもしょっちゅう見ていた。

帰って来たら衣服が乱れに乱れていたことも、体じゅうから女性用の香水の匂いをさせていたことも一度や二度じゃない。


その度に周りの皆からは『寮の部屋変えて貰ったら?』と言われ続けていたけれど、僕は特にその必要性を感じなかった。

何故なら、誰と居ても何をして来ても、帰って来るギルはいつだって同じ顔で同じように振舞ったから。


帰りが遅くなる時はちゃんと謝ってくれるし、香水の時だって体が赤くなるまで磨いた後に『匂いがついたかもしれない』と部屋の備品交換を申し出てくれたぐらいだ。

彼自身は悪いやつではない。そりゃあ、ちょっと抜けているとは思うけど…怒れば聞いてくれる。それは同室の僕の役目だ。

一緒に居て、とても気楽な相手。だから、ここまで彼の相方としてやってこられた。


……のだけど。


(初めてだよね、こういうギル)


取り巻きでなく“付き合っている”と聞いたこともあったけれど、その女の人たちと居た時も…彼女たちと別れた時も、ギルはほとんど表情を出さなかった。

他の友達はもっと浮かれたり落ち込んだりしていたから、僕の相方は感情を外に出さないと思っていたのに。



「……エリオット、俺に何か?」


「あ、ごめん。用と言う訳じゃないんだけど」


迷っていたら、結局向こうから声をかけられてしまった。

僕の方に向き直った顔は、いつも通りの感情の乗っていない無表情だ。

もともとのキツめな作りの顔立ちには、よく合った佇まい。これだけ見ると、いつものギルなんだけど…


「随分嬉しそうだから、何かあったのかと思って」


「…ああ、今日も良いことがあった」


たった一言、その瞬間にふわりと花が開くような微笑みを浮かべる。

頬が引き攣ってしまった僕とは逆に、こっちを見ていた女子からは黄色い声が上がった。



「メリルに俺の失敗を許して貰えたんだ」


なるほど、想い人の名前はメリルさんと言うのか。

ギルの失敗と言うと、色々と思い出したくないようなものも浮かぶんだけど…大丈夫だよね? 許して貰える程度のものだよね!?


「そ、それは、随分心の広い方なんだね」


「お前が言うのか」


『その寛容さはまるで慈愛の女神だ』とまで評された僕をもってして、ギルの行いの中には許したくないものもあるんだよ! 本人には言えないけれど。(と言うか、何故女神…)

どうやらメリルさんは、とても優しい方のようだ。よかったね、ギル。


とにかく、失敗を一つ許して貰えたと言うことは、一歩前進と言うことだろう。

そりゃあ確かにめでたい。彼の場合は特に。あのデレ顔も納得と言うことか。



「…あと、もうひとつ」


「ん?」


僕が勝手に納得していると、彼はますます笑みを深めて…さっきまでしていた、あの指で口唇をなぞる動きをした。


「もしかして、キスしたの?」


「まさか、そこまで進んでいない」


そこまでって、君はもっと深いコトを平然とやっているだろうに。

聞きたくないけど仕方ないので聞き返したら、今度は喉を鳴らして笑いだした。


「スプーンを俺と共用したって、もの凄い真っ赤になって固まったんだ」


「スプーン共用? と言うと…間接キス?」


「ああ、それだな。そんな程度のことで、本当にメリルは可愛い」


その場面を思い出したのだろう。

傍から見ているこっちが引いてしまうぐらいに、幸せダダ漏れな顔で声を上げて笑い出した。

お、おいおい…誰ですか、この人。僕はこんなギルは知らないんだけど。


しかしまあ、食器の共用だの回し飲みだのは、親しい間柄ならそんなに珍しいことでもないだろうに。

メリルさんは随分と初心な方みたいだな。こんな男女関係の塊みたいなギルの傍に居て大丈夫なんだろうか?


相方の方はひとしきり笑い終わったと思ったら、今度は目を閉じて、蕩けるような微笑を浮かべている。

……こんな笑い方も、僕はここまで見たことなかったな。



「…メリル」


「まあその、上手くいくといいね」


「ん、有難うエリオット」


視線だけをこちらに向けて、素直に頷く動きは僕のよく知る彼のものだ。

そのどこまでも優しい表情は、多分彼女のためのものなのだろうけど。



(まさか僕が惚気に付き合わされるとは思わなかったけど…最後だし、こういうのも有りなのかな)


もしあまりにも鬱陶しくなったら、どこかの部屋に避難させて貰うとしよう。



話を終えて、また幸せを噛み締めている相方を眺めつつ、

僕の方にもちょっと『幸せのおすそ分け』(かわいいこいびと)が来ないかなーなんて


そんな、不毛な溜め息で締めくくる、ある日の午後のこと。



エリオット君もそれなりにはいい男です。

傍に居るのがモテ男のギルのせいで彼女には恵まれてませんが(苦笑)

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