14:楽しいお昼ご飯3
「…そう言えば私、初対面の貴方に押し倒されたんでしたね」
私が何気なく呟いた一言に、目の前の先輩は何故か激しくむせこんだ後、手にしていたスプーンを何度か空中で躍らせた。
…視点は抜けている割に、手先は器用なんだな、この人。
今日も日当たりの良い食堂の一席。
魚介の日替わりメニューが珍しいものだったので、テーブルに並んでいるのは意図せず同じお皿だ。
パエリアと言うお米料理だそうで、大きなエビなどが沢山入っていてとても美味しそうだ。
この学院は王国の各地から生徒が集まっているため、食堂メニューも本当に様々だ。地方の郷土料理なども盛り込まれており、毎日通っていても飽きがこない。
今日のような不本意な相手と同席した状況でも、ご飯を美味しく食べられるのは料理人の皆さんのおかげだ。感謝感謝。
…さて、逃避はこれぐらいにして。
てっきり『ああ』とか流されると思ったのに、クラルヴァイン先輩が想定外の反応をしたので、こっちが困ってしまった現在進行形。
まず最初の放課後を覚えていたことにびっくりだ。この人のことだから、どうせ忘れてると思ったわ。
「あの、大丈夫ですか?」
喉の変なところに入ってしまったのだろうか。
まだむせこんでいる先輩に水のグラスを手渡すと、一気に飲み干して机に突っ伏してしまった。
ただでさえ容姿が目立っているので、あんまりアレな行動はして欲しくないんだけど…
「…すまなかった」
数十秒経って、ようやくか細い声で反応した先輩は、耳まで真っ赤だった。
珍しい表情を観察したいところだけど、それより大丈夫なのかこの人。
「落ち着きました? お水はまだいりますか?」
「いや、そっちじゃなくて」
注ぎ直したグラスをやんわりと遮って、伏した赤い顔のままで何を言うかと思えば…
「……あの時は、本当にすまなかった」
そっちか。
思わず私までグラスを落としそうになってしまったじゃないか。
……何と言う訳ではなかったんだけど、聞くべきではなかったのかもしれない。
とりあえず、心を落ち着けるべく強引にスプーンを口に運ぶ。
うん、パラッとよく火の通ったご飯と歯ごたえの良い沢山の具…美味しいわ。
二口、三口と運んで…よし落ち着いた。
反応すべく視線を上げれば、向かいの先輩は赤みの残る顔でずっとこっちを見ていた。
「な、何ですか」
「いや、美味そうに食べるな、と思って」
こっちもつられる、と彼も笑いながらスプーンを口に運ぶ。
同じものを食べているのに動きのきれいさが違うのは、悔しいけれど諦めよう。
「……悪い、ちょっと動揺した。最初の件は、俺の方からちゃんと謝らないといけないと思っていた」
それから少し間をおいて、ようやく顔の赤みのひいた先輩は、しっかりと私に向き直った。
私も倣おうとしたところ、そのままでいいと言うので、素直に食事を続けさせて貰う。
「あの時は、本当にすまなかった。俺の名前も知らない相手にとる態度ではなかった。反省している」
「…貴方の辞書に反省と言う言葉があったことに驚きです」
「人よりは少ない自覚はあるがな」
自覚あるのか。それなら注意出来そうなものだけど、出来ないから天然なんだろうなあ、多分。
思わず目の温度が下がってしまった私を気にするでもなく、彼は穏やかに笑ったまま続ける。
「ちょうど“そういう女”ばかりを相手にしていて…実家に戻った時にも、貴族らしい話ばかり聞かされた後だったんでな。感覚がおかしくなっていた」
ふと気付くと、彼のお皿から大きめの具が私のお皿に移動して来ている。
話しながら移していたようだ。さっきまで普通に食べていたのに……なんだろう、彼なりに気を遣っているのだろうか(もぐもぐ)
「…本当に、すまなかった」
「先輩…」
そう締めくくって、きれいな形で頭を下げる。
ふざけている感じはしない、ちゃんとした謝罪の形だ。
この人は、本当に反省してくれている……みたいだけど!!
(だから先輩、場所が悪い!!)
次の瞬間、こちらに向いていた好奇の視線が、一気に厳しくなった。
最上学年の美形が年下の小娘に頭なんて下げれば、そりゃあこうなるわよね!!
頼むから目立っていることも自覚してくれ先輩!!
「わかりましたから、とにかく顔上げて下さい、急いで!」
「許してくれるのか?」
「許す許さないは後! 顔上げて、いいからご飯食べて、はい!!」
ほぼ力ずくで顔を上げさせると、その勢いでスプーンを口に放り込む。
歯に当たったような音がしたけど、周囲からの刺さるような視線の報いだと思って貰おう。
「………メリル、痛い」
やっぱり当たっていたらしい。ちゃんと飲み込んでから訴える辺り、意外と律儀だ。
「先輩の謝罪はわかりました。でも、行動は場所を考えてして下さい」
「許してくれるのか?」
「…人の話聞いてます?」
聞いてるぞ?と首をかしげる辺り、駄目だこの人、やっぱり天然だ。
珍しくまともな反応が返ってきたので、期待した私がバカだった。
………まあ、ちゃんと謝罪をして貰えたのは進歩なんだろうけど。
「…本当は許したくないですよ。私はあんなことされたの初めてだったんですから。でも、今更怒っても仕方ないので、初日の件はもういいです」
「許してくれるんだな!」
途端にパッと花が咲いたように笑う。最近思うのだけど、この人一体何歳児だ?
初日の件だけですと念を押しても、にこにこと笑っているばかりだし。絶対聞いてないだろう。
「何度も言っていますが、私はクラルヴァイン家に関わるつもりはないんです。正直言って、迷惑です」
「わかっている。だから、俺がメリルと大恋愛をすればいいんだろう?」
全然わかってないし。だから、貴方と関わりたくないと言っているんですけどね、クラルヴァイン先輩!
四日目ともなれば…と思ったけれど、やっぱり“たかが四日”か。
初日から今なお交わることなく平行な会話に、深く深く溜め息がこぼれる。
私はこの先、彼が卒業するまで関わらなければいけないのだろうか。
一年も残っていないにも関わらず、ひどく長く感じるその期間を。
…果たして、逃げられるのだろうか。
視線を向ければ、すっかり上機嫌でパエリアを平らげているその姿。
パッと見の印象は鋭く冷たいのに、天然で話が通じなくて、笑うととても柔らかい顔をする、接触過多なこの男。
たった四日だけど…見たくもないのに色んな面を見せられてしまった男。
私はどうしたいのだろう。逃げなければいけないのに、彼と過ごす昼食に慣れてきている私もいる。
(……少なくとも、彼といて頭がかき乱されているのは事実ね)
結局思考はまとまらず、こぼれるのはまた溜め息。
とりあえず、今はこの美味しいご飯を食べ終えて、問題を起こさずにお昼休憩を終わらせよう。
きっとそれが最善だ。
そう結論付けて、残り少ないご飯を口に運び……
このスプーン、さ っ き 先 輩 の 口 に 突 っ 込 ん だ ヤ ツ だ
と気付いた私が固まったのは言うまでもない。
ギル側の思考
『メリルは“それだけの女”だと思ってないよ!』を主張したい一心。
だから初日の扱いを許して貰えたのは、彼の中でとても進歩だったり。