11:意外な遍歴
「恋愛大作戦ね…名前こそ大層だが、やっていることは暇をもて余す貴婦人のお節介と同じだぞ?」
「わ、わかってますよ」
売店から少し離れた渡り廊下の端、抱きしめ体勢からは解放されたものの、一歩以上は離れない先輩にイラッとしつつ、簡単に今日の作戦を話した。
「それで、その好みが不明な男は一体誰だ?」
「…貴方の知らない人ですよ」
もちろん、先輩本人だと言うことは伏せておいた。
女性に対する扱い云々で思いあたる節があってもいいもんだけど、この先輩には期待できないか、やっぱり。
「多少の共通点は読めそうなものだが。まあ何と言うか、不誠実な男だな」
貴 方 が な !!
と言いそうな口を無理矢理閉じて曖昧な笑いを返しておく。もうやだ、この天然男。
「もしかして、メリルはその男が好きなのか?」
「いえ全然。利害の一致と言いますか、彼が大恋愛をしてくれると私も非常に助かるので」
「そうなのか? よくわからんが、大変だな」
ええ、お気遣い頂けるのならもう少し距離をおいて下さい切実に。
と口に出来たらどれだけいいか。毎回何故近くに居たがるのか、理解できないわ。
(…あれ、そう言えばこれって好機じゃないだろうか)
ここまでの経緯はともかくとしても、本人に出くわして話をしてしまった。
これは上手くいけば、恋愛大作戦を諦めなくても済むのではないか?
「先輩、“参考までに”先輩の好みを教えて頂けませんか?」
ひきつりそうな表情筋を叱咤しつつ、なんとか自然?な笑顔を作る。
あくまで『参考』だ。本人以外に聞いても、おかしくはないだろう。
問われた先輩は一瞬きょとんと目を見開いたものの、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「俺の好みはおま」
「はい却下。真面目にお願いします」
…が、せっかく作った笑顔を一瞬でぶち壊された。
予想はしたけど、本当にそのまま答えてくれなくてもいいのに。
「遮るな。最後まで言わせろ」
「私を好んでいるのはクラルヴァイン家でしょう? 私は貴方個人の好みを聞いたんです」
あからさまにむくれる彼に、今度は素で返す。笑顔なんて作ってやるのも面倒だ。
『“参考”ですからいいですけど!』とあえて一部を強調すれば、さらに不服そうな色を浮かべて小さく息を吐いた。
「……容姿については、特に考えていない」
…よし、かかった!
数秒の間をおいて、まだ不服そうな表情のままで彼が話し始めた。
私は心の中で拳をしっかり握りつつ、呟きさえ聞き漏らさないように聴力を集中させる。
もちろん、表面はあまり興味がなさそうに構えて、だ。
「少しぐらいはありませんか? 可愛い系・綺麗系とか大雑把な仕分けでも」
「さあ…容姿はほとんど見てなかったからな。
例えば、傍に居て欲しい時に居てくれた人物、欲しい言葉をかけてくれた人物。人を好きになるのは、そうしたささやかな出来事の中が多かった」
淡々と…そう、二日ほど前に見たあの無表情顔で彼は続ける。
容姿の特徴が流されてしまったのは残念だけど、正直意外な展開だ。
彼がこんな真面目な雰囲気で。しかも、一般人の私が納得出来るような話をするなんて。
「……意外そうだな」
「顔に出てましたか?」
「思いきりな。俺をどういう男と思っているのか知らないが、いたって普通の人間だぞ? 人を好きになることもある。と言うより、割と惚れっぽいと思う」
惚れっぽい!? 先輩が!?
これこそかなり予想外な返答だ。何も読めない無表情で、寄って来る女を片っ端から遊んでは捨ててると思ってた。
「メリル、今度は声に出てる」
「え!? あ、すみません!」
「そう言う印象だろうとは思ったけどな」
伸ばされた大きな手のひらが、ゆっくりと髪を往復する。
視線を上げれば、柔らかく目を細めて。先ほどまでの無表情顔と比べると、温度さえ違うようだ。
「…俺は冷めやすくもあるからな。そう思われるのも仕方ない」
「え?」
私の髪を撫でたまま、ぽつりと落ちた声はいつもよりも一音階低かった。
目を合わせれば、何とも言い難い苦笑の形。
「冷められやすい、が適切か」
繰り返した言葉は形式が変わって、“られる”?
皆の話では、女性の方が先輩に付きまとっているらしいのに。
きっとまた私は考えが顔に出ていたのだろう。
ポンポンとあやすような撫で方に変えると、少しだけ悲しそうな声色で呟いた。
「別れを切り出すのはいつも俺だったが、振られていたのもいつも俺の方だ」