09:対策を考えてみた
「おかえりメリル。大丈夫じゃなさそうね」
「なんて言うかね…見なくていいものを網膜に焼き付けてしまって」
やっとのことで昼食を終え、たどり着いた二年の教室。扉を開けると私の親友が駆けつけて来てくれる。
ああ…疲れた心に優しさが染み渡るよ、モニカ。
「何それ…何かされたの!?」
まさかと顔を曇らせるのを慌てて止める。私は何もされてはいない。強いて言うなら、笑いかけられただけ。
なのに、早鐘を打つ心臓は、いまだちっとも落ち着いてくれない。
「美形って本当にずるいよね…」
「ああ、なんだ。そんな話か」
「顔がね、綺麗過ぎて心臓に悪いのよ、あの人!」
曖昧に笑いつつモニカも視線を逸らす。
残念ながら彼女もモテる類ではない。美形男子など遠くからの鑑賞品としか思えない私たちに、色んな意味で彼は強敵なのだ。
「ねえ、何とかできそうなの?」
「説得は一応したけどね」
芳しくない私の答えに、空気がまた少し重くなる。溜め息合唱もそろそろ定番になってきたわね。
しかし、事態は深刻なのだ。雰囲気から察するに、恐らくこれで終わりと言うことはないだろう。
ただ顔が綺麗なだけならまだしも、今日のような心臓に悪い対応をされ続けたら、私もヤケを起こして承諾しかねない気がする。
「どうにかしなきゃね」
流される訳にはいかない。かと言って、一体あの先輩にどう対抗したものか。
「あっちが恋愛する方向に妥協したのなら、アンタ他に恋人でも作ったら?」
「作ったら?で出来るのなら、ここまで独り身じゃないわよ」
さらっと投げられた提案に、思わず頭を押さえる。片想いの相手すらいないのに、恋人なんて想像もつかない。と言うより、先輩のおかげでしばらく男の人と関わりたくない。
彼ぐらい美形なら、それこそより取り見取りだろうけど…
「………あ!」
それだ!!!
「え、なに? なんか思い付いたの?」
期待不安半々のモニカが身を乗り出そうとして、それと同時に教師が入ってくる。
『後でね』と合図してひとまず席に戻ったけど、私の頭は思い付いた名案でいっぱいだった。
そうだ、何故気付かなかったんだろう。
彼は確かに貴族だけど、その前に人間だ。彼にだって人を好きになる気持ちはあるはずだ。
(他の人…それこそ、私みたいな小娘なんてどうでもよくなるぐらい美女と、大恋愛をして貰えばいいのよ!)
ああいう人は何もしなくても異性が寄ってくるから、自分から捜すようなことはあまりしないはずだ。
出逢いの場に行っても、他の女性たちに放して貰えない姿がありありと想像できる。
彼の好みにぴったりな女性を捜して、私は二人の大恋愛を応援しよう! 自分の恋愛って言われると何も浮かばないけど、誰かの幸せの手助けなら気分的にも歓迎できる。
『たとえ家のためでも、他の女なんて触る気もしない』なんて、なかなか素敵じゃないか!
そうと決まれば、まずは彼の好みを調べなければ。さっきとは違う意味で高鳴る鼓動を押さえつつ、放課後へと思いを馳せるのだった。
* * *
「クラルヴァイン先輩の好みねえ。あたしは知らないわよ」
「情報通のモニカも知らないか。いきなり問題発生ね」
そして、待ちに待った放課後。終業と同時にモニカと『恋愛大作戦』の相談を始めたものの、早々につまずいてしまったようだ。
「色恋話はあんまり興味なくてね。そう言うの好きそうな子に聞いてみようか」
「うん、お願い。私もそれっぽい子あたってみるよ」
「了解。それにしても、あの先輩と大恋愛しそうな子ねえ…どんな美少女が出てくるやら」
苦笑を浮かべつつも好奇心が勝るみたいだ。足取り軽く駆けて行く彼女を見送って、私は私で動き出す。
残念ながら、あんまりそういう話は詳しくないんだけど、とりあえずクラスのもの好きそうな女子からあたってみようか。
* * *
あれから一時間ほどだろうか。売店で買ったカフェオレを片手に、廊下の隅で溜め息をつく。
……結果は惨敗だった。
「クラルヴァイン先輩の好み? えー…聞いたことないなあ」
「なんかね、『ない』って言ってた気がする」
「つれてる女の人も印象バラバラだよね」
「綺麗な人といるの見たけど、別に付き合ってないとか」
「恋人っていう関係を聞かないよね。女の人の方が勝手に付きまとってるみたいよ」
私が話した子たちの反応はだいたいこんな感じだ。
『好み』と言う明確なものは聞かず、『恋人』と言う関係すらもあまり聞かない。はべらせている女性は、大抵が『勝手につきまとっているだけ』らしい。
「どんな男なのよ、あの先輩…」
そりゃあ確かに、名門の肩書き付きであの容姿と来れば好ましいと思う女子は多いだろう。
だからって、受身にもほどがないか? おまけに、顔の傾向がバラバラってことは、容姿にこだわりはないってことよね。
(つまり、“そう言う目的”だけで女を傍に置いてるってことか)
私のような凡庸顔の小娘すらも、初対面で押し倒してきた人だ。女とそう言う行為がイコールになっているのかもしれない。
「……………最低」
独り言のつもりだったのに、思ったよりも低い声が出てしまった。
『女なら誰でもいい』皆の言ったことをまとめればまとめるほど、そう言う結果しか出て来ない。
…あの無駄美形の天然男は、私が思っていた以上によろしくない人物だったようだ。
(せっかくモニカにも聞いて貰ってるけど、恋愛大作戦は無理そうだわ)
もう一度溜め息をついて、ぬるくなったカフェオレを飲み干す。
あの人は、ただの噂だと言い切れないような行動をとっているのだから。
「どこかにあの人が惚れ込むような美女がいればいいんだけど…」
「誰が誰に惚れるんだ?」
・・・・・・・・・・・・・・・。
たそがれていた私に、聞いてはいけない音が降ってきた。それも、頭の、上から。
「………」
(今のは空耳だ幻聴だ早くモニカ戻って来ないかな)
頭の中で早口でまくし立てる。何も聞いてない何も考えてない彼ではない彼ではない。
………けれど、現実ってのは無常なものだ。
「何をしているんだ? メリル」
「く…くらるばいん…先輩」
ひょい、と何事もないように軽く、視界が埋め尽くされる。青銀に縁取られた、金眼の無駄に美形の男の顔で。
私はまず、最強の先生に相談しに行くよりも、医者か呪術系の専門家に診て貰うべきなのかもしれない。
運命を嘆く私とは反対に、昼食ぶりの彼は花が咲いたような美しい微笑みを浮かべていた。