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08:彼について

彼は温かい所が好きなのかもしれない。

今日も日当たりの良い席をとったところを見ると、多分そうなんだろう。

私はどちらかと言うと壁際とか隅の席が好きなので、彼とつく席には普段は縁がない。いいじゃないか隅っこ。目立たないし、落ち着けるし。



「…どうかしたのか?」


「何でもありません」


ほんとにね、こう言う時にこそ隅っこがいいと思う訳ですよ。

どんなって? 四方八方からざくざく視線が刺さる状況ですよ。


(何を無視してでも、やっぱり逃げるべきだったかもしれない)


先輩に見えない角度でこっそり溜め息をつく。

列に並んでいた時も凄かったが、向かいあって座ってみたら、そんなものは比じゃなかった。

よく昨日は平気で居られたな私。いや、別に平気じゃなかったけど。話題がアレ過ぎて、周囲にまで気がまわっていなかっただけだ。


先輩は相変わらず大変きれいなフォークとナイフさばきで、淡々と食事を口に運んでいく。

音も立てずに切り分けられるソレは、まるで超高級メニューのようにも見える。

昨日は味がわかるのか疑問にすら感じたものだけど、日替わりランチもここまで美しく食べられるなら本望なのかもしれない。


「食べないのか? それとも、俺に何か?」


「いえ、食べ方がきれいだなーと思って」


自分の食事が疎かになっていたことに気付き、慌てて口に運ぶ。

今日の昼食はパスタだ。これを選んで正解だったと思う。私とて、人前で失礼にならない程度には使えるけど、貴族と同等のテーブルマナーを披露しろと言われたら絶対無理だもの。

ご飯は美味しく食べられればいいと思う、うん。


「きれい? 初めて言われたな、そんなこと」


「出来て当然だと思われているのかもしれませんね。私には、貴族社会はわかりませんから」


眉を下げて笑った先輩に、私も少しだけ苦笑して返す。つくづく、よく考えなくても面倒な世界だ。

先輩なんて容姿が無駄に整っている分、こうした外的な部分は他よりも厳しく躾けられているかもしれない。ほらこう、綺麗な人がちょっとしたことで失敗したりすると、平凡な人よりも負の要素として目立つと言うか。

理不尽な話だ。私、平凡な容姿で良かった。そもそも平民だけど。


「メリルは、俺の容姿は嫌いではないんだな」


「……はい?」


かけられた声に甘さが混じったのを感じて、顔を上げる。

カトラリーを置いた彼は、まっすぐにこちらを見つめていた。


「昨日も一昨日も綺麗だとか整っただとか、そういう言葉をかけてくれるだろう? 褒め言葉だと思ったが?」


「ああ…そうですね」


半分は嫌味ですが、とは言わないでおこう。どうせ通じないだろうし。

何より、先輩を美形だと思っているのは事実だ。背も高いし脚も長い。肩幅も広く痩身ながらしっかりしている。

女子が一度は憧れるお伽噺の騎士のような容姿には、正直何の文句もない。


「先輩は、とても素敵な方だと思いますよ」


「社交辞令だな。好み、とは言ってくれないのか」


伏し目がちになった金眼が、艶を浮かべて笑う。元々鋭いそれは、まるで獲物を見定める肉食獣のように輝いた。

ぽかぽかとした日向の中においてなお、ぞっとする程色っぽいソレに、どれだけの女性が落ちてきたのだろう。


「好みと言うものをよく考えたことがありませんでした。ですが、こんな小娘が何かを思うことはないと思います」


彼は美形だ。ああ、確かに美形だとも。

だが、全ての女がそこに陥落するかと言えばそうでもない。

少なくとも、頬を染めて目を逸らす……なんて乙女な対応は私にはできなかったようだ。むしろ背筋が寒いわ。


「メリルは手強いな。容姿にはそれなりに自信があるんだが」


「繰り返しになりますが、先輩はとても素敵な方です。ゆえに、私は同列の生物として把握出来ないのだと思います。ほら私、雑草みたいなものですから。並べるのもおこがましいです」


「……お前、本当に斬新な返し方をして来るな」


『人間と雑草は交配出来ませんよ』と語る私に、一瞬だけいつもの無表情を浮かべた後、ふわりと微笑む。

さっきのような意図的に作った形でなく、自然に目を細めて。

こっちの笑い方だったら好みだな…とは、絶対に言わないでおこう。おこがましいのは本当だしね。


それにしても、好みがどうこう言ってくるってことは、やっぱり昨日の話はそのまま続行ってことよね。『俺に惚れてくれ』なアレが。



「先輩、昨日もお伝えした通りです。正直に申し上げますが…私は、クラルヴァイン家の繁栄の道具にはなりたくありません」


「ああ、知ってる。ちゃんと聞いている」


本来ならば罰せられても文句は言えない暴言だろう。

それをちゃんと聞いてくれる彼は、モニカの言う通りきっと変わり種で、その点は大変有難い。

…聞いているだけ、のようだけど。


「だからこその打開策だろう? 恋愛結婚なら筋は通るはずだ」


「それはそうですが…」


理由を知ってる状態で好きになれって言われてもねえ。

どんなに優しくされたとしても、欲しいのは『体質』であって『私』じゃないと、どこかで冷めてしまう。

自分の行動が裏目に出まくりなことには、気付いていないのだろうな。

今日は機嫌が良いのか、着席してからずっと先輩の口元は笑ったままだ。



「逆に聞きたいのだがメリル。お前は俺の容姿は嫌いではないのだろう? では、何が今一番駄目なんだ?」


「何って…」


ここで性格が無理、と言ったら諦めてくれるだろうか。

いや、それは流石にやめておこう。ただでさえ変態だの頭おかしいだの言ってしまっているし、今度こそ怒られそうだ。


(……それに、別に『嫌い』ではないものね)


苦手ではあるけど、『嫌い』と言えるほど親しくも詳しくもない。

それなら、一番駄目な部分は決まっている。



「家柄ですね」


「家?」


「爵位持ちの貴族様の上に魔術の名門家。その凄すぎる背後が無理です。私のような雑草には重すぎます」


もしも先輩が一庶民なら、ただの美形の変わり者だ。付き合えと言われたら即答で了承しただろうさ。

もっとも、あの家だからこそ私を欲しがっているのだから、矛盾以外の何物でもない話。

遠回しに“貴方は無理だ”と言っているのだけど、気付くわけはないわよね。



「先輩?」


ところが、予想外にも彼は驚いた顔をしていた。口元にいたっては半開きで。

まさか、ちゃんと伝わったのかしら?


「あの、クラルヴァイン先輩?」


反応が怖いので、なるべく丁寧に名前を呼んでみる。

数秒の間を置いて、見開いていた金眼は徐々に元の形に戻っていき、口元はゆるやかに弧を描く。


「……メリルは、やっぱり変わっている」


「その台詞、貴方には言われたくありませんが」


いい意味でも悪い意味でも変わり者は貴方のほうだろう。

うっかり視線をキツくしてしまった私に、彼の方は穏やかに…一瞬、誰なのかわからなくなるぐらいに、柔らかく笑いかけた。


「クラルヴァインでない俺に、何の価値があるんだ?」


「……おっしゃる意味がわかりません。容姿には自信があるのでしょう?」


昨日の発言にしても今日のやりとりにしても、こちらが呆れるぐらいに自信ある言動をとっていたのに。今更“価値”だなんて、謙遜するなら遅すぎだろう。


「“それなりには”と言っただろう? 良い分類にはなるだろうが、一番じゃないことは自覚している。能力にしてもそうだ。何より、俺を『頭がおかしい』と評価したのはお前だろう?」


「そ、それは否定しませんが」


「なのに、他のヤツらが一番欲しがる『立場』を嫌うなんて、メリルは変わっている。てっきり、性格が嫌だと言われると思った」


どうやら読まれていたようだ。よかった口走らなくて。

しかしこの人、『性格が嫌い』かもしれない相手と知った上で私を誘ったのか。普通拒絶されるだろうに、図太いと言うか何と言うか……


「そう言った方が良かったですか?」


「嫌いなのか?」


「得意ではありませんね。今も少し、返答に困っています」


「嫌いではないんだな」


即答を避けた私に、どこか嬉しそうな笑い声。

うーん、牽制も兼ねて言うべきだったかしら。彼の対応が変わるとは思えないけど。


ため息まじりに残りのパスタを混ぜていると、先輩が食堂の壁かけ時計を見上げる。

思ったよりも時間が経っていたらしい。撤収には少し早いものの、余裕をもちたいならちょうど片付け時だ。


「楽しい時間だったぞ、メリル」


「それはどうも」


私は疲れましたけどね、と口の中でだけ呟く。

また最後まで食べ切れなかったけど、これはもう諦めよう。彼とさっさと離れることの方が重要だ。食べるものならまた売店辺りで調達してくればいいんだし。


食器をまとめて立ち上がると、長身のシルエットに青銀の髪がサラリと揺れる。

長さはないのに髪質が良いのか、灯りを反射して輝くそれはつい目が追ってしまう魅力がある。


(一番かどうかは知らないけど、やっぱり綺麗なものは綺麗よね)


無駄のない洗練された佇まい。色合いも相まって鋭く、あるいは冷たい印象はあるものの、整った顔立ちとそれを縁取る銀と金。

話してみればアレな人とは言え、悔しいぐらいに綺麗な人だ。向かいあう私が、比喩表現なしで雑草に見えてしまうぐらいには。


湧き上がる劣等感に、思わず視線を逸らす。

本当に何故こんな綺麗な人と並ばなければいけないのか。


(べつに、私は何も……)


何とも言えない気分をもやもやさせていると、ふいに手を取られた。

骨ばった男の人の手。言うまでもなく、先輩の……




「ありがとう」


「………は?」



蕩けるような、とはきっとこれを表現する言葉だ。

さっきまで感じていた鋭さを忘れてしまうぐらいに、優しく、穏やかに。

伝えられた一言はどこまでも甘く耳に残る。


目を合わせてしまったことを後悔するぐらいに、彼の微笑みが焼き付いていた。



…………ああ、もう、本当に。


「………前途、多難すぎる…」


無駄美形が去った後のテーブルには、耳まで赤く染まった小柄な少女が一人突っ伏していた。

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