血塗られた手形がいっぱい
夏のぬめりとした暑さと、静寂を切り裂く怪異の足音。これは、夢と現実の境界が溶け出し、決して逃れられない恐怖へと引きずり込まれる一夜の記録である。
今夜、あなたの部屋の窓を叩くのは、果たしてただの風だろうか――。
熱帯夜の鬱陶しい湿度に息が詰まり、ふと目が覚めた。
ジリジリと遠くで鳴く蝉の声に混じって、涼しげな風鈴の音が鳴っている。だが、部屋の窓は閉め切られており、風など一切吹いていない。よく耳を澄ますと、それは風鈴ではなく、窓ガラスを外から「ペタ、ペタ」と叩く湿った音だった。
嫌な夢を見たばかりだった。部屋中の壁や天井に、びっしりと真っ赤な血の手形がつけられている夢だ。
胸の悪さを振り払おうと身を起こした瞬間、音がぴたりと止んだ。しんと静まり返った暗闇の中、月光に照らされた窓のレースカーテンに目が留まる。
ペタ。
白いカーテンの向こう側から、濡れた手のひらがガラスに強く押し付けられた。赤い液体が、月光を浴びて黒くドロリと浮かび上がる。
ペタ、ペタ、ペタペタペタ――!
蝉の合唱が狂ったように高くなるのと同調して、窓ガラス全体に無数の血の手形が猛烈な勢いで刻まれていく。ガラスがギシギシと悲鳴を上げる。
「夢じゃ、ない……」
恐怖で金縛りにあった私のかたわらで、チリンと、今度ははっきりと耳元で風鈴が鳴った。
――首筋に、ぬっと冷たく湿った「誰かの手」が触れた。
本作をお読みいただき、誠にありがとうございました。
蒸し暑く寝苦しい夏の夜、誰しもが一度は感じる「不快な湿気」や「闇への不安」をテーマに描いたショートホラーです。風鈴の音や蝉の時ぐれといった日本の夏の風物詩を、恐怖を引き立てる演出として織り交ぜました。
窓の向こうの怪異よりも、実はすでに「室内に潜んでいた存在」の冷たさ。最後に首筋へ触れた手が誰のものなのか、想像を巡らせながら楽しんでいただけたなら幸いです。
暑い夏の夜の、小さな涼となれば嬉しく思います。




