第一話 出逢いは鼻血(椎名 瑞夏作)
以前、某サークルで企画したリレー小説です。事情により、サークル活動が出来なくなり、サークルも閉鎖されるので小説だけいただき、もう一度投稿しなおしました。
参加されたのは、椎名瑞夏さん、汐嵐さん、春野天使、姫井星光さんです。
ゴンッ。
鈍い音がしたなと思うと、直後に鼻に鋭い痛みが走った。
「いって!」
思わず声をあげてしまう。
何人かこっちを見た気がするけど、そんなの知るもんか。
状況をはっきり理解したのは、それから数秒後だった。
そうだ。
俺は毎日電車で通学してるんだ。
で、今日もいつものように混んでて、ドアの傍に立ったんだよな。
そしたら背中押されて、ゴンッて…・
てことは、だ。
俺が顔ぶつけたのは、ドアってことだよな。
うっわ。
見られてないよな?
見られてないよな!
恥ずかしすぎるだろ。
絶対まぬけな顔してたって。
真正面から見られてたりしたら、俺は恥ずかしさで卒倒できる自信がある!
訳の分からないことを考えながら確認した先にいたのは、少し困ったように苦笑を浮かべた…少女。
…み、見られてたーっ!!!
ぼふん、と顔が火を噴いたのが自分でも分かってしまう。
最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。
一人悶々としていれば、ここぞとばかりにドアが機械的な音を立てて開いた。
途端に、目の前の少女がより鮮明に見える。
「えっと…」
少女は小さく声を漏らしながら、こっちに近付いてくる。
電車に乗るんだろう。
それは分かってる。
分かってるんだけど、なんかもう傍に来ないで欲しい。
これで隣に立ったりなんかされたら…。
俺の願いもなんのその。
彼女は躊躇うことなく乗り込んできた。
そしてちらりと俺を見てから、目を丸くする。
間近で見た少女はすごく可愛かった。
真っ黒で癖のない髪は腰まであって、対照に肌は雪みたいに白い。
大きな瞳はうっすら茶色がかっているし、唇は小さく桜の色だ。
すごくすごく可愛いけど…こんな美少女にあんな失態を見られたのかと思うと、余計にいたたまれなくなってきた。
「あの、その…」
桜の唇がゆっくり動く。
もういいさ。
なんとでも言ってくれ。
馬鹿みたい、か?
あほ顔でしたよ、か?
次に発せられる言葉に覚悟を決めていると、彼女は鞄を探りハンカチを取り出すと、それを俺に差し出した。
…?
「鼻血出てるから、良かったらこれで拭いて?」
は。
な。
ぢ。
一文字一文字噛み締めるように、脳内でリピートする。
さーっ、と今度は顔中の血液が無くなっていく気がした。
う、嘘だろおぉぉぉっ!?
「あ、ああああ。その…っ」
猛烈な恥ずかしさのあまり、声にならない言葉を紡ぐ俺を見て、少女はもう一度ハンカチを差し出した。
「大丈夫。私しか見てないから、ね」
彼女は微笑んだ。
花が咲き誇るように、可憐に、愛らしく。
下がったはずの血がまた上がってきた。
不思議そうに彼女は首を傾げる。
差し出されたハンカチを受け取りながら、ついでに少女の手も一緒に握った。
無意識のうちに、喉から言葉が飛び出していた。
「き、君どこの高校? 俺緑高校の二年生なんだけど…」
これが俺の精一杯だった。
自慢じゃないが、生まれてこのかた彼女なんていたことが無い。
友人には怖いくらい奥手だと言われる俺だ。
ていうか、多分これ初恋だ。
こんなこと聞けるなんて、本当頑張った!
だが、心の中で自分を褒め称える俺とは対照に、彼女は瞳を伏せる。
な、なんか地雷でも踏んだのだろうか。
焦りまくる俺に視線を戻して、少女は何とも微妙な表情をして答えた。
「深町早苗。古文の高梨先生の代理で昨日赴任してきた、貴方の学校の臨時教師です」
教…師…?
さらさらと灰になっていく俺に向かって、少女は眉を少し上げる。
「私、そんなに童顔ですか?」
『そういやさ、高梨の代わりに来た先生、滅茶苦茶可愛かったぞ』
真っ白になっていく心の中で、友人の言葉を妙にはっきりと思い出していた。