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第ニ話 1(哀願)


 ひょっとしたら、解説と帯と装丁の力だけで、売れたのか。あるいは、この板部岡の人間力がそうさせたのかも知れない。時代区分で言うと、近世でその人生を費やしたある人物であるが、それは非常にセンセイショナルな生き様であった。伊豆で生まれた彼は、外交僧とも呼ばれていた。勿論、あの今川義元の部下である、太原雪斎とも仲が良かった。というよりも彼の圧倒的な影響のもと、板部岡はそのキャリアをスタートさせている。そして、彼の人生の真骨頂は、後北条家の小田原会議でのあの立派な発言や振る舞いであろう。貞蔵の小説に、それは微に入り細に入り、克明に描かれているが、人々はそれに惹きつけられて止まないのだろう。貞蔵は、歴史学なんてものは全く関係ない、たんなる地理博士であったが、ある日、乗り出したのである。その小説に。そしてそれは、とんでもなく大ヒットしたのであった。いや、中ヒットというところであろうか。貞蔵は、それでも食べてゆけたのだ。そんなある意味、一発屋にたかってくる、この翼という姪は、このおじさんが大好きだったのである。


「もう。お願いだってば」


というと、後ろから抱きついてきたのであった。こうなると、一時間くらい、肌身を離さないモードになってくる。貞蔵は、本音で言うと、やっちゃっても良かったのであるが、しかし、家族の目というものがある。絶対に、文壇からも非難されるし、大学教授の身も危なくなるだろう。だから、手を出すわけにもいかなかったのであるが、それを知っていて、翼は、ありとあらゆることをしてきたのである。時には、トイレに入ってきて、貞蔵のそれを掴んで、「おしっこ助けてあげる」と言い出す始末であった。それは彼女なりの親愛表現なのであろうが、勿論、それが揺らすほどに、モリモリ盛り上がってきていた。すると、「まあ、テイちゃんも、ボウイなんですね!」と笑ってきたのであった。それが、心からの笑いなので、何も言えなかった。貞蔵が手を出せないのを良いことに、翼は、どんどん貞蔵のことを支配しようとしてきているのであった。今回、板部岡江雪斎について、全く興味を示さないのもそういう試みの一環であった。ある意味、彼女は哀願のために生きているのではないか。では、何故バイクが必要なのか、そこを聞かないといけない。すると、「バイク屋の子とちょっと色々あって」と顔を赤らめる。貞蔵は、その時、嫉妬とかは考えずに、さもありなん、と思った。

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