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第三話後編 生きてりゃ勝ちだ

第三話・後編です。

第十三討伐部、一部メンバー集合回。

この話のキーワードは「生きてりゃ勝ち」文字通りです。


正直に言うと、この話を書きたくて第一話から積み上げてきました。


「ブラック」でも、「死が日常」でも、第十三討伐部は、それを乗り越えて生き残った結果の集まりです。

重たい世界観ですが、この部隊だけは少しだけ空気が違います。


楽しんでいただければ幸いです。


やがて、目的地に辿り着いた。



 第十三討伐部署。



 分厚い鉄扉の前で、足が止まった。

 外からは、ほとんど音がしない。

 だがそれは、静かなのではなく――遮断されているだけのようにも感じた。

(……死が当たり前なら、無駄口は叩かない)


 誰がいつ欠けてもおかしくない。

 だからこそ、空気は常に張り詰めているはずだ。


 新人の俺に向けられるのは、値踏みの視線だけ。

 そう思っていた。


 扉に近づいた瞬間、

 扉の向こうから、声が聞こえる。


「だからよー、あの時の角度が――」 「違ぇって! あれは俺の判断だろ!」 「ははっ、結果生きてんだから勝ちだろ!」


 ……え?

 俺は思わず足を止めた。

(もっと、殺伐としてると思ってたんだが)

 

 セラが扉を開いた瞬間、部屋の空気が変わった。


「うるさい」

 低く、短い一言。


 それだけで、先ほどまで下ネタ混じりに騒いでいた男たちが、ぴたりと口を閉ざす。

(……え、今の一言で?)

 俺は思わず背筋を伸ばした。


 中にいたのは俺とセラを含めて、六人の男女だ。


「新入りだ」

 その言葉に、今度は視線が一斉にこちらへ向く。


「お、新人?」 「若くね?」 「顔、整ってんな」

(視線が近い……近いって)


 その中で、一番でかい男が、無言で俺に近づいてきた。

 筋骨隆々。全身に刻まれた古傷。

 近づくたびに床が、ぎしりと鳴る。

(あ、これ……終わったな)


 反射的に息を止めた、その瞬間――

 男は、俺の目の前でぴたりと止まり、

 次の瞬間、豪快に笑った。


「ははっ! そんな固くなるなよ!」

 大きな手が、ぽん、と肩に乗る。

 重いはずなのに、不思議と力はこもっていなかった。

 満面の笑みだった。

 歯を見せて、豪快に笑った。


「俺はガルドだ! 第十三の前衛! 主に突っ込む!」

「……ど、どうも」

 拍子抜けするほどの陽気さに、思わず素で返事をしてしまう。


「新人、怖ぇよな? 分かる分かる」


「俺も最初は足が震えてな。三歩進んで一回、壁に自己紹介してきた」


「……え?」


 がははは、と腹を抱えて笑う。

 その笑顔は、さっきまで想像していた“暴力の塊”とはまるで違った。

 雑で、豪快で、――どこか人懐っこい。

(……この人、前に立つタイプだ)


 敵だけじゃない。仲間の前にも、真っ先に立つ男。 


「よろしくな、新人!」

「名前はあとで覚える! 死ななきゃな!」


 ――その一言で、

 この場所で初めて、少しだけ肩の力が抜けた。



 次に一歩前へ出たのは、長い耳、深い黄緑色の髪、細身だが芯の強そうな目をもつエルフの女性だ。


「リシアよ」

 短い名乗り。それだけで十分だった。


「後方指示と回復担当。弓と魔法を使うわ」

 淡々とした口調。感情の起伏は見えない。 


「基本、前に出る人たちは――」

 ちらり、と視線が横に流れる。


「……無茶をするから」


「お、俺のことか?」

 ガルドが首を傾げる。


「あなた以外に誰がいるの」

 即答だった。


「ひでぇなぁ!」

 ガルドが笑いながら肩をすくめる。


「事実でしょ」

 リシアは溜息をついた。深く、心底疲れたような溜息だ。


「毎回、毎回。突っ込んで、削られて、戻ってくる」


「そのたびに回復して、指示を出して……」


「でも助けてくれるんだろ?」

 ガルドが、にやりと笑う。


「……助けるわよ」

 間を置いて、リシアは言った。


「死なれると、後処理が面倒だもの」


「ほら見ろ、新人! 愛だぞ愛!」


「それは違う」 

 即、切り捨て。


 俺は思わず吹き出しそうになったが、必死に堪えた。

(……この人、完全に振り回され役だ)


 俺の視線に気づいたのか、リシアがこちらを見る。

「勘違いしないで、あなたも同じよ」


「指示を聞かないなら、回復は後回し、文句は受け付けない」 


 ぴしり、と空気が締まる。


「……でも」

 一拍、置いて。


「ちゃんと従うなら、最後まで面倒は見る。それが私の役目だから」

 言い切ったあと、また小さく溜息。


 だが――

 その耳の先は、ほんのり赤かった。

(……やれやれ系だけど、優しい人だ)


 そう思った瞬間、この場所がほんの少しだけ“居場所”に感じられた。


 次に前へ出たのは、獣耳、尻尾、狼か犬のような鋭い目つき持つ獣人の男だった。

 尻尾が、やけに落ち着きなく揺れている。

「ギリシスだ。索敵と斥候担当。あと――」

 一拍、間を置いて。


「さっきの下ネタは、だいたい俺発信」


「がははははっ!!」  

 ガルドが腹を抱えて笑った。


「お前、それ好きだよなぁ!!」

「事実だろ?」

「誇るな」

 リシアの冷たい一言で場が締まる。

(……この人たち、仲いいな)


「緊張すると、皆ミスるからな。笑ってた方が、生き残る確率が上がる」

 軽い口調。

 冗談めいているが、妙に理屈っぽい。

(……意外と考えてる?)


 俺の視線に気づいたのか、ギリシスがにやりと笑う。

「何だ、新人。俺が頭空っぽに見えるか?」

「い、いえ……その……」

「ま、だいたい合ってる」

 あっさり認めた。

 だが、次の一言で空気が変わる。


「賭け事、やるか?」

「……はい?」

「カードでも、骰子でもいい。だけど、俺は負けたことがない」

 冗談だと思った。少なくとも、そう聞こえた。


「また始まった」

 リシアが、やれやれと溜息をつく。


「自己紹介でやる話じゃないでしょ」

「信用を得るには、一番早い」

 ギリシスは肩をすくめる。


「俺は運に賭けない。人の癖、視線、呼吸、手の動き、全部見て、確率を潰すだけだ」

 冗談の皮を被った声が、急に冷える。

(……この人、完全に計算派だ)


「索敵も同じだ。敵の足音、草の揺れ、“来る前”に分かる」

 尻尾が、ぴたりと止まった。


「だから俺は、前に出ない。死ぬ確率が高い役は、向いてない」


「ずるくね?」

 ガルドが笑う。

「賢いって言え」

 即答だった。


 そのやり取りに、場がくすっと緩む。

 だが――

 ギリシスの目は、少しも笑っていなかった。


「新人」

 俺を見る。


「運に期待するな。期待していいのは、情報だけだ」

 軽口の奥に、確かな経験が滲んでいた。


(……この人、たぶん一番危険だ)

 敵としてじゃない。

 味方として、だ。


 最後に、一歩前へ出たのは――

 ずんぐりとした体格のドワーフだった。

 太い腕を組み、動かない。

 表情も硬い。

 この場で一番、無駄な動きがない。


「バルドゥンだ」

 低く、落ち着いた声。

「前線防御、装備調整、陣形管理。基本的に、無茶をする奴を止める役だ」

 言い切る口調。誰も反論しない。

(……この人、完全に常識人だ)


「質問はあるか」

 そう言われて、俺は思わず聞いてしまった。


「……年齢、いくつなんですか?」

 一瞬、沈黙。


「二十五だ」


「……え?」

 俺だけが固まった。


「またそれか」

 ガルドが肩をすくめる。


「新人、ドワーフの年齢感覚は捨てろ」

 リシアが、やれやれと溜息をつく。


「ちなみに――」

 ギリシスが、さらっと付け加えた。


「酒が入ると、別人になる」

 ぴたり、とバルドゥンが動きを止める。


「……余計なことを言うな」

「事実だろ」

 即答した。


 俺は思わず目を瞬かせる。

「……想像できないんですが」


「想像しなくていい」

 バルドゥンは、真顔で言った。


「勤務中は、飲まない。それで全て解決する」

(……理屈は完璧だ)


 だが。


「ただし――」

 少しだけ、目を逸らす。


「任務が終わった後は……止めるな」

 その一言に、全員が頷いた。

「止めるな」

「止めたら危ない」

「建物が壊れる」

(え、建物……?)


 バルドゥンは、深く咳払いをした。

「……以上だ」

 その姿は、やはり一番の常識人だった。

 ――酒が入らなければ。

 

 ひと通り自己紹介が終わり、全員の視線が俺に戻る。

「で、新人。名前は?」

「……あの…名前分からなくて」

 しばらくの沈黙が続いた。


「お、記憶喪失か! あるあるだな!!」

 ガルドがボケを入れて、気まずい空気を吹き飛ばす。

「あるあるじゃねぇよ!」

 横から誰かが突っ込んだ。


(あるあるで済ませる世界なのか……)


「じゃあ決めようぜ!」

(軽っ)

 

 しばらくして、リシアが俺の目をじっと見た。

「……綺麗な色ね」

「え?」

「夕暮れみたいな、黄昏色だ」

 指摘されて、初めて自分の目の色を意識した。


「じゃあ“トワ”でいいじゃん。黄昏トワイライトっぽいし」


「覚えやすい!」


「……トワ、か」

 口に出してみる。

(……悪くない)

 胸の奥で、少しだけ何かが落ち着いた。


 だが――


「――話はここまでだ」

 空気が、一気に冷えた。


 セラが前に出る。

「改めて言おう。私はセラ=グレイヴ。第十三討伐部、副隊長だ」


「……え」

 思わず声が漏れた。

(副隊長!?) (この人、隊長じゃなくて!?)


 俺の反応を見て、ガルドが小声で囁く。

「ちなみに――この人隊長よりも強いし、もしかしたら討伐部内で一番つよい」


「……マジで?」

「マジだ」

 ギリシスも、バルドゥンも、否定しない。

(なぜ副隊長の地位に収まっているんだこの人……)


「なお、隊長は現在遠征中だ。しばらく戻らない」

 さらっと告げられる事実。

(この人を抑える隊長はどんな人なんだろう……)


「ここは遊び場じゃない。死ぬのが日常だ」

 冷たい灰色の瞳が、俺を射抜く。


「覚悟がないなら、ここには立つな」

「……もっとも」

「ここに来た時点で、逃げ道はないがな」

その言葉は、脅しではなかった。

逃げ道がないという現実を、端的に示しただけだった。

 


 それでも――俺は視線を逸らさなかった。

 覚悟がない?いや、もうさっき覚悟は決めた。

「……生き残れば、いいんですよね」

 一瞬、空気が止まった。


「そうだ、新人」  

 ガルドが、にやりと笑う。

「生きてりゃ勝ちだ」


 セラは、何も言わなかった。

 だが、その沈黙は――

 俺の言葉を、否定しなかった。


 生きていれば、次がある。

 それだけは、確かだった。


「トワ」

 副隊長が、軽い調子で聞いてくる。


「武器は何使う」

「……剣なら、昔、少し」

 前世の記憶を探りながら答える。


「そうか。このあと外に来い」

「……え?」


難民が副隊長の命令を断ることはできない。

断る=死だ。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第三話の後編は主人公トワがここでようやく“居場所の入口”に立っただけです。

仲間として迎え入れられましたが、まだ少なくとも戦力としては認められたわけではありません。


そして次話、

副隊長セラによる“個別呼び出し”。

剣の話であり、この世界の戦い方の話であり、

少しだけ――彼女の過去の影が見える話になる予定です。


よければ

評価、ブクマ、感想どれか一つでも残してもらえると、

本当に執筆の力になります。


次話も、お付き合いいただけたら嬉しいです。

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