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第三話前編 数字のまま眠る者たち

第三話・前編です。

牢屋を出て、初めて「討伐部」という現実に足を踏み入れる回になります。

まだ戦闘はありませんが、

・首輪

・使い回しの装備

・墓地

など、この世界の“働き方”が少しずつ見えてくるパートです。

重めですが、ここを通らないと後が効かなくなるので、

雰囲気を楽しんでもらえたら嬉しいです。

 

鉄格子の外へ出た瞬間、空気が変わった。

 牢屋の中にこもっていた湿気と血の匂いが消え、代わりに冷えた夜気が肌を刺す。


 外だ。


 初めて見る、この世界の空。

 だが――夜だった。


 厚い雲に覆われ、月明かりすらほとんど届かない。

 石造りの通路が、松明の淡い光に照らされて、長く続いている。



 だが、昼であろうが夜であろうが関係ない。

 ここは、俺が生きるか死ぬかの場所だ。


「ついて来い」

 振り返った黒髪の女性は、俺を一瞥しただけで視線を前に戻した。


「……あの」


 呼び止めるだけで、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 それでも、黙ったままでいるのは、少しだけ嫌だった。


「名前、教えてもらってもいいですか」


 黒髪の女性は、足を止めなかった。


「名前は、必要になったら教える」


 やっぱり、そうか。

 そう思って、ほんの少しだけ肩の力を抜いた、その時――


「セラ=グレイヴだ」


 一瞬、思考が止まる。


(……あ)


 名前を、教えてもらえた。

 たったそれだけのことなのに、胸の奥がわずかに温かくなる。


 俺は慌てて、その背中を追った。


 案内された先は、更衣室だった。

 石壁に囲まれた無機質な空間。

 金属製のロッカーが並び、中央には簡素な長椅子が置かれている。


「三分経ったら入る。終わっていなければ、置いていく」

 ……脅しが雑すぎないか?

 だが、冗談でないのは分かる。


 そう言って、セラは討伐部の正装を放って寄越した。


 濃紺と黒を基調とした戦闘服。

 

 一見するとシンプルだが、手に取った瞬間に違和感を覚える。

(……重い)

 布にしては、妙にしっかりしている。 


 広げてみて、さらに気づいた。

 縫い目が多い。異様なほど、補修の跡が残っている。

 裂けた箇所を繋ぎ直した跡。

(……生き残ってきた奴らの服、か)


 新品じゃない。

 これは、使い回された装備だ。

 誰かが死に、誰かが生き延び、その結果がここにある。

 背筋が、ひやりとした。


 コートを羽織った瞬間――

 「……お?」

 軽い。

 見た目より、ずっと軽い。

 装甲も邪魔にならない。


 靴は、くるぶしまでのブーツ。

 底が異様に硬い。

 踏みしめると、床に低い音が返った。


 前線用に最適化されているのが、嫌でも分かる。

(これ、“生き残るため”の服だな)


 ―――そして

 腕章。


 黒地に、銀色の紋章。

 歯車と剣が交差したデザイン。 


(……これが、アーク・フロントグループ第十三討伐部の証)


 胸元には、簡素な徽章。

《ARK・FRONT/XIII》

 第十三討伐部。


 あるのは所属番号だけ。

(社員証が、これかよ)


 着替えを済ませ、鏡を見る。

 「……誰だよ」


 さっき水たまりで見た顔より、はっきりしている。

 金髪。

 顔立ちも、我ながら本当に整っている方だと思う。

(……この顔で、死ぬのは嫌だな)


 見た目だけ、完全に別人だ。

 前世の地味な顔とは大違いだ。この顔を泥まみれにして死ぬのは、流石に割に合わない。


「――何をしている」

 背後から、冷たい声。


「いえ、あの、………ちょうど着替え終わったところです。」

 「次の場所に行くぞ、速くしろ」

「は、はい!」

 

 更衣室を出ると、通路の空気がさらに冷えた。

 石畳に靴音が響くたび、さっき履いたブーツの硬さが足裏に伝わる。


(……歩きやすい)

 走れ、と言われたらそのまま全力で走れる。


 数歩、歩いたところで――

 首の後ろが、微かに引っ張られる感覚がした。痛みはない。

 だが、常に“何か”に触れられているような、不快な密着感。

(……さっきから、ずっとだ)


 牢屋にいた時から、ずっと気になっていた。

 歩くたび、呼吸するたび、存在を主張してくる金属の感触。


 装備の一部にしては、位置がおかしい。

 装飾にしては、重すぎる。


 ――首輪。


 金属製で、肌にぴったりと密着している。


「これ、何ですか」

 何気ない風を装って聞いたつもりだったが、声が少し掠れた。


 セラは歩きながら、淡々と答える。

「遠隔起爆式の魔導爆弾だ」

「……は?」


「無理に外そうとしたり、逃走を図ったり、反逆行為を行えば起爆する」

 あまりにも当然のように言われて、言葉が出なかった。


「首から上が、消える」

 ぞっとした。反射的に、喉を押さえる。

(……ここからは、逃げられない)

 その事実が、骨の奥まで染み込んでくる。


「討伐部は、犯罪者、奴隷、難民が多い。だから、討伐部全員は装着義務だ」

つまり討伐部全員がこの首輪爆弾をつけているということか。

 セラは続けた。


「第十三討伐部は、その中でも全員が“奴隷”だ」

 言葉だけを切り取れば、最悪に聞こえる。

 だが、セラの声には――どこか、含みがあった。

 全員。

 逃げ道はない。

 だが、同時に“選別”されている、という響きでもあった。


「他の部署は、犯罪者が多い」  

 歩調を変えずに、彼女は続ける。


「命令を聞かない。勝手に動く。争いを起こす」

 それは愚痴でも非難でもなく、事実の羅列だった。


「だから、常に問題が絶えない。無駄に人が死ぬ」

 ――無駄に。

 その一言に、引っかかりを覚える。


「……じゃあ、第十三は?」

 おそるおそる質問する。

 セラは、ほんの一瞬だけ視線を横に流した。


「ここは、比較的マシだ」  

 そう言い切った。


「指示が通る。連携が取れる。死ぬときも、意味がある」

 意味。

 その言葉が、重く胸に落ちる。


 生き残るために戦う場所ではなく、“使い潰されるにしても、計算されている場所”。


 それでも――  他よりマシ、というだけだ。

 

 やがて、屋外に出た。夜風が強く吹き抜ける。


 そこで、暗い夜景の中で俺は気づいた。


 ――墓石。


 無数に並ぶ、石の列。

 名前の刻まれているものもあれば、何も書かれていないものもある。


「……多いですね」

「ここで死んだ者たちだ」

 それ以上、説明はなかった。


 だが、花が供えられている墓もあった。

 枯れていない。

 最近、誰かがここを訪れた証だ。


 セラは墓石の列を横目に、一度も歩みを止めなかった。

 新しい花が供えられた墓の前を通り過ぎるその瞬間、彼女の長い指先が、腰に下げた剣の柄を、白くなるほど強く握りしめたのを俺は見逃さなかった。


 感情を殺したはずの横顔に、ほんの一筋、深い夜の影が落ちる。


 それは弔いというより、自分自身に何かを言い聞かせ、耐えているような、痛々しい拒絶に見えた。


 名もない石の前に、そっと置かれた花。

 祈りの言葉すら残されていないのに、そこに“想い”だけが確かに残っている。

(……死んでも、忘れられない奴がいるんだ)


 ここでは人は簡単に死ぬ。

 名前すら刻まれず、数字のまま消える。


 それでも――誰かの中では、生き続けている者もいる。

 それが、救いなのか。

 それとも、ただの自己満足なのか。

 俺には、まだ分からなかった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なぜ第三話は前編で分けたのかは、第三話で描くつもりだった内容が思ったりよりも多かったので前編と後編で分けました。


首輪も墓地も、

この世界では“当たり前”として処理されているのがポイントです。


後編では、

ついに第十三討伐部のメンバーが揃います。

雰囲気は少し軽くなりますが、

それでも根底にあるのは「生き残るための集団」です。

続きもお付き合いいただけると嬉しいです。

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