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【6】君の好きなもの。


 コンコン。


 ノックすると、少し赤い目をしたフローラがドアを開けてくれた。


「…心配をかけてしまってごめんなさい。」


そう言って無理に笑おうとする彼女があまりにも痛々しくて。


 僕は咄嗟に彼女の事を抱き締めてしまった。


「…ふふ。どうしたの、エド。」


彼女は戸惑ったように笑い僕の方を見つめた。


「…ごめん。」


突然謝った僕にフローラは目を丸くする。


「君はずっと僕の話を聞いてくれていたのに、君が辛い時に僕、何も聞いてあげられてなかった。」


僕の言葉に、フローラは戸惑ったように見つめてくる。


「そんな。だって、私は時計だったのよ?逆に話を聞く事くらいしか出来なかったもの。」


「…それでも僕は君にずっと救われてきていたんだ。


 嬉しい時も悲しい時も。どんな時だって君がいてくれたから救われてた。


 だから、今度は君の事を、僕に話してほしい。」


その言葉にフローラは目を見開く。


「でも…。」


何か言いかけるフローラの言葉を思わず遮ってしまった。


「僕が君の事を知りたいんだ。だから、少しずつでいいから君の事を教えて欲しい。」


「…貴方は何が知りたいの?」


僕は少し考え込んだ後に答える。

「そうだな。…まずは君の好きな食べ物を教えて欲しい。それと、好きな花も。」


それを聞いて少し驚いた顔をした後、フローラは笑う。


「もう。何それ。ふふっ。…私はね。アップルパイが好きなの。それと、…ガーベラが好きよ。」


そう答えた時の彼女の笑顔が、25年前の笑顔と重なって。


 僕はその眩しさに目を細めたのだった。



◇◇


 次の日、僕はフローラと一緒に王宮に出勤した。


 騒ぎにならないように念の為に裏口から、とウィリアム様から指示があった。


 門の前に着くと待ち構えていたウィリアム様に別室に連れて行かれた。


 ――そこには侍女長が待っていた。40半ばに差し掛かった穏やかそうな女性である。


 僕は話したことはないけれど、『面倒見が良い』と評判の人だった。


 彼女を見て、フローラは目を見開く。もしかして知り合いだろうか。


「丁度欠員が出たばかりだったそうだ。

 

 フローラ殿。貴女には王太后様の話し相手になってもらう。貴女のことを彼女にだけは話させてもらった。」


そう言って、ウィリアム様はニヤッした。


「…初めまして。フローラ様。


 侍女長のマギーです。


 今回の話をお伺いして、20年以上前から胸に引っかかっていた『何か』の正体がようやくわかった気がします。


 …大変な思いをされてこられましたね。」


そう言ってフローラのことを抱き締める。


「マギー…様。お父様とお母様はお元気でしょうか。」


フローラは涙声で尋ねる。


 すると、侍女長が笑顔で答える。


「…2人の時はマギーでいいんですよ。


 ええ。まだまだご健在でいらっしゃいます。


 今の国王は、フローラ様の弟君です。小さかったあの方が立派になられて。」



「…そう。あの子が。」


そう言ってフローラは感慨深い顔をした。


「エド。行くぞ。」


ウィリアム様に促されて僕は頷く。


「…はい。」



フローラはとても嬉しそうだった。



――記憶が無くなっても、『心』が完全に忘れてしまった訳ではない。


 その事を目の当たりにして、僕は少し嬉しくなるのだった。


◇◇


「お疲れ様。今日はその、どうだった?


 君の…お母さんは。」


仕事終わりに僕達は待ち合わせをして一緒に帰っていた。


 春に近づいてきているとは言え、まだ僕達の吐き出す息は白い。


「ええ。…元気そうだったわ。」


フローラは何かを思い出したのか嬉しそうに笑った。


「良かったね。」


「ええ。色々とありがとう、エド。」


すると、目の前で頭にスカーフをした女性が花を売っているのが目に入り僕は立ち止まる。



「…エド?」


「ガーベラを下さい。色は…、うーん、じゃあ全部の色を一本ずつ。」


「そちらの女性にプレゼントですか?」


花売りの女性が目を綻ばせて聞いてくる。


「ええ。僕の大切な人なんです。」


そんな僕をフローラは驚いた顔をして見ている。


 支払いが終わって、僕は固まっているフローラに花を渡す。


「はい。」

「…いいの?」

「うん。好きな色を知らないから、全部買っちゃった。」

そう言うと、フローラは『ふふっ。』と笑った。


「…ありがとう。私は黄色が好きなの。」


嬉しそうな彼女を見て僕の胸は高鳴る。



――次の日から、僕は毎日帰りにフローラに黄色いガーベラを1輪買ってプレゼントするようになった。


 一輪、また一輪。


 黄色いガーベラは気づけば三十を超え、窓辺の春風に揺れていた。


 それは、長い冬の終わりのようだった。




次はフローラ視点です。

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