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【5】父の恋、そして、僕の恋。


(…そういうことだったんだ。)


 その微笑みを見て、僕の中で色んなものがパズルのピースのように合わさっていく。


 父がフローラの慰問の際の同行者だったこと。


 恐らく、父は近衛騎士として彼女の事をずっと見守っていたのだろう。


 『私は愚かにも当時恋していた人と一緒にいたいと願ってしまった。』


 ――フローラは確かにそう言っていた。


 写真の中の花が咲いたような美しい満面の笑顔。


挿絵(By みてみん)


 そして、時計になった彼女が死ぬまでずっと傍にいたのは。



「――君がずっと恋をしていたのは父さんだったんだね。」



 僕は心のどこかで『見てはいけない』と思いつつも、父の日記をめくっていく。


 すると、めくるたびに真っ白だった日記帳が金色に光り、文字が浮かび上がってくる。


◇◇


 王国歴329年、10月3日。


 11歳になったフローラ様が初めて孤児院に慰問された。


 はじめは不安そうだったが、きちんと子供達と向き合い、一人一人の話を丁寧に聞いていたのが印象的だった。


 ………


 王国歴331年、7月23日。


 東部で大きな洪水があった。近隣の村が大きな被害に遭った。


 フローラ様は被災者の一人一人の手を握って、

『無理をせずに。』と声をかけて、パンと毛布を配っていた。


 何年か前、災害地への慰問に行く際は馬車の中で不安そうにずっと流れていく景色を見つめていたのに。


 その時の姿が嘘のようだ。


 成長されたのだな、と感慨深く感じた。


 ………


 王国歴333年、11月8日。


 演習で疲れていた日に、こっそり近衛騎士達にフローラ様が飲み物とサンドイッチを差し入れして下さった。


 他の騎士たちより私の分だけこっそり一つ多く入れて下さったようで胸がなんだかくすぐったかった。


 訓練が終わると、いつもと同じように『大人になったらお嫁さんにしてね。』と言われた。


 15歳になり、大人びてきた彼女にそう言われると最近何とも言えない気分になってしまう。


 私は、ただの一介の騎士だ。


 本当は彼女の相手になどなれるはずがないのに。


 ………

 

 王国歴334年、5月4日


 フローラ様がローゼンベルクの王に嫁ぐ事が決まったらしい。


 二十歳以上歳下の彼女を見染めた、だと?


 自分の子供と同じ年齢のフローラ様を邪な目で見るなど、ありえない。


 くそっ。あの好色なジジイを叩き斬ってやりたい。


 …私はずっと、傍で彼女が幸せになる事だけを祈ってきたのに。



◇◇


 最後の日記は殴り書きのように文字が荒れていた。



 不自然にボコボコとしたシミはもしかしたら父の涙なのかもしれない。


(――ああ、そうか。父もまたフローラのことを本当はとても愛していたんだな。)


 幼い頃に感じた父の『からっぽになった目』。


 恐らく、とても大切に思っていたフローラの記憶が無くなってしまったからなのだろう。


 父は、母の事を愛していたと思う。


 母のことを話す父はとても優しい目をしていたから。


 きっと『とても大切な記憶』を失ってしまった父を癒してくれたのは母だったのだろう。


 けれど、その母まで亡くなってしまって父はどれ程辛かったのだろうか。


 胸が締め付けられるような思いがした。


「…ああ。そっか。」


僕はポツリと呟く。


──気づいてしまった。


 フローラは笑う時、いつもどこか寂しそうだった。


 父の事を話す時、懐かしむような遠くを見るような表情をしていた。


 あれは、今の僕には決して向けられないものだ。


(きっと、フローラは今でも父のことを想っているんだろうな。)


 それは誰にも責められるようなことではない。


 だって、彼女の時間は25年前から止まっていたのだから。


 僕はまだ、彼女にとっての『過去の恋』には勝てない存在なのだろう。


(…悔しい。)


父とフローラには僕には決して入り込んではいけない『深い絆』がある。


 …父が亡くなった日に聞いた振り子時計のベルの音は、もしかしたらフローラ自身の悲しみだったのかもしれない。


  

 ――きっと僕は、彼女の『特別』にはまだなれていない。


 そのことをどうしようもなく、歯痒く感じてしまったのだった。


「フローラが、もっと僕に自分の話をしてくれるようになればいいのに。」


 彼女のことをもっと知りたかった。


 どんな時に悲しくて、どんな時に嬉しいのか。


 傷付いたことも、泣きたいことも。



――僕は全て彼女に話していたけれど、彼女の事は何も知らない。


 窓の外を見ると、まだ激しい雨が降り続いている。


 僕はもどかしい気持ちを、ただ静かに胸の奥に沈めた。



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