【弐/昼下がり】
かごめ かごめ。
かごの中の鳥は いついつ でやある?
夜明けの晩に
つる と かめ が 滑った。
子どもとも、大人とも取れる人影に囲まれ、後ろ指を指される。
ーーうしろの正面 だあれ?
そう問われたところで、目を覚ました。
いぐさの良い匂いと、ふかふかの寝床。
風通しのいい部屋は明るく、なにからなにまで新鮮で。
鳥の鳴き声がする。
静かだ。
知らない場所だった。
周囲をもっと知りたくて、体を起こすと、全身に痛みが走った。
右腕の付け根から、熱を感じる。
そこに触れようと左手を伸ばせば、清潔な布でぐるぐる巻きにされていた。
ケガをしたらしい。
ーーそう自覚するが、いまいち原因が分からない。
そもそも、ここはどこで、自分は何者なのか。
〝自分〟というものが、すっぽり抜けている。
「んお? 気づいたのかっ!」
開けっ放しの障子の前を通る男も、当然知らなかった。
色素の薄い、藁のような鈍い金色の毛を生やした青年は胸をなで下ろして、茶碗に水を注いだ。
「2日間、眠りっぱなしだったんだ。のど、渇いてるだろ?」
たぷんっと、たゆたう水面に意識が向く。
「あー……っと」
一口、飲んで見せて、「これで飲める? ……いや、違ぇか」と。ひとり押し問答する彼は、そっと口元に茶碗を持ってきた。
「右腕けっこう酷かったんだわ。動かすと痛くない?」
流されるまま、水を飲む。
『大丈夫』と、言ったつもりが、声にならない。
「無理すんなって。痛いときは痛ぇつっても、顔に出してもいいんだからさ」
「ーーセイジ?」
「ん? あぁ、ユキト。気がついたぞー」
また、ひとり。
知らない人がやってくる。
こっちは黒髪の、端正な顔立ちの青年で、鈍い金色の彼と同じく胸をなで下ろした。
「ツツジ公の忍って、こんなに笑わんもん?」
鈍い金色からしてみれば、〝自分〟は終始無反応らしい。
「なんかボンのこと思い出すわー。あいつ、いっつも仏頂面っつーー」
けれど、黒髪の返答は、一太刀、だった。頬に触れようとしたセイジの右腕に、紅い線が1本映える。元々負傷していたのか、すでにあった傷とが交差してーー印象的な傷跡をさらす前に、セイジは2人から距離を取った。
「セイジはツツジ公なんて呼ばないし、いとこ殿のことも気軽に語ったりしません」
ユキトをひと睨み。
そこに、さきほどまでの優しさを携えたセイジはいなかった。
「貴様、何奴!!」
「……ーーふっ」
くすりと笑うと、セイジは霧の如く消えていった。と、同時に建物に轟く足音が、こちらへ向かってくる。
「侵入者かっっ!?」
同じ顔がまた障子から顔を出した。
「起きてんじゃん! ハードな戦場だったろっ? ギリギリだけど生きてんぞ、くノ一ちゃんっっ」
軽快な口振りと独特な言い回しに、ユキトは刃をおさめた。
「騒がしくて申し訳ない。こちらがセイジ、私はユキトと申します」
改めて名乗る2人に、〝自分〟はどう返せばいいのか。
「……自分は、くのいち、というのか?」
「うん?」
「分からない、んだ。なにも」
必死に言葉を紡ぐ。
「おまえたちのことも、ここがどこなのかも。なんで、殺されそうになったのかも」
すごく温かいものを感じたのに。
向けられた殺気はひどく冷たくて、身を刺すほどだった。
しかしそれすら、彼女には心当たりがない。
「ボーさんが言ってたな」
「お坊さんのことです」と、ユキトから正しい抑揚が。
「すっげぇショックなことがあると、生きてられなくなるから、心が守るんだと。思い出すなーって、蓋しちまうんだって」
「しょ、しょっく?」
「恐怖心っての? くノ一ちゃんはさ、情報収集が目的で、べつに参戦するわけじゃなかったかもしれないじゃん。めっちゃ軽装だったし。血まみれでボロボロだったんだよ…………はい、これ」
セイジから、つばのない短刀を渡される。所々血が染み込んだ木製の鞘には、几の字の中になにかしら書いてあり、風とも凪とも。
「とりあえず、ナギちゃん、て呼んでいい? んで思い出したら教えてよ、ホントの名前」
ーーぐるるる。
くノ一改め、ナギの腹の虫が返事をするように鳴いた。